81 交流発動
『うん、いいよ』
現シンマ国王ユキマス陛下から送られてきた返信は、実に単純だった。
この僕――、ヤマダ=ユキムラの治める雷領を、シンマ王国と異国フェニーチェとの交流都市とする計画。
それを実行するにしても後ろ盾であるユキマス陛下に確認を取らないと不義理だろうということで、王都へ向けて早便を出したところこの返事が今朝早く返って来た。
「……たった一言だけかよ」
まあ承諾してくれるのは助かるが。
やっぱりユキマス陛下、面倒事をすべて丸投げするつもりで僕を雷領領主に据えたんじゃないだろうか。
「大した王ではないか」
と、僕の隣で他人事のように言う一人の男がいた。
フェニーチェ法国、国立軍総司令官レーザ=ボルジア=フェニーチェだった。
「お前まだいたのかよ……!?」
「王の仕事は人を使うことだ。人間の才能と運命を見抜き、もっとも資質に見合った職権を与えて縦横無尽に動かすことだ。まさにこのロード・ユキマスが、お前を使ってしているようにな」
そんなことお前に言われんでも自覚しとるわ。
「得てして人使いの上手い王ほど無能と思われるものだ。人を思うがままに動かすのは、自分では何もしないということだからな」
しかし……。
「一人で何でもできて、一人ですべてを決めてしまう王など、存在自体が国という概念を否定しているようなものだ」
「本来、生物として最弱である人間が助け合い、集団を成立させる。それを突き詰めた先が国家だからなあ」
「複数の人間が協力して運営していくことが国家の健全な形。ならば国家の頂点に立つ王の仕事は決断し、その決断に従って人を動かすことだ。余の見る限り……」
レーザは感心めいた口調で言った。
「ロード・ユキマスはその仕事を実に大胆に行っている」
「だろうな、下級武士出身の僕を領主なんかに大抜擢するんだもの」
「身分階級は国家を形作る重要な枠組みの一種だ。それを一部崩してまでお前という人材を拾い上げることは、周囲からの批判も相当強かっただろう」
まったくもってそうだ。
加えて、フェニーチェとの交流を本格化するという決断は、一部の閉鎖的な考えを持つシンマ国民にとって認めがたいもの。
その点でも王への批判は当然強まっただろう。
「僕がこうして雷領で好き勝手出来るのも、ユキマス陛下が王都にて不満を一挙に受け止めてくださるおかげだ」
「大きな決断ほど、その成果が表れるのに時間がかかる。無学なバカほどその事実に気づかず、その場その瞬間でしか判断できず、無能呼ばわりするものだ。王としての責任に真っ向から立ち向かう人をな」
特にユキマス陛下は、気さくで威厳を出さないからなあ。
その打ち解けやすさで逆に舐められる節があるのかもしれない。
だからもっと厳かにしろ、と王に忠告するのも小賢しい行為なのだろう。
あの人はあの人で、その気さくな態度で、そのうちにある重厚な判断力を押し隠している。
そのおかげで僕は、王の下した決断の範囲内で自由にやらしてもらっているわけで。
本当あの人には頭が上がりませんな。
「……だがな、あまり思い上がらぬことだ。世界には、この国の王と同じレベルの判断力をもった王もいるのだぞ?」
「え? 誰?」
流れで思わず聞いてしまった。
「決まっておろう! 我が父にしてフェニーチェ法王アレクサンド十三世だ!!」
ああ……。
なんでいきなりこんな話題を始めたのかと思ったら。
つまりお国自慢がしたかったのか。
「我が法王も、一度人任せにしたらトコトン信じ抜く度量の持ち主でな。息子である余のことを信頼し、すべてを任せてくださっている」
「まあ、そうでもなきゃこんな遠国くんだりまで軍を動かす許可しないだろうしね」
「父上が信じてくださっているからこそ、余は縦横無尽に計略を駆使し、フェニーチェの中でここまで伸し上がることができた。つまり……!」
ガシッとレーザから肩を掴まれた。
「我々は似た者同士だということだ!」
「だからそうやって寝技に持ち込もうとするな」
「我々は双方英邁で、敬愛すべき王に庇護下にいる。そんな共通点を持つ我々なら互いの心を斟酌し、高度な連携が取れるのではあるまいか!?」
「だからそうやって感情面から味方に引き入れようとするな!?」
そうやって相手の思惑が手に取るようにわかる辺り、互いの心が本当に斟酌できてる事実にムカつく!
「はあ……! まあ、お前さんのところも必死な事情があるのはわかるけれど。あんまり露骨なのはやめてくれよ」
僕だって所属はシンマ王国なのだから、何かあったらまずはシンマ王国の利害を第一に考えなくてはならない。
「そんなことはわかっている。お前には、自国の利益に反しない限りで我々に協力してくれればいいのだ。そして出来れば双方がハッピーになれる道を探し出そうではないか」
……。
なんだろう、この。
「足の遅い者同士、一緒に走らないか?」と誘われるような油断ならない感じは?
「……まあ、これからの僕の仕事は雷領をシンマとフェニーチェとの交流都市に育て上げることだ」
それを堅実にこなしていくことにしよう。
「では我らフェニーチェは、そこから出来うる限りの利益を見出していくことにしよう」
とレーザも、これからの雷領の変化に一枚噛んでいく気満々のようだ。
これからの道行き、けっして順風満帆というわけにはいかなそうだった。