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92 燃え盛る花束

「どうかご安心下さいまし。これでも私、まだ殿方の肌を知らぬでありんす」

「ええぇ……!?」

「火領の遊女学校では、特別な貴人に対して行われる特別な授業過程がありんす。そこでは殿方に触れることなく、おなごの講師のみに指導を受け、生娘のまま閨の技すべてを修得することができるでありんす」


 え?

 じゃあ……カエンさん?


「処女というものはどこでも珍重されるものでありんすから。特別なお客様への献上用に、そうした趣向を凝らした商品も拵えようというのでありんす」


 特別な需要に応えようと!?

 これまた見上げた商業戦略。


「特別な方のために設えた私をいただくのに、雷領主ユキムラ殿は充分な資格が」

あるでありんす」


 炎が、僕の体に燃え移ってくる!?


「どうか私を、王家のお姫様や異国の令嬢と共に、アナタの情婦にしてほしいでありんす」


              *    *    *


「……で、どうしたのだ?」

「逃げてきたよ」

「偉い!!」


 領主居館に戻ってきてから、事の顛末をタチカゼに告げたら偉いと言われた。

 そうか……。

 僕、逃げて偉かったのか……!


「まあ、誘いを断る引き換えに、カエンがマルヤマ遊郭を仕切ることを認めることとか、以後シンマ王家から取り締まりがあった場合庇うこととか約束させられたけれど……」

「その程度の言質を取られたぐらいで済んで、傷は浅かったと考えるべきだぞユキムラ。もしそのまま誘いを受けて、カエンに乗っかっていたらどうなったと思う?」

「領主の愛人としての地位を手に入れたカエンが、雷領でやりたい放題……!」

「その通り!!」


 やっぱりそういうことになるのか恐ろしい!

 女は怖い!

 女は魔物だ!

 特に遊女の国、火領からやって来たカエン嬢は。


「実際のところ、火領が遊女大国である真の目的はそこにある。現在、シンマ王家だけでなく四天王家に属する者。それらに仕える要職のあらゆる人員のほとんどに、火領で養成された遊女の愛人が付いている」

「マジですか」

「そうすることで、火領はあらゆる分野に食い込んで情報を共有し、便宜を引き出しているのだ。無論女郎屋で巨万の富を築くという目的もあるが、それだけに目的を止めないのがヤツらの老獪なところだ」


 シンマ王家のクロユリ姫は、僕に嫁ぐことで雷剣を持つ新英雄を王家に取り込もうとした。

 多くの遊女を養成してシンマ全土にばら撒くモウリ家はそのやり口に似ていなくもないが、規模とあざとさを段違いに増したものだと言う他ない。


 所詮クロユリ姫とシンマ王家がやっている政略結婚は家庭単位の活動に過ぎないが。

 モウリ家とカエン嬢が行っている遊郭戦略はもはや国家単位。

 各要人に囲われた愛人同士でのネットワークも形成できるし、何より愛人だからこそ、正規の妻とするより利点もある。


 こういった垂らし込み戦法は、男から女への寵愛が失われればそこで終わりという難点もある。

 愛人ならば寵愛が失われた時点で別の愛人を送り込めば、その裏にいる国家としては何の問題もないということだ。


 夫婦仲が冷え切っても、国家間の誓約が絡む以上離婚もできないという愛なき政略結婚よりもよほど柔軟な攻勢ができる。

 ましてモウリ家は自領に遊女の養成学校まで抱え、優良な手駒を常に大量に抱えている状態なのだ。


「考えれば考えるほど……、あの時断っておいてよかった……!?」


 腑抜けとか童貞とかご都合主義とか言われても、やっぱり手を出してはいけない女性はいるのだ。

 据え膳食わぬは男の恥と言っても、それが毒膳だろうと食らうのか!?


「雷公の再来などといわれたシンマ無敵の新英雄にも、思わぬ攻略法があったというわけか」

「まったくだな、こういう搦め手で来られると本当に厄介だ」


 目の前のタチカゼみたいに正面から武力で来られた方がどれほどやりやすいか。


「そりゃあ表面上やってることはクロユリ姫やルクレシェアと同じかもしれないけれどさ。彼女らは行動の裏に邪念というか混じり気が一切ないんだよね」


 クロユリ姫もルクレシェアも、僕を籠絡することで実家に利益をもたらそうという目的はあるが、それは当然のことだ。

 彼女らくらい責任ある地位に生まれれば、やることなすこと自然に損得が伴う。しかも自分自身の損得ではなく、国家に関わる損得が。


 そんな重責を背負いながらも、国家のため実家のため自分を空にして夫となる男性に尽くそうとする。

 それがある程度高貴な家に生まれた女の宿命であって、彼女らはその宿命に忠実だ。


 だが、彼女らは自分に宿った運命の範囲内で、自分自身も幸せになろうと懸命に生きている。

 だからこそ所詮は政略結婚でしかない僕との間に幸せな家庭を築こうとしているし、情勢から複数人妻を娶らざるをえない僕の家庭に不和をもたらすまいと、クロユリ姫とルクレシェアは仲良くしあっている。


「元から心底波長が合うってだけなのかもしれないけれど……!?」


 国家と実家の繁栄のため、みずからの人生を捧げながら、自分自身幸せになることを決して諦めない。

 そんな気持ちで真っ直ぐにぶつかってくるから、僕はクロユリ姫とルクレシェアにボロ負けして愛するしかなくなってしまうのだ。


「しかし……!!」


 あのモウリ=カエンは、クロユリ姫やルクレシェアと根本から違う。気配からして違う。


 カエンが男と合一しようとする過程は、言うなれば捕食だ。

 融合と捕食。

 どっちも相手と一つになる行為ながら。カエン嬢のそれは凶を隠そうとして隠しきることができていない。


「……モウリ家に遊郭の運営を任せたのは、早まったかな?」

「そうとも言い切れまい。実際のところ雷領には遊郭を必要とする構造的欠陥を抱えていたし、シンマ国内で遊郭を建設運営するのにモウリ家へ話を通さずにはできぬ」


 それだけ今やモウリ家が、シンマの風俗産業を牛耳っているというわけか。

 なんか隙がなさすぎじゃない?

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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