07 雷霆のごとし
我が手から伸びたる稲妻の刃。
銘を、雷剣『オオモノヌシ』。
シンマ王国の建国に際して最後まで反逆した雷公ユキムラの得物にして、その滅亡と共に失われたはずの一振り。
その喪失剣は、百年の時を越えて雷公ユキムラの魂と共に、このヤマダ=ユキムラの肉体に宿った。
『ヤマダ=ユキムラは「命剣」を作れない』
ある意味では正しい。
この雷剣に慣れ親しみすぎた僕は、どう頑張っても普通の『命剣』を生み出せなくなっていたのだから。
天下六剣のうち失われた一振りが世に出れば、大騒ぎとなるだろう。
ゆえに僕は、我が手の雷剣を秘匿し『「命剣」を作り出せない』ということにしておいた。
それも今日で終わりだ。
『総員警戒!! 目前の小型船を包囲せよ!!』
フェニーチェ法国の戦艦どもが、慌てふためきながら僕のことを取り囲む。
『シンマ王国のナイトに警告する! 即座に武器を捨てて投降せよ!!』
「ないと……?」
まあそんなことより。
武器を捨てろとは異なことだ。
サムライの命を刃に変えて作りだした『命剣』。それを捨てろとは命を捨てろと言っているようなもの。
『第三艦長! 降伏勧告など悠長なことをしている場合か!?』
四隻あるうちの別の艦から騒々しい声が響く。
『敵に反攻の意志は明らか! さらに我らの魔法砲撃に対抗する術を持っている以上、最優先の排除対象と見るべきだ!!』
『しかし大使……! 見たところ相手はまだ未成年……!!』
『戦場に立てば大人も子供もない! 全艦に搭乗する魔法技師よ、一定の距離を取りながら照準を敵兵に合わせよ!!』
軍艦に搭載された大砲は、当然ながら一門だけではない。一隻につき十門は優にある。
その全部が僕の方を向いた。
「ほーう?」
『充分な距離を取って一斉射せよ! 敵の装備は正体不明だが、我らフェニーチェの魔法砲撃の射程より長いということはあるまい! 反撃の届かぬ安全圏から一方的に殲滅するのだ!』
『遠距離砲撃にはそれだけ多くの魔力消費が……! モナド・クリスタルに蓄積された魔力量が心もとなく……!』
『いいからやれぇぇぇッ!?』
なんか軍艦越しに揉めておられる。
だが外国人、お前たちは根本的に認識が甘いぞ。
稲妻は天から地へと落ちる時、一間たりとも途切れることはない。天地を結ぶ稲妻の間合い。ちょっと後退したぐらいで逃げられるとでも思ったか?
『発射ァァァーーーーッッ!!』
一斉に放たれる砲撃。
自分を標的にされて何だかわかったが、あの大砲。鉄の塊なんかを飛ばすのかと思ったが違うようだ。
『命剣』によく似た生命の気を、兵器として利用しているわけか。
それが軍艦一隻につき十門。総勢四隻なので四十門。そのすべてが破壊のための生気を吐き出したが、それらすべて、僕まで届くことはなかった。
その前に、我が雷剣『オオモノヌシ』が飲み込んだからだ。
ズドドドドドドドドドンッ!
あの軍艦の巨体よりさらに何倍も長く伸びた雷の刀身。一薙ぎにてことごとく、発射したばかりの気弾もろとも大砲まで破壊した。
四隻の敵艦に例外なく、横一線の痛々しい爪痕が刻まれる。
「……これでもう砲撃されることはないな」
それを確認し、僕は左腕に抱えた弟ジロウを小舟に下ろした。
つまりこれまでの圧倒は、すべて右腕一本で成し遂げたことだった。
「ジロウお前はここで待ってろ」
「兄ちゃん……、兄ちゃん!?」
戸惑うジロウを置いて、僕は跳躍。小舟から別の場所へと降り立った。
つまり、敵船たるフェニーチェ軍艦の一隻、その甲板へ。
「「「ひぃぃーーーーーーーーーッッ!?」」」
大砲をすべて潰されたことで充分に肝を潰していただろう敵船の船員たちは、僕が乗り移ってきたことでさらに表情を歪めた。
「なるほど、これがフェニーチェ法国人か」
たしかにシンマ王国人とは品が違うな。
髪の毛は金色で、顔の作りも彫が深い。
「おっ、お前は包囲されている!」
「投降しろ! さもなくば攻撃するぞ!!」
慌てふためきながら告げてくる言葉は、三周ほど遅れたものだった。
仕方なく、こちらから口上を述べてやることにした。
「お前たちは後悔しなければならない」
甲板の上には、フェニーチェ法国人が三十人ほどはいるだろうか、いずれも屈強な船乗りのようだが、僕の一言で全員が呼吸を止めた。
恐怖か緊張か。とにかく巨大な感情が彼ら一人一人を圧し、金縛りにして動きを止めた。
「お前たちには後悔する義務がある。僕が生まれたこの国に攻め込んできたこと。僕にとって命よりも大切な肉親を危険にさらしたこと。その報いのために、お前たちはできうる限りの苦痛と後悔を伴いながら死ななければならない」
雷剣は、いまは普通の刀程度の刃渡りに収まって、我が手のうちにあった。
その刀身が、今でもバチバチバチリと空気を焼いている。
「しかし」
僕は続けた。
「お前たちは警告したな? 『投降すれば命は取らぬ』と。それはお前たちが攻める相手の命を尊重した証と評し、僕もまた報いることにする。敵たるお前たちに生き残る機会をくれてやろう」
雷剣をかざし、宣する。
「死にたくなければ船を捨て、海に飛び込め」
僕が言い終らぬうちに、船員たちは走った。
「ぎゃああああああ!!」「うわぁ! ひぇぇぇぇぇぇッ!!」「デビル! デビルだァァァッ!?」「オーマイゴーッド!!」「ジーザス!!」
慌てふためきぶつかり合いながら我先にと船べりへと向かい、欄干を乗り越えて海に飛び込んだ。
数十人が一斉に。まるでネズミの群れが沈む船から逃げ出していくかのようだった。
「では……」
ポツンと一人残った甲板で、僕は雷剣を振り下ろした。
普通の刀程度の身の丈を装っていた『オオモノヌシ』は、その瞬間大蛇のごとくのたうちながら巨大化し、軍艦の鋼鉄を斬り裂いて船底にある竜骨までもを容易く噛み砕いた。
ザシュンと。
その巨体にしてはアッサリとした音を立て、軍艦は横から真っ二つになって前後に斬り分けられた。
当然そうなれば、船は海上に浮かび続けることはできない、断面から海水を飲み込み、ゆっくりと沈んでいく。
「軍艦は全部で四隻。あと三回これを繰り返せばいいわけか」
僕は、沈みゆく船体を蹴って、次の軍艦へと乗り移った。
そこでもドボドボと大人数を海へ落としてから、船は真っ二つになって沈んだ。
さらに同じことが二回起きて、シンマ王国を襲った前代未聞の災禍は、大事に至ることなく終息を見たのだった。
スタート一挙掲載は、ここまでとなります。
次回、08話は3/17日に掲載予定。以後は二日置き20:00の掲載ペースを予定しています。
著者の別作品『世直し暗黒神の奔走』と毎日交互の掲載となっておりますので、よければそちらもよろしくお願いします。