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86 風入りて火盛ん

「ユキムラ、失礼するぞ」


 会談に緊張感が増してきた頃、唐突に応接室のドアを開けて闖入してくる者がいた。

 例の失敗した一人目の刺客、ヤマウチ=タチカゼだ。


「道場の初稽古が終わったので報告に来たのだが……。……ん? ゲッ!? カエンッ!?」

「お久しぶりでありんすなぁ、タチカゼさん」


 巨漢のタチカゼが、慎ましやかに座るカエン嬢に超物怖じしていた。

 同じ四天王家の間柄とは言え、当人同士にも面識が?


「一体何故お前がこんなところに!?」

「キミの失敗の穴埋めに来たらしいよ」


 雷領主の僕にコテンパンにされたどころか宗旨替えまでしてシンマ、フェニーチェの交流に尽力しているタチカゼに言った。


「いやでありんすなあユキムラさん。そうではないと今説明しているところでござんしょう?」

「そうでしたっけ?」

「そうでありんす。私たちモウリ家は純粋に、利があればそこに流れていく者ども。火が、あちこちに燃え移っていくのと同じように……」


 つまりコイツは……。


「雷領で行われているシンマ、フェニーチェとの交流に一枚噛みたいと?」

「あい」


 相変わらず可愛い返事だった。

 しかしこの女を可愛いとはもう感じられなくなっていた。


「ただ今こちらの雷領は、大いなる利に溢れかえっているでありんす。フェニーチェさんと言う異国からのお客様。今までのシンマにはなかった大口の金払い元が現れましたんで」

「たしかにそういう考え方もある」

「フェニーチェさんは、シンマの色々なものをお求めでありんしょう? まして雷領さんは、出来たばかりで売り手の仕組みも出来上がっておりません」


 供給が需要に追い付いていない、ということ。


「より早く参入した者が……」

「利益を総ざらい」


 このお嬢様本当に、儲け話をかぎつけて雷領に乗り込んできたというのか?


「そうはいかん!」


 そこへタチカゼが声を怒らせ割り込んだ。


「『疾きこと風の如し』が信条のヤマウチ家! その我らを先んじてモウリ家が一番乗りを果たすなど、あってよいことではない!!」

「怒る点そこかよ!?」


 ある意味で風の連中はブレないな!?


「その点は心配ないでありんしょうタチカゼさん?」


 そしてカエン嬢は落ち着き払ったままだ。


「何しろ四天王家の中で、ぬしさんが真っ先にこの雷領に居ついてしまったのでありんすから」

「む?」

「これから雷領が生み出す利の可能性を見抜き、勘当されてまで雷領にて働く覚悟をなさったのでござんしょう? その決断、あっぱれでありんす。やはりヤマウチ家の方にはいつも先んじられるでありんすなあ」

「まあ、そういうことなら……!」


 納得するんだ今ので。


「このヤマウチ=タチカゼ! 勘当されたといえども心に風は宿っている! この雷領がフェニーチェ交流の地として大成した時、風領とヤマウチ家が取り残されぬためにも、それがしがここにいるのだ!」

「さすがはタチカゼさん。お堅い考え方でありんすなあ」


 カエン嬢はコロコロと笑った。


「小さい頃から少しも変わらず。寒風に吹きつけられてカチコチになっているかのようでありんす。風をモットーとするならば、もっと融通無碍になってもよいのではありんすか?」

「お前に言われたくはないわ。火を司るモウリ家に生まれながらそのねっとりした言い回し。いつ聞いても鳥肌が立つ」


 二人の気心知れたようなやり取り。

 やっぱりコイツらは深い面識でもあるのか。


「風領と火領は隣同士だからな。我らも幼いころから何度も面通ししたことがある」

「歳も近うござんしたから、いわゆる幼馴染と言うヤツでありんすなあ。隣領との関係を良好にするためにも、一時は許嫁となる話もあったようでありんすが」

「痛いッ!?」


 何かいきなりタチカゼが悲鳴を上げた。


「なんだいきなり横腹に痛みが……ッ!? あれジュディ? いつからそこにいたのだ? ……いたッ!? 痛い痛い痛い!? 何故横腹を小突き続ける!? しかも無言で!?」


 いつの間にか隣に立っていたジュディに繰り返し横腹を小突かれるタチカゼだった。


「ジュディのヤツ……、意外と嫉妬深いんだな?」

「タチカゼさんは側室を持てなさそうね」


 ルクレシェアとクロユリ姫もほんわかしながら二人を見守っていた。


「まあ、今はそういう話も立ち消えして、いいお友だちでありんすよ。話を戻してもようござんすか?」

「ああ」


 あっちでイチャイチャしてる連中は放置しておこう。


「要はアンタたちモウリ家は、雷領のこれから大いに発展していく勢いに乗じて儲けたい、ということか?」

「あい」

「しかし、四天王家としての立場はどうなる? アンタたちは協力してフェニーチェとの交流を妨害しようと誓い合ったのだろう?」


 なのに雷領の発展に乗じて、儲け話を作り出そうというのは、雷領の発展に手を貸すことそのものだ。


「他の四天王家を裏切ることそのものじゃないのか?」

「融通無碍でありんす」


 カエン嬢はこともなげに言った。


「最初に申し上げておくべきことでござんしたが、我らモウリ家にとってフェニーチェさんとの交流が正しいことかどうかなど、どうでもいいことでありんす」

「なッ!?」

「問題は、儲かるかどうか、でありんす」


 その言葉に、当のフェニーチェ人であるルクレシェアが鼻白む。


「四天王家のすべてが、お堅い考えを持った石頭ではない、と言うことでありんす」

「では、他の四天王家とユキマス陛下の決断に反対する盟約を結んだのは?」

「出る杭は打たれると言うことでありんす。他の三家が志を同じくしているのに、我が家だけが反対しては波風が立つでござんしょう?」


 四天王家が揃って王に反対していることで、シンマ国内に波風が立ってるんだがな。


「和を成すために本心を隠しておくことなどまっこと多くあることでありんす。しかし一方で、雷領から広がろうとする市場は領主家としては見過ごすことのできぬほどに美味しいもの」


 旧知の領主仲間からは睨まれたくないが……。


「儲け話にはしっかり噛んでおきたいと?」

「あい」

「一番タチの悪い類じゃないか。向背定かならん」

「いいえ、我らモウリ家は、一つのことにとても忠実でありんす。利というものに対して」

「では、もしこの雷領から利が見込めなくなる時が来たら?」

「最低限の筋は通すでありんす」

「…………」


 僕は交渉相手を前にしながら思わず天井を仰いだ。

 コイツは、当初予想した通りの利に敏い山師じゃないか。

 この手のヤツが、まさか四天王家の中から出てくるとは。

 様々な要素の複合が、判断を一層難しいものにした。


「ではもし、僕がアナタからの提案を断ったら?」

「それはそれでしかたないでありんす。領主として利を探る道はすっぱりと諦め。四天王家として国を憂える道に専念するでありんす」


 それってつまり他の四天王家と協力して雷領及びシンマ、フェニーチェの二国間交流を本腰入れてぶっ潰すって脅してるんですよね?

 …………。

 ……まあしかたない。


「いいだろう。どっちにしろ我が雷領は、経済的な協力者をこれからジャンジャン募ろうとしていたところだ」


 それが領の発展のために欠かせないことだからな。

 いつまでもユキマス陛下一人におんぶにだっこと言うわけにもいかない。


「モウリ=カエンさん。アナタの申し出を受けいれよう。この雷領で大いに儲けて、利益をウチに還元してくれ」

「あい」


 カエン嬢の瞳の奥に、ゆらりと揺らめく炎が映った気がした。

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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