08 謁見の悦
第一章は、ユキムラが領主になるまでの過程になります。
タイトル回収まで少しかかりますが、その過程を楽しんでいただければ幸いです。
大変なのはそこからだった。
沈めた軍艦から投げ出されたフェニーチェ法国の船乗り。百名以上に達する要救助者のため、岸辺で呆然としてデクの坊になってしまったシンマ王国の人々を、僕が指揮しなければならなかった。
僕の指示の下、舟は出され、溺れている異国人を次々引き上げる。
当然引き上げると同時に縄で縛りつける。「捕虜なんだから、いい扱いを受けられると思うなよ」とばかりに体を拭いてやることもせず岸辺に放置。
季節がら凍えることはないだろうが、磯の匂いをそのままに潮水が渇いていくのは、それなりに気持ち悪かろう。
ここで僕は、頃合いを見計らって疾風のごとく逃走した。
救助作業を経て、シンマの人々が状況を飲み込み始めたからだ。救助作業を指揮して忙しなく働く僕だが、その間、英雄に向けられるような賞賛の眼差しを何度感じたことか。
これは救助作業が落着くと同時にお祭り騒ぎとなるは間違いない。
僕はそうなる前に、人知れず逃げ去ったというわけだった。
当然、弟も連れたって。
走りに走って家に飛び込み、まあ何とか切り抜けたかと思ったが、そんなに甘いわけがない。
翌朝になって、今まで見たこともないような厳かな出で立ちの、重臣と思しきサムライがウチに訪ねて来た。
「シンマ国王陛下のお求めにございます。至急登城頂きますよう」
* * *
二回ほどとぼけて突っぱねたが、三回目の召喚でついに抗しきれなくなり、僕はお城へと上がった。
普請役として毎日お勤めしているはずのシンマ王城、しかし今日僕が足を踏み入れたのは、普請役では近づくことすらできない最上階、王との謁見の間だった。
「おおおぅ~! よう来た、よう来た。ついに来たのぅ~」
玉座に収まる丸々とした大人が、そこで僕らを出迎えた。
この人こそシンマ王国五代目国王、シンマ=ユキマス陛下にあらせられた。
即位より三十年。歴代の王たちに比して在位の期間は長く、いまだご壮健のため記録はまだまだ伸びそうだ。
五代目国王ということは、前世の僕を殺した初代シンマ国王ヤスユキの玄孫――、曾孫の息子というところか。
そう考えると、具体的な時の流れを感じる。
「シンマ王家が家来衆ヤマダ=ダイタロウが嫡男、ヤマダ=ユキムラ。まかり越してございます」
僕は謁見の間において膝を付き、王に対して平伏した。
前世において、初代シンマ国王に頭を下げられなかったために死ぬまで戦い抜いた僕である。
その僕が、一度生まれ変わったぐらいでヤツの子孫にこうして頭を下げている。
転生などという不可思議な現象の醍醐味と言えば、そうとも言えた。
「やっと求めに応じてくれたのう。家来衆であるおぬしの家は、このシンマ王城の足元にあるとか。そんなに近くに住んでおるのに、どうしてすぐ遊びに来てくれなかったのじゃ?」
「僕には、謁見の悦を賜る理由がありませんので」
「何を言う。先日のおぬしの活躍、シンマ王国始まって以来の大武勲じゃ。そこまでの功者に対し、ねぎらいの言葉一つもかけてやらねば、余こそ王の名を損なうことになろう」
……やはり。
シンマ湾で僕が異国の軍艦を沈めたこと、伝わっていたか。
名を告げずに去ってしまえば有耶無耶で済むかと甘い期待を抱いていたが、一日と経たずに身元を割り出されてしまうとはな。
「身に覚えのなきことでございます」
それでも一応シラを切る。
「現場にてな、人知れず消えてしまった武勲一等の行方を探そうと、警備兵たちが野次馬たちに聞き込みを加えた。そのうち何人かはおぬしの顔をハッキリと覚え、名や身分まで知っておったとのこと」
マジかー。
顔を見られるのは覚悟していたか、そんなにすぐ身元と直結されてしまうものなの?
「おぬしは、自分が有名であることに気づいておらんようだの。放人ヤマダ=ダイタロウの息ユキムラと言えば、町道場始まって以来の麒麟児だとか。性状凛然、襤褸を着こみて長者のごとし……などと、町衆から誉めそやされておる、と。……お父上よ」
「ははあッッ!!」
実は僕の隣で同じく平伏していた父上。
日頃は豪放磊落なこの人も、さすがにここでは顔中脂汗だった。
「よい子を育てあそばされたな。おぬしら親子は、余の自慢の臣下であるぞ」
「あの……、し、恐悦至極にて……、あのその……!!」
しどろもどろだった。
僕の付き添いということで、ここまで一緒にやって来た父上。いい巻き添えと言ったところだろう。
吹けば飛ぶような下級武士の悲しさか。
「余としては、このシンマ王国の危機を救ったおぬしに、与えうる限りの褒賞を与えたい。さすればオヌシ自身の望みを聞いておきたくての。その働きに何をもって報いるべきや? 金品か? 領地か? 官位か? あるいはそのすべてをもってしても、おぬしを賞するに不足はあるまい」
「では恐れながら申し上げます」
僕は決然と言った。
「こたびのこと何事もなきかのごとく黙殺されますよう、お願い申し上げます」
「おいッ、ユキムラッ!?」
隣の父上が慌てて目をむいた。
玉座のひじ掛けにもたれ掛かるユキマス王も、困ったように眉根を寄せる。
「二度も登城を拒んだことから予想はしておったが……」
と、行き詰まった時のクセなのだろうか、豪奢な衣装の袖を、いじいじと弄り出す。
「おぬしはよほど無欲なのか、それとも俗世を疎んじておるのか。信賞必罰は法の土台。それを蔑ろとすれば国そのものの足元が崩れよう。おぬしほどの功者を賞さねば、王たる余は吝嗇の誹りを受け、他の家臣から軽んじられることにもなる」
それはたしかに正論だった。
「おぬしには、まず金を五百。ついで余の侍従へと取り抱え、今後余の傍に仕えてほしいと思っておる。場合によっては領地も与えたい」
「侍従ッッ!?」
驚いたのは父上だった。
王の側近ともなれば、その身分は下級武士などより遥かに上、押しも押されぬ上級武士だ。
その栄誉に浴するのは当人である僕だけでなく家族全員。
だから父上も驚く。もし本当に上級武士に昇格できれば、生活水準も大きく跳ね上がるだろう。
「どうかご再考いただきたく」
しかし、僕の答えはにべもなかった。
長らく下級武士として貧乏暮らししてきた一家が、いきなり上流階級に仲間入りできたとしても環境に馴染めず苦しい思いをするだけだ。
父上だって、それに気づけるぐらいの分別あるお人。
「ど、どうかご容赦を……!!」
と僕と揃って平伏した。
王はため息をつき、頬をポリポリと書いた。
「無私無欲は美徳だと、我がシンマ王家は教訓するが、ここまで行きすぎてはの。……仕方がない、では攻め口を変えるとしよう」
王はそう言って、玉座から立ち上がった。
「ユキムラよ、おぬしと差し向って話がしたい。お父上殿は下がってよい」
「はッ!? ですが……!」
「この王が、下がれと言っているのじゃ」
ここに来て初めて見せる王の威厳だった。
さすがの父上も、下級武士の身で王の威圧には抗しきれない。平伏したまま後退し謁見の間より退出した。
「安心せよ。お父上は、我が配下の者が丁重に自宅までお送りするであろう」
国王の配下って、父上より遥か格上の家臣なんじゃ……?
「それよりも今はおぬしのことよ。おぬしには是非とも褒賞を受けてもらわねばならん。そうせねばならぬ情勢というものがあるのじゃ」
(3/17)本作が日間ハイファンタジーランキングで5位以内に入りました!!
これも皆様のご愛読とブックマーク追加と評価のおかげです!!
これからもユキムラの活躍を楽しんでいただこうと奮起いたしますので何卒よろしくお願いいたします!!