83 拠点建造
そしてついにシンマ、フェニーチェの交流事業がスタートした。
まずは、互いの技術を研究し合う施設が必要ということで、一つ大工さんに命令して建ててもらった。
シンマ『命剣』道場。
&。
フェニーチェ魔法研究所。
「発足であーる!!」
道場師範に就任したヤマウチ=タチカゼが、立ち上げの挨拶を行っていた。
彼の面前には、既に数十名にも上る練習生が立ち並んでいた。
「ここ、雷領初の剣術道場……。名付けて風雷館。その館長として就任したヤマウチ=タチカゼである! そして貴君らは、風雷館第一期生ということになる!」
元々大兵であるタチカゼが、空気をビリビリ震わす大声で語るのだから、これから剣を学び始めるようなヒヨッ子たちはビビりまくり。
いつおしっこを漏らしてもおかしくない極限状態だ。
「当館の門を叩いた貴君らなら既に承知のことと思うが……。当館は、このシンマ王国にあるどの道場とも趣を異にする。まったく新規格の道場である!!」
「ザッツライ! ニュータイプですネーッ!!」
「それというのも、このシンマ王国五つ目の領として発足した雷領。その成り立ちが大きく関わってくる。皆そのことを肝に銘じておくように!!」
「心のメモ帳に書き留めておくデース!!」
「改めて説明しておくと……。遠き異国、フェニーチェ法国が我らシンマとの交流を求めてやって来たことがすべての始まりであった……」
「語り始めたデース! 皆スリープしちゃダメですネー!」
「我らが国主、シンマ=ユキマス陛下は快く提案を受け入れ、二国交流の場をこの雷領に設けたわけである。そして我らがシンマ王国を代表する能力である『命剣』。それをフェニーチェに紹介することを目的に建てられたのがこの道場である!」
「滅茶苦茶研究させてくださいネ! ユーたちのこと体の隅々まで調べ尽くしたいデース!!」
「ジュディ!? うるさい!?」
さすがにタチカゼのヤツも耐えきれなくなって、周りで狂喜乱舞するジュディのことを窘めた。
居並ぶ新練習生たちも、初めて目にする外国の女の子(しかも巨乳)を前に、興味なしではいられない。
「……あー」
タチカゼは、仕方ないなとばかりに咳払いしつつ。
「せっかくだから紹介しておこう。彼女はジュディ=サイクロムというフェニーチェからやってきた研究員だ。この雷領に滞在し、シンマに関わるあらゆることを学び、研究するのが来訪の目的だ」
「隣の研究所の所長をやらせてもらってますネーッ!!」
そう。
タチカゼが館長を務める道場と、ジュディが所長を務める研究所は、お隣同士なのだ。
無論気まぐれや偶然でそんな位置関係にしたのではない。
シンマとフェニーチェ交流の真なる目的を遂行するのに都合がいいためだ。
「ミーは、シンマピープルの皆さんが持っている『命剣』にとってもとってもとっても興味がりますネー! これからフェニーチェの魔法技術を公開する代わりに、皆さんの『命剣』をじっくりたっぷり研究させてほしいデース!」
明け透けなジュディの一言に、決して少なくない割合の練習生たちが身構えた。
『命剣』はシンマ王国民にとって誇りであり命そのもの。
それを調べさせろという不敬な態度が、シンマ全土に広がるフェニーチェへの拒否感の根源になっている。
そんな状況の中、ジュディがここまで率直に言ってしまうと……!
「モチのロン! ミーたちの方も皆さんに色々お教えするのはオフコース! フェニーチェは魔法技術立国デース! その技術をシンマの皆さんにも知ってほしくて、研究所を建てたデース!」
「うむ!」
タチカゼが説明を引き継ぐ。
「当館の練習生は、隣の魔法研究所でフェニーチェの魔法技術を学ぶことも許可されている。シンマ、フェニーチェの垣根を越えて学ぶ意欲のある者は、遠慮なく両館を往来するがいい!」
その言葉に、練習生たちはどよどよと動揺する。
フェニーチェはシンマから学び、シンマもまたフェニーチェから学ぶ。
それが交流の正しい形であり、「フェニーチェから『命剣』を奪われる」と危惧するシンマの不安を和らげる効果もある。
そして、国難に立ち向かうフェニーチェの真の目的をカモフラージュすることにもなる。
「エブリバディの皆さん! このドージョーで修行する傍ら、是非ミーの研究所にも来てほしいね! ミーは何でも皆さんに教えてあげるネー!!」
その言葉に、さらに練習生たちがざわついた。
何でも……!? 教える……!?
と。
「ミーは出し惜しみしない質ネ! 皆さんが見たいものは何でも見せてあげるし、何でも教えてあげるデース! 実際に触ってみてもいいネ! 学習とは肌で感じてこそ意味があるネー!!」
触る……!? 肌で……!?
練習生たちの興奮というか、邪念が高まっているのがわかる。
彼らが初めて目にするフェニーチェレディ、ジュディ=サイクロム。
彼女の出で立ちは、シンマ乙女にはあるまじき露出の大きさで。局部と胸部を申し訳程度に隠した小さな衣服の上に白衣を羽織っただけの非常に扇情的なものだ。
本人に沿う意思があるかどうかはともかく。
その上で、これまたシンマ乙女にあるまじきほどに非常識に肥大化した胸部。
見て見ぬふりふりをするには耐えられない存在の大きさから、思春期真っ盛りと言っていい練習生たちの視線は、自然と……。
「おっぱいに注目するでなーい!!」
タチカゼの怒号が飛んだ。
「惑わされるな! 惑わされるな! 惑わされるなと言っている!! お前たちがこの道場に入ったのは何のためだ!? 強く賢くなるためだろう!? ならば色情に惑わされ、女に脇目を振る暇などないはずだ!!」
逐一もっともで、鼻の下が緩みかけていた若者たちが体の芯から引き締まる。
「お前たちのたるんだ性根を、このそれがしが一から叩き直してやる! 我が道場で学ぶ以上は! 中途半端で終わることはないと思え! 全員が、シンマ有数の烈士となって道場を巣立つのだ!」
「ザッツライ! ネ!」
脇にいるジュディも賛同した。
「ミーもダーリンと一緒に頑張りますね! ダーリンと共に皆をビシバシしごいていくから覚悟するネー!!」
「「「「「「「「「「ダーリン!?」」」」」」」」」」
フェニーチェの言葉は知らないくせに何故かそこには鋭く反応する。
「ちょっと待ってください! ダーリンって!?」「そのやたら甘美な響きのする舶来語は!?」「館長! アンタその異国美人とどういう関係なんですか!?」
早くも門弟たちが反乱寸前だった。
「ええい静まれ! シンマのサムライが、この程度で取り乱すとは情けない!!」
「ミーとダーリンは、お互いの大事なところが通じ合った仲ネ!」
「お前も混乱に拍車をかけるな!!」
こうして道場内で起きた混乱をタチカゼが沈めるのに時間がかかり、ようやく静まったところで。
「では最後に、この雷領を治める領主より挨拶を賜る。……ユキムラ殿」
「はいです」
実は僕、最初から来賓席でこの騒動を覗いていた。
今日は栄えある道場&研究所の除幕式。
この僕――、ヤマダ=ユキムラも領主として立ち会わねばいけない。
「……あー、皆さん」
として有り難い訓示の一つも述べなければいけない。
「まあ、そこそこ適当に頑張ってください」