85 烈火の華人
四天王家。
それはシンマ王国において王家に次ぐ権力を持った有力貴族のことだ。
シンマ王家が治める直轄領を除く、シンマ王国全土を切り分けた五つの領。
風領。
林領。
火領。
山領。
あと雷領。
出来たばっかりの我が雷領は、ひとまず度外視しておくとして。
風林火山の四領は、シンマ建国と共に成立した歴史ある領であり、その領主を代々勤めてきた家系を四つ合わせたのが四天王家。
由緒正しい名家と言っていいだろう。
そのうちの一つが、僕を訪ねてきた?
「お初うお目にかかりんす」
応接室に座っていたのは、見るからに育ちのよさがわかる上品な女性。
「火領より参りました。四天王家が一、モウリ家の者にありんす」
ありんす?
「名を、モウリ=カエンともうしんす」
と乙女は言った。
ひとかどの立派なお嬢様と言っていいだろう。
こうして向かい合っているだけでもわかる、座り姿の流麗さ、振る舞いの上品さ、声の透明さに至るまで。
僕のような庶民生まれには想像の及ばぬほど徹底的に礼儀作法を叩きこまれているに違いない。
まさしくお嬢様の完成形。
ただ。
そんな彼女の中にただ一点、ちゃんとしたお嬢様とは明らかに趣が異なる部分がある。
ねっとりとした潤みを含んだ瞳。
あの瞳と視線が交わるたびに、僕はヤマダ=ユキムラ以外のもう一つの自分が刺激される。
雷公ユキムラ。
シンマ建国以前の戦国時代を生き抜いた我が前世。
あの頃の僕は当然、今目の前にいるモウリ=カエンの先祖とも死闘を繰り広げた。
『天下六剣』の一振り、火剣を操る火公モウカ。
ヤツと同じ目の潤みを、ヤツの子孫も持っている。
「あの……」
応接室で僕と対面に座るカエン嬢。
彼女は、照れたようにモジモジしながら言う。
「どうなされたでありんすか? 先ほどから私の顔をジッと見られて……?」
「ああっ、いや失礼……!」
たしかに初対面の、しかも女性の顔をまじまじ見るのは礼儀知らずだ。
「いいえ、ようござんす。私も、殿方から見詰められるのは慣れてありんすから……。でも……」
「でも?」
「アナタ様のように熱い視線で見詰められるのは初めてでありんす。まるで心の芯まで焦がされるような。熱がこもっておいででありんすね」
ええ……!?
いや、その……!?
「シンマ王国に新たに現れた英雄の、心の熱といったところでありんすか? その熱で、方々のおなごに火をつけているのでありんすねえ」
「そんなことはない、です……!」
応接室の長椅子の、僕の両側に座るクロユリ姫とルクレシェアの笑顔が、妙に圧迫感があった。
「それはともかく」
この話題を引きずるのはマズいと僕の本能が訴えてきたので、強引にでも話題を変えた。
「来訪の用向きを窺ってもいいでしょうか?」
と言うかここからが本題だった
相手は、あの四天王家。
シンマ国王ユキマス陛下が決断を下したフェニーチェとの交流に異を唱えている連中だ。
それはシンマ国内に少なくない割合いる攘夷派を代表したもので、シンマの頂点に立つユキマス王が開国派である以上、第二の権力者である四天王家が反対意見に祭り上げられ野党化するのは、ある意味で自然の流れだ。
その実証としてこのあいだタチカゼが乗り込んできて、フェニーチェ勢力の追放を求めたのではないか。
タチカゼは四天王家の一、風領を治めるヤマウチ家の出だからな。
そんなタチカゼが僕にコテンパンにされて、あまつさえこの雷領で働くようになってしまった。
フェニーチェ交流に反対する四天王家としては、一局目は大失敗と言うべきだろう。
ゆえにそろそろ二人目の刺客を放ってきてもいい時期だ。
「そう気構えんでおくんなまし。アナタ様の想像するような理由で、こちらへ参ったんではありませんので」
「え?」
「我が国へ参られた異人の方々が気に入らん。だからぶっ壊してしまえ……」
カエン嬢は、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「そう思っていると、思っているんでありんしょう?」
「その通りだ」
僕はハッキリ答えた。
「いつも思うが、ユキムラ殿ってたまに率直過ぎないか?」
「普段はむしろ優柔不断なのに……。ユキムラのどこかに別人になるスイッチでもあるんじゃないかしら?」
ルクレシェアとクロユリ姫が小声で私語しるけど……。
……聞こえてますよ?
「まあ、たしかに我ら四天王家は、揃って約を交わしてありんす。王たるユキマス陛下が腑抜けである以上、それを足下から支える四天王家こそが一丸となって夷狄を討ち払うべしと」
「自分たちの主に向かって大層な言い方ね」
父親を腑抜け呼ばわりされて、クロユリ姫がピリピリしだした。
「まあそう角を立てないでおくんなまし。姫様。それでも我ら四天王家の各々は、何より大事にしなければならないものがありんす」
「大事なもの?」
「四天王家はそもそも、シンマ王家より領土を預かる領主家。我が領土と、そこに住む領民こそがもっとも大事なものでありんす」
つまり、ここにいるカエン嬢にとっては、モウリ家が火州の大公家だったころから治め続けてきた火領こそが、もっとも大事と。
「先祖代々領主を務めてきた家系としては極めて模範的な回答だな……」
「あい」
やたら可愛げな調子で相槌を打つカエン嬢。
「そこで私は、火領主である父の命を受けてある提案をしに来たのでありんす。私たちとぬしさんたち、両方に利益が生じる提案を……」
「利益?」
それは、さっき僕が想像したばかりの展開だった。