78 死から生まれる
「言っただろう。魔法神こそが世界で最初に魔法を創造した御方であると」
もはや虚勢もやめてしまったのか、レーザの説明口調はただひたすら淡々としていた。
「そして、フェニーチェ法国数百年の歴史の中で、モナド・クリスタルなしに魔法を使えた人物も魔法神ただお一人だ。魔法神だけは、外部からの供給なく己の内から魔力を発生させることができたという」
「伝説によれば、人々を憐んだ魔法神が、魔法を他者に教えることを決めた時、モナド・クリスタルを発明し、蓄積する方法を編み出したという」
ルクレシェアも同様だった。
「つまり歴史上、自分の中から魔力を発生させることができたのは魔法神ただ一人と言うわけだ。魔法神だけが魔力を生み出し、魔法を自在に操ることができた。他の者の魔法など、結局はモナド・クリスタルを介した魔法神の真似事に過ぎない」
「何故魔法神だけが魔力を生み出すことができたのか? それは様々な学説が横行しているがハッキリしたことはわからない。魔法神が、過去類のない特異体質だったとか。魔力を生み出す技術があったのに魔法神はそれを後世に伝えなかったとか……」
結局、真実は謎のまま。
魔法神の死によって永遠に解き明かされることはなくなった。
「たしかに魔法神は死んだ。フェニーチェ法国が国家として成立するよりはるか以前に」
「しかし魔法神は、死してなお人々への慈しみを途絶えさせはしなかった。死してなおその体から魔力が溢れだし、モナド・クリスタルに魔力を供給し続けたのだ」
つまり……、魔法神の死体から……!
「魔力の大元……、源泉は、初めて魔法を創り出した人間の死体……!?」
「そういうことだ」
レーザは深く頷いた。
「そのため魔法神の遺体は、フェニーチェにとって至高の宝となった。魔法神の弟子たちは、遺体を丁重に保管し、絶対に損なうことのないよう管理を徹底した。実際のところ魔法ギルドの起源は、魔法神の弟子の集まりというよりも、魔法神の遺体管理者の集まりと言う方が正しいのだ」
まるで歴史の授業だった。
「魔法神の遺体は……、聖遺物と通称され、それこそ何物にも代えがたい宝として珍重された。当たり前だ、実質的に聖遺物を所有する者だけが魔法を使えるのだからな。過去には聖遺物の所有権を巡ってフェニーチェ国内で大乱が起きたことも、一度限りではない」
「そんな当たり前のように……!?」
「幾度も血を流し、戦火が国土を舐めまわした末に、フェニーチェ法王庁が組織されて聖遺物の管理が一任された。いかなる氏族勢力にも属さず中立を守る者だけに聖遺物を担わせようと」
フェニーチェ法国が魔法を中心として運行する以上、魔力の源泉となる聖遺物を中心に回るしかない。
その聖遺物を押さえるのがフェニーチェ法王庁である以上、その頂点に立つ法王が国家の頂点に立つしかない。
そうして形成される、魔法という道理を枠組みにして、魔法という神を崇めたてる国家。
それがフェニーチェ法国。
「そんな国だからこそ、国家の枢軸となる魔法が失われれば、即座に崩壊しかねない」
「まあ、たしかにそうかもですが……!」
「そしてそれが現実のものとなりつつある」
話が最初の方へ戻って来た。
『我が国に迫りつつある最大の危機』
その話をするとレーザは言った。
魔法大国フェニーチェにおける最大の危機。それは当然魔法が失われることに他ならない。
「簡単なことさ。フェニーチェ法国は今日まで、聖遺物より湧き出す魔力によって発展してきた。魔力蓄積器たるモナド・クリスタルを大量生産し、聖遺物から発生する魔力を込め、国中に運搬する」
国家に認められた正規魔法技師だけが、それを使って魔法を使うことができるという。
「魔力が消費されて空になったモナド・クリスタルは再び集められて運搬し、聖遺物の元へ戻る、そして魔力の供給を受けたあとにまた国中へと搬送され、魔法技師の力となる。その繰り返しだ」
そしてそれこそがフェニーチェ法国発展の縮図だった。
「逆らう者を叩き潰すのは簡単だ。モナド・クリスタルの配給を止めるだけでいい。フェニーチェには魔法以外実質的な力はないのだから、反乱者はそれだけで抵抗力を失い潰される」
「そうやってフェニーチェ法国は平和を保ってきたんですね。だから余計に魔力の供給が止まれば何もできなくなる……!」
「その魔力の供給が止まろうとしている」
レーザは、ここでもう一度傍で聞き耳を立てている者がいないか、周囲を見回し窺った。
「魔力は聖遺物から湧き出る。そう言ったな?」
「はい、たしかに」
「それがもうすぐ止まる」
!?
レーザが口に出した言葉は、まさに国家を揺るがす重大事だろう。
「聖遺物から湧出する魔力の量が、ここ数年を境にどんどん減少してきている。このままのペースで行けば、聖遺物は程なく魔力を完全に枯渇させる」
「枯渇……!?」
反射的にルクレシェアの方を見た。
彼女も不安と恐怖に耐えるような表情で唇を噛み、俯くだけだった。
「そんなことになれば当然フェニーチェ法国は……!」
「間違いなく崩壊するな。今の生活水準を保てなくなどころではない。今やフェニーチェにとって魔法こそが法であり力。魔法なくしてフェニーチェは成立しない」
彼らをシンマまで運んできた船自体、魔法によって造られ、魔法によって動いているのだ。
それ以外の、多くの分野にまで魔法が密接に関わっていることは想像に易い。
「この事実を知っているのは限られた一部の人間だけだ。いずれ遠くない未来に魔力がなくなってしまうなど、フェニーチェ全土に知れたら即座にパニックとなる」
「現存する魔力を奪い合って内乱が勃発するでしょうね」
ルクレシェアが深刻そうに相槌を打った。
「だからこそ今、フェニーチェの中枢に座る我々は、危機を打破するために動かなければならない。フェニーチェを救うため、魔力枯渇の問題を打破しなければならない」
「まさか……!?」
「聖遺物から供給される魔力が枯渇するなら、別のところから供給源を求めればいい。フェニーチェ建国以来数百年、そんなものは存在しないと思っていた。魔法神こそ唯一無二の魔法の源だと誰もが思っていた。しかし、それでは我が国は滅びてしまう」
だから見つけた。
新しい魔法の源を。
「そう、『命剣』だ!」