89 男女の自然
「……と、いうわけで」
この僕――、雷領主ヤマダ=ユキムラと。
一応領主婦人というポジションのクロユリ姫、ルクレシェア二名。
それに雷領において剣術道場と魔法研究所をそれぞれ任せているタチカゼとジュディ。
今や雷領の中核といっていい面子を揃えて、話し合いを始める。
「今回のモウリ=カエン嬢の提案。賛成反対どっちでしょう?」
「反対! 反対! 反対ッッ!!」
「反対に決まってるでしょう! あんなふしだらな提案!」
「断固拒否デース!! 絶対廃案ストライキデース!!」
女性陣の想像を遥かに超える拒否反応っぷり。
まあ、女の人から見れば風俗なんて普通に汚らわしいだけなんだろうけどな。
「……タチカゼはどう思う?」
「何故それがしに振る!?」
いやだって、今五人いる中で三人は即座に意思表明したし。
僕は領主として意見を取りまとめる役割だから、自分の考えを述べるのは最後で。
「だから今は、タチカゼくんの順番ね?」
「汚いなコノヤロウ!!」
汚くないです。
順当な会議運用です。
「ダーリン? ダーリンも反対ネ? そうに違いないネ?」
「ジュディ……、ヒッ!?」
いつも天真爛漫明るいジュディさんが、今この時だけ怖い!
「それともまさか……! ダーリンもフーゾクに行きたくて賛成したりするネ!?」
「落ち着けジュディ! お前さっきから性格が変わっているぞ……!」
タチカゼのヤツが心底怯えていたが、とばっちりを食らいたくないので僕は何も口を挟まなかった。
「それがしを侮るでないわ! このヤマウチ=タチカゼ! 風剣を受け継しヤマウチ家の男として、剣に生き剣に死すことこそ本懐なり! 女にかまけている暇などありはせぬわ!!」
「YES! それでこそミーのダーリンネーッ!!」
と飛びつくようにタチカゼへ抱きつくジュディだった。
「でも剣だけの人生ならジュディさんのことも眼中にないってことになるんじゃ……」
「ここは黙ろうクロユリ。またややこしいことになったら話がまったく進まなくなる」
ルクレシェアの言う通りだった。
「……だが、それがし自身の生きざまは別として。やはりカエンの提案は受け入れるべきではないかと思う」
「は?」
またジュディが怖くなった!?
「どういうことネ? やっぱりミーを放っぽってフーゾクに行きたいネー?」
「だから違うと言っているだろう!? それがしが案じているのは、この雷領に住む他の男たちだ」
だよなー。
「僕も同じことを考えていた。前々から問題に思っていたことなんだが……」
この雷領。
「男女比が滅茶苦茶偏っている」
元々戦後の忘れられた地として、百年近く無人であった旧雷州。
それが雷領となり、急遽開発が始まることによって、多くの人間がここへ流入してきた。
「主な顔ぶれは、家屋を建てる大工。領主である僕を手伝うためにユキマス陛下が派遣してくれた武士役人の皆さん。ルクレシェアと一緒に渡って来たフェニーチェの人々……」
皆何かしらの目的と務めをもって来訪してくると……。
「自然と男ばっかりになっちゃうんだよね」
無論中には男勝りに、第一線に立って活躍するジュディのような女性もいる。
しかしそういうのはあくまで例外。
「現在雷領の男女比は9:1。いやそれ以上かもな……!」
「そんなに偏っているの!?」
しかも僅かにいる女性の中で、クロユリ姫やルクレシェアのように相手がちゃんと決まっている人の存在を勘定に入れると……。
ここにいる独り身の男性は、もう絶望的と言える。
「雷領が、ちゃんと人の生活する土地として完成するためには、絶対に解決しなければいけない問題だ。いずれはユキマス陛下に相談しようと思っていたんだが……」
「カエンが建てようとする遊郭は、急場凌ぎとしては充分な効果がある」
タチカゼが重苦しく言った。
「どちらにしろユキムラ、この問題はお前が思う以上に焦眉の急だ。カエンのヤツも言っていたが、男は腹の底に獣を飼っている。その獣は定期的に気が荒くなって暴れ出す」
はい。
わかります。
僕も一応男なので。
「理性で獣を抑えることは出来るが、それにも限界はある。ふとした拍子に箍が外れ、重大な暴発が起きてしまうこともありえる」
「タチカゼ殿にしては随分と冷静な意見だな。てっきり剣一筋でそれ以外のことにはまったく了見がないと思っていたが……」
「それがしとて、代々風領を治めてきたヤマウチ家の端に連なる者。人を治めることについて多少は思うところがある。それにこれからは道場主として、門下生の心情も考えていかねばならんでな……!」
考えているなあ、タチカゼ。
彼が早期に雷領運営に協力してくれることになったのは、実は相当な幸運だったんじゃ……?
「そこでだ、それがしの預かる道場の者どもにも言えることだが……。その、あまりに女人に触れる機会が絶無で、性欲だけが上がっていくとな……」
うん?
「そこで、周りにいるのが男だけという環境になると。どうしても一人や二人ぐらいは……!」
……。
「男色に走る者が……! 出はしないかと……!!」
…………!!
……!! ……!! ……!! ……!! ……!! ……!! ……!! ……!!
「よし、建てよう遊郭。カエンさんにお願いして全速力で建ててもらおう!」
「出来る限り急いでな! 連中の判断力が狂ってしまうより前に!!」
さすがの女性陣も、この上で反論を唱えることはなかった。