94 ドンファン参上
「っていうかお前まだいたの!?」
フェニーチェ国立軍司令官レーザ=ボルジア=フェニーチェ。
現フェニーチェ法王の息子で、実質的なフェニーチェの舵取りをしているのはコイツと言っていい。
なんかなし崩しに僕の妻の一人的な位置にいるルクレシェアの実兄でもあり、僕がルクレシェアを手籠めにしたと勘違いし、軍を率いて殴りこんできたのがもう一ヶ月以上前のことだ。
誤解も解けて、政治的にもシンマ、フェニーチェの二国間交流を行うということで意見が一致したのに、何故まだシンマに留まっている!?
「さっさと帰ってフェニーチェ国内の意見を取りまとめろよ!!」
「まあ、いいではないか。余もこれから自国最大の交流相手となるシンマ王国のことをできるだけ見聞しておきたいのだ。これからのしんりゃ……、政略のためにもな」
「今『侵略』って言いかけたねッ!?」
過度のシスコンぶりはあるものの、レーザは政略家軍略家として間違いなく有能だ。
有能を超えた天才かどうかは、さらに実証の機会が必要だろうが……。
「それに今フェニーチェに帰ったら、今度いつ可愛い妹ルクレシェアに再会できるかまったくわからんのだ! 名残惜しくてついつい帰国が先延ばしになってしまうのも仕方ないだろう!?」
「今すぐ帰れ!!」
本当にただのシスコンなのかもしれない。
コイツが率いてきたフェニーチェ艦隊はさっさと本国へ引き上げたというのに何を居座っとるんだ?
遠い海を渡ってきた艦隊の乗組員の方々「本当にオレたち何しに来たんだろう?」ってぼやきまくっていたぞ!?
「しかし、お陰でいい話を聞かせてもらった」
「うっ……!?」
「シンマ武士は勇猛果敢と聞き及んでいたが、その二人が揃って女一人に戦々恐々とは。不思議なものだなあ?」
凄い嫌味ったらしく言ってくるレーザの野郎。
物凄く殴りたい。
「何故だろうな? お前たちが彼女を怖がっている、その理由を知りたいか?」
「何だよ?」
僕たちの心情が僕たち以上にわかるみたいな口ぶりしやがって。
「それがお前たちが、童貞だからだ!!」
「「!?」」
コイツ!
言ってはならないことを二度までも!?
「このレーザ=ボルジアの目は誤魔化せんぞ? 童貞というのは目つき顔つきに出てくるものだからなあ。その巨漢!」
「それがしのことか!?」
「タチカゼとか言ったな? 肩肘張って自分を大きく見せ、いかにも自分が意味あるもののように格好つける。まさに童貞の典型!!」
「煩いな!?」
まあ、タチカゼが童貞なのは僕でも見抜けるわかり易さだけど。
それをここまで堂々と公言するのは可哀相ではないか?
「そしてユキムラ!」
「はい?」
「お前はちょっと難しいところがあるが、まあ七割程度で童貞だな。女を知らない。だからこそ女が怖い」
「「!?!?」」
僕もタチカゼも同時に硬直してしまった。
「人間、未知のものをこそもっとも恐怖するものだ。童貞は女を知らないからこそ童貞なのだ。未知を恐れるのは人として当然のこと」
「いや、それなら女全部が怖いってことになるじゃないか?」
カエン一人を怖がる理由にはならんだろう?
「いやいや……、世の中にはな、童貞が女を知らないのを利用して、最大限童貞を手玉に取る女がいるのだ。前にチラリと窺ったが、あのカエンとかいうレディはまさしくそのタイプだな」
まるで事件を解き明かす名探偵みたいなレーザ。
「お前たちは本能的に、彼女のそんな本質を恐れているのだ。ユキムラは元々感がいいし、タチカゼと言ったな? お前は彼女と付き合いが古く、散々痛い目に合ってきたクチだろう?」
「そんなことはッ!? ……そんなことは」
あるんかい。
口ごもったタチカゼの沈黙が、カエン嬢との間に会った苦い過去を雄弁と物語っていた。
「そこで一つ疑問に思うのは、何故お前たち揃いも揃っていつまでも童貞なのだ? 捨てたければいつでも捨てられる状況にいるのに」
レーザの何気ない一言は、僕たちの目を背けたい現実に鋭い光を当てた。
「タチカゼは、我が国のジュディといいお付き合いをしているようだし。ユキムラ、お前はルクレシェアだけでなく、ジンマ王家の姫まで娶っているのだろう? あれほどの美女を与えられていながら何故さっさと抱かない?」
「アンタらがそれを許さない状況を作り続けているんだろう!」
僕にとっては、常に目まぐるしく変わる状況に、片時も腰を落ち着けられないのだ。
一応今でもクロユリ姫やルクレシェアとは婚約者ということでお茶を濁しているのに。――当人たちはもう完全に領主夫人のつもりでいるけれど。
親フェニーチェと反フェニーチェで揺れまくっている今のシンマの情勢を考えると、下手に二人を嫁にもらって立場を確定させるのは危険というか何と言うか!
「はっ、苦し言いわけで逃げまくっているのだな?」
「うぐッ!?」
「タチカゼ、お前はどうなのだ? お前はユキムラほど苦しい言いわけが許される複雑で恵まれた立場ではあるまい」
面識ないはずのタチカゼにもすっかり友だち気分なレーザの押しの強さ。
「それがしは、剣に生きるシンマ武士だ。『命剣』の極意を究めるまで、みだりに色と交わり、目を曇らせるわけにはいかん」
「モラトリアムにしがみつきたいわけか。どいつもこいつもヘタレが……!」
くっそ。
反論したら余計ドツボにハマりそうで何も言えない。
「シンマ武士がカッコつけでかつ度胸がないのはよくわかった。しかし、ならばなおさらカエンというレディはシンマ武士の天敵だな」
「うぐッ!」
「うぐぐぐぐぐぐぐぐッ!?」
「童貞である限り、腹芸で彼女と渡り合うことは出来んぞ。彼女が奥底で何を企んでいようと、真意を見抜けず手の上で転がされるだけのことだ」
ならば。
ならばどうしろと言うんだ?
「そこで相談だが」
レーザはニヤリと笑った。
「彼女のこと、余に任せてみないか?」