79 迷惑な希望
「魔力枯渇の問題に、フェニーチェ法王庁も何もせず手をこまねいていたわけではない。この危機を絶対国民に知られぬよう秘密を保ちつつ、様々な打開策を模索していった」
「聖遺物から湧出する魔力量を増加できないか? 他に魔力を生み出す方法はないか? あるいは、どこかから別に魔力を発生させる何かを見つけられないか……!」
それこそ死に物狂いの暗中模索であったことが察せられる。
世間に知られれば大パニックは必至な危機情報。水も漏らさぬよう気を張りながら打開策を探し出す。しかも一刻も早く。
どれだけのプレッシャーがのしかかることか。
「そしてある学者が、ある可能性を指摘した。百年も前に書かれた、ある旅行記。素性もわからぬ怪しい人物が、ホラ話でも書き綴ったのかと疑いたくなるほどに荒唐無稽な文章の中に記してあった」
「それって……、まさか……!」
「魔法ではないのに、極めて魔法によく似た力を発揮する極東の民族。その者たちは魔法を剣のごとく扱うのだと……!」
どう聞いてもシンマ王国の『命剣』のことです。
本当にありがとうございました。
「その旅行記から、魔法以外の超常の力が存在する可能性を見出した学者は、その力を魔法流用することができないか? と考えたのだ。最初は皆呆れて誰も相手にしなかったが、時間が過ぎ、他のあらゆる手段が手詰まりとなっていくうちに一縷の望みが託されるようになった」
で、船を出したと?
「表向きは『新技術開拓を目指して』ということでな。成果は想像以上だった。『命剣』を扱うシンマ王国は実際にあり、そのエネルギーが魔力に転用可能であることは我が妹ルクレシェアによって示された!」
なんか語っていくうちに、レーザの目の色が変わりつつあった。
興奮気味?
「これでフェニーチェ法国は存亡の危機から救われる。魔力の供給源を、聖遺物から『命剣』に切り替えれば、我々はこれからも魔法を使い続けることができるのだ! さあ、ヤマダ=ユキムラよ!!」
ガシッと両肩を掴まれた。
「ここまで話した以上は協力してくれるだろうな!?」
「知りませんよ!!」
僕は強烈に抗った。
「そうはいかん! プライドを捨てて我が国の内情を明かした以上、『命剣』を得られなければ我が国が滅ぶということはわかるはずだ! 我々は絶対に諦めん。諦めたら死ぬからだ! 追い詰められた我が国の心情、今ならわかってもらえるだろう!?」
「わかりますけど、わかりますけど……!!」
一旦落ち付いて……、そして改めて言わせてほしい。
「率直に言いますと、そんなん僕らの知ったこっちゃないです」
考えてもみてほしい。
フェニーチェ法国が危機にあって、それを打開しなければならないことはわかる。
そのためにはフェニーチェの独力ではどうにもならず、シンマの協力が必要不可欠であると。
「だからってシンマが手を貸したって、それで何の得があるって言うんですか?」
「だよなー」
レーザもその辺の機微を了解しているのか、あっさりと同意してくれた。
「余がまったく逆の立場であったとしてもそう言うわ。何の得にもならないのになんでわざわざ人助けしないといけないのか? とな」
国家――、あるいは領地の運営なんて善意だけでは成り立たない。
そこに住む数千数万の民の生活を預かるからこそ、自分の民の生活を損なってまで他国を助けるなんてバカのすることだ。
僕一人だけの命なら、どういう扱いだってできる。
しかし自分が預かる民の命ともなれば、どうにも疎かにはできない。
自分を殺して他人を助けるという個人レベルの美談は、国家単位ではありえないのだ。
だからこそ、たとえフェニーチェが死活問題でシンマの助力を欲したとしても、そうやすやすと手を差し伸べることはできない。
「こんなにせっつかれるまで内情を明かさなかったのも、そのせいですよね?」
「そうともさ。『命剣』を渡してくれるという確約を取る前にこちらの弱みを明かしても、ただ足元を見られるだけだからな」
まあ、その危惧は物凄くよくわかる。
さっきからレーザさんと意見がガッチリ合いすぎて辛い。
「いやあ、しかし貴公とはさっきからガチガチと考えが噛み合うな。政治という奇怪なものを眺めるに必要な冷徹さ。それを貴公はしっかりと持っている。だからこそこうも考えが合うのだろう」
とレーザは一人得心する。
「ルクレシェアからの書状で庶民出身とは聞いていたが、にも拘らずよくここまでの政治眼を獲得したものだ。だからこそ貴公には、腹を割って話す気になれた。相手が貴公でなければ、ここまで素直に我らが窮状を明かせなかった」
うわぁ……。
何それ? やめてくださいよ?
ここに来ての急な個人評価。露骨な話題転換。
「そんな貴公ならばこそ、この状況でどうするのがもっともいいか、考えをまとめられるはずだ。一番重要なところでも、我らは意見を同じくできるはずだ」
「やめて」
「頼む! 『命剣』をフェニーチェへ輸出できるよう是非とも協力していただきたい!!」
「やめてって言ってるでしょうが!!」
この野郎!
僕の個人的好意に縋る作戦か!!
冷徹な判断力が売りの御仁かと思いきや、そんな寝技まで使ってくるとは……!
伊達に父親を法王にまで押し上げた人物じゃない、ということか。
「いやぁ……、この辺に話の核心があると思って突いてみたら想像以上に厄介な裏事情が出てきた……!」
藪をつついてヘビを出す、どころの騒ぎじゃない。
こんな事情を聞いたら、そりゃ真っ当な人間としては助けたくなるに決まっている。
でもだからと言ってそのためにシンマ王国の行く末まで左右していいかと言うと……。
何度も言うように『命剣』はシンマにとって誇りであり、象徴。
それをおいそれと他国に渡したりしたら国内の難しい人たちを騒がせ、最悪反乱などになりかねない。
それはこの前、四天王家のタチカゼが乗り込んできた事件でも実証されている。
王都砲撃事件でシンマ国民の感情も悪化している今、ヘタにフェニーチェに手を差し伸べればそのままシンマ国内の内乱に繋がりかねない。
自分の腹の中をグチャグチャにしてまで人助けをする気は起きないなあ……。
「うぅ……!?」
「ユキムラ殿……!?」
僕の難しい表情を見て、レーザもルクレシェアも不安を募らせていた。
「ねえ……、だったら……!」
そんな中、ここに集う四人の中で最後の一人が声を上げた。
それは、僕と同じシンマ側からの代表、クロユリ姫。
「こういうのはどうかしら?」