77 魔法はどこから
「そのためには、我がフェニーチェ法国の起こりから説明する必要がある。かなり長い話になるがいいか?」
と言うレーザの断りに、僕はただ頷くのみだった。
そもそも彼がここまで来るのに数ヶ月も待ったのだ。今さら一日二日話のために浪費しようと大した損とも思わない。
「我々フェニーチェ法国は、魔法技術国だ。魔法によって発展し、魔法によって国土を広げ、魔法があるために日々の平和と、安定した生活を保障される」
「まあ、それは薄ぼんやりとわかっているけれど……」
クロユリ姫も、シンマ側の代表として話に耳を傾ける。
「ではその魔法が、いつ、どうやって生まれたか、知っているか?」
「え?」
「ルクレシェア、お前はもうその話を彼らにしたか?」
兄に問われ、妹は答える。
「いいえ、魔法のルーツを話すとなれば、おのずとあの話に触れなければならなくなると思いましたので」
「賢明だな。お前には大事なところをぼかして説明できるほどの巧みな話術はない」
そう言ってレーザは、話を再び本筋に戻す。
僕らはまだ、この話がどこへ到達するか予測できない。きっと大事なところに至るのだろうということはわかるが。
「フェニーチェにおいて……、そして恐らく世界で最初に魔法を使ったのは、魔法神と呼ばれるお方だ」
魔法神。
何度か会話の中に出てきた単語だ。
「我がフェニーチェにおける伝説の人物だ。人なのか、それを超える何かなのかもわからない。ただ何百年も前に実在した御方で、魔法を創造し、使った人だとされている」
とルクレシェアが補足説明を加えた。
「魔法神は情け深い御方で、遠い昔文明も知らず鳥獣同然の暮らしをしていた人間を憐み、みずからの魔法を分け与えたという。魔法神を崇め慕う者たちが集まって弟子となり、魔法神を中心としたギルドを築き上げた」
「魔法神の死後もギルドは残り、魔法の使い方は弟子からまたその弟子へと引き継がれた。魔法は強力ゆえ、それを求めて人は集まりギルドはどんどん大きくなっていった」
「もはやギルドなどと言う体裁では収まり切れないぐらいにな。ゆえに魔法ギルドは、ある時点から装いを変えて国となり、人々の生活を基礎から支えるようになった。それが……」
フェニーチェ法国。
魔法によって興り、魔法によって発展した国。
「ゆえに我がフェニーチェ法国は、魔法とは切っても切り離すことはできない。恐らく、貴公らシンマ王国が『命剣』と切っても切り離せないのと同じようにな」
「それはわたくしたちも存じております」
クロユリ姫が果敢に言い返す。
「アナタたちの魔法技術の高さは、わたくしたちも認めざるを得ません。海を渡ってくる巨大軍艦。ルクレシェアが建てた城壁も、すべてわたくしたちの度肝を抜きました。まあ、扱う人の頭が残念だったのでいずれも事なきを得ましたが……」
「クロユリ! アイアム友だち!」
じゃれ合う女の子たちはホンワカ放っとくことにして……!
「正直、あれほど高い技術を持っているなら、今さら新しいテクノロジーなんて必要ないんじゃないかな? とも思いますよ。血眼になってまで『命剣』を求めなくっても、と……」
念を押すように、こちらの見解を繰り返す。
それに対しレーザは、口の中から心臓でも吐き出すかのように言った。
ついに。
「……その魔法が、使えなくなるとしたら?」
「え?」
「魔法がもうすぐ、まったく使えなくなる時が来たら、我らがフェニーチェ法国はどうなると思う? 魔法によって興り、魔法によって発展し、もはや魔法なしでは何もできなくなった我が国が、魔法を失ったら?」
その質問の真意を、僕はすぐ理解することができなかった。不覚にも。
「使えなくなるんですか、魔法が?」
「……」
「……それは、たしかに由々しき事態……!!」
と言いかけて、僕は口を噤んだ。
他国人の僕が、そんな軽々しく言っていい状況なのか? と。
他人の僕には理解できないぐらい重大な事態が、彼らにのしかかっているのではないか。
「でもどうして……!? 魔法が使えなくなるっていうの!?」
クロユリ姫も僕同様に驚きを隠せないようだった。
レーザが重々しく、質問の答えとすべく話の続きを語り出す。
「魔法の使い方は、既に知っていると思うが」
レーザは、右腕にはめられた豪奢な腕輪を僕らに見せる。
正確には、その腕輪にはめられた大きな水晶を。
「フェニーチェの魔法使いは、誰もがこのモナド・クリスタルを装着し、これをもって魔法を扱う。モナド・クリスタルに一度蓄積された魔力を抽出し、魔法に変換するのだ」
それは……、たしかに知っている。
でも、その件に関して引っかかることはあった。
モナド・クリスタルに一旦蓄積される魔力。
では、その魔力は一体どこから来るのだ? モナド・クリスタルは、一体どこから……。
「……魔力の供給、その大元。それこそが魔法神だ」
「え?」
先ほど出た名前の再登場に、僕たちシンマ組は大いに戸惑う。
「ちょっと待ってください? なんでそこに魔法神っていう……、人? が出てくるんです?」
「その人って、何百年も前の人物なんでしょう? ならもうとっくの昔に死んでないとおかしいし、実際死んだってさっき……!」
言ったはずだ。
レーザかルクレシェアの口のどっちかから。
「死んだからとて、その方がもう存在しないと思うのは早計だ。たとえ命がなかろうと、その人が存在する証は、百年千年を越えても伝わり続ける」
「どういうことです!?」
「死体さ」
レーザは言った。
「聖なる神の遺体。聖遺物。それこそフェニーチェ法国における魔力の源だ」