84 新たなる災禍
こうして雷領の新剣術道場&魔法研究所の除幕式を見届けた僕は、領主の居館へと帰って来た。
「ただいまー」
「お帰りなさいユキムラ!」「よく帰られたユキムラ殿!」
シンマ王国第五王女のクロユリ姫
フェニーチェ法王令嬢ルクレシェアが、それぞれ僕のことを出迎えてくれた。
二人とも、一応僕の妻みたいなことになっているが……。
シンマは基本一夫多妻がオッケーです。
「除幕式はどうだった?」
「ジュディのヤツは、暴走せずにちゃんとやれてたか?」
アレは暴走しても許容範囲内と言えたからいいか。
結局、練習生たちはタチカゼとジュディの関係を知って「オレもここで頑張ればフェニーチェ人の巨乳の彼女ができる!!」と奮起したようだ。
若者たちのやる気を刺激できたのは大いによいことだ。
「入門してきた人たちって、新たに雷領に入って来た人たちなんでしょう?」
「そうですよ。これを機にユキマス陛下がシンマ王国全土から募集したの」
新しい技術を学び、一旗上げたい者は雷領に集まれ! って。
その呼びかけに応じてシンマ王国津々浦々から、冷や飯食いの次男三男坊を中心に雷領へ押しかけて来た。
それが今日道場に居並んでいた門下生というわけだった。
「予想を超える数集まったんだよなあ……」
建国より百年。
完成された社会に閉塞している層は、僕らが思うよりたくさんいたというわけか。
「彼らが当事者となって『命剣』を鍛えつつ魔法を学び、両方に精通する人材となってくれたら、フェニーチェが直面している問題も解決するかもしれないわね!!」
とクロユリ姫が我がことのように嬉しげだった。
魔王技術立国フェニーチェに密かに忍び寄る危機。
それは国家の根幹たる魔法の源、魔力が尽きかけているということだった。
フェニーチェ建国以前から魔力を湧出し、人々に魔法の恩恵を与えていたのは、最初に魔法を使ったという魔法神の遺体――、即ち聖遺物だった。
しかしその聖遺物から湧出する魔力が、現在になってついに枯渇の兆しを見せ始めたという。
魔法に始まり、すべての活動を魔法に頼っているフェニーチェ法国によって魔力がなくなることは国家崩壊と完全に道義。
フェニーチェ上層部である法王庁はこの事実をひた隠しにしつつ、ひたひたと迫る危機を打破するため、聖遺物とは別の魔力源を探し求めた。
そして目を付けられたのが、我がシンマ王国の『命剣』というわけだった。
「フェニーチェ法国は、もうすぐ魔力がなくなるなんて緊急事態を大っぴらにするわけにはいかない。シンマ国民にとっても『命剣』は非常に繊細な問題だ」
「だから表向きは文化交流ということにして、その中で『命剣』の研究が進んで魔力の人工発声に繋げられれば万々歳というわけね!」
それがまあ、シンマとフェニーチェの文化交流における真の目的というわけだが……。
「すまぬユキムラ殿! クロユリ! 我がフェニーチェ法国のためにここまで力添えしてくれるとは……!」
とルクレシェアは感涙にむせび泣く勢いだった。
「この恩には、フェニーチェ一国として応えられなくとも我一個人としてでも必ず報いてみせる! 差し当たってはユキムラ殿の子どもを生むことで!」
「ルクレシェア、わたくしはわかっているわよ」
クロユリ姫が割と真顔で言った。
「それむしろアナタの方が嬉しいわよね?」
「……ハイ」
「でもいいのよ! わたくしもアナタも一緒にユキムラと結ばれて、幸せな家庭を築く! そしてモンなハッピーじゃない!」
「クロユリ! 我が友よ!」
こうして二人は国境を越えて友だちなのであった。
胃が痛むなあ……。
「でも……」
僕はふと気づいて行った。
「あまり悠長にかまえていて大丈夫なのかな? こうしている間にもフェニーチェ本国では今にも魔力が枯渇しようとしているんだろう?」
「それは、今すぐというわけではないから大丈夫だ」
え? そうなの?
「計算によると聖遺物の魔力が枯渇するのは最短で二十年後。それまでに問題の解決方法を見つけ出すか。見つけ出せる人材を育て上げればいい」
直ちに問題はないわけか。
まあそれでもいつか必ず枯渇することがわかっているなら慌てなければいけない問題。何しろ国家単位の存亡がかかっているから。
表向きには秘密にしつつ、今から取り掛かっても何の不都合もない。
「しかし……、いいのだろうか……?」
「何が?」
沈んだ表情のルクレシェアに、僕らは訝る。
「我らは一方的にシンマの厚意に甘え過ぎてはいまいか? ユキムラ殿もクロユリもいい人だ。だからといって貴公らに頼りきりになるのもムシが良すぎると思う」
「ここに来て何神妙になっているのよ? ルクレシェアらしくもない」
「我どのように思われていたのだ!?」
実は僕もクロユリ姫と同じ感想を持った、ということは胸に仕舞っておこう。
「今回の文化交流だって、フェニーチェを救う可能性を模索しながら、翻ってシンマ王国には何の利があるというのだ? あまりにも一方的な利害の偏りはバランスを崩壊させる。結局のところどちらにとってもいいことではない」
「意外に真面目なんだなルクレシェアは……」
「ユキムラ殿まで!?」
結局声に出してしまった。
「まあ、そこまで真面目に悩まなくてもいいよルクレシェア。利益ってのは自分で見つけ出すもので、誰かから与えてもらうものじゃないからな」
「ど、どういうことだ?」
首を傾げるルクレシェアに、僕は続ける。
「どこの国にも利に敏いヤツはいる。シンマとフェニーチェの二国間交流というとてつもなく大きい山だ。その中に飛び込んでみずから利を見つけ出そうとする者は必ず現れるだろう」
そういう連中がたくさん出てきて文化交流に関わり、多くの利益を生んでくれればシンマ王国を富ませることにもなる。
「だからシンマだけが一方的に得しないとかそんなこともないさ。シンマ王国民一人一人の知恵と貪欲さを拝見してみようじゃないか」
「そんなにうまく事が運ぶか知らねえ」
クロユリ姫も半信半疑の様子だったが、まあ今に見てなって。
フェニーチェの言葉で言うところのビジネスチャンスが、新事業が出発したばかりの今の雷領には溢れかえっている。
その甘い匂いにつられてたかってくるアリたちは一匹や二匹じゃないだろう。
僕は雷領領主として、そうした山師たちを制御し、その上前をはねて雷領自体を豊かにしていけばいいのだ。
「領主様、お客様がお見えです」
とか言ってたら、領主居館に勤める職員が来客を告げに来た。
今日は誰とも会う予定を入れていない。
つまり、ビジネスチャンスから見出した利益を押し売りしに来たヤツが現れたということだ。
「今はちょうど暇だし、会おう。どこの誰だ? ちゃんと名乗ったんだろうな?」
「は、それが……!」
職員は何故かおずおずしてから言った。
「訪ねて来られたのは、四天王家のモウリ家の御方です」
え……!?