76 肚の核心
フェニーチェは、何故『命剣』を欲するのか?
これだけ騒動が広がりながら、僕たちはその根源とも言うべきものを知らずにいる。
フェニーチェ法国は、何故そこまで執拗に『命剣』を手に入れようとするのか?
「……アナタたちフェニーチェは技術立国だという。研究し、分析し、明文化させた知識を蓄積して共有し、実用することで国を大きくしてきた」
そんな彼らにとって、たしかに『命剣』は魅力的な研究対象であるのだろう。
しかし。
「研究意欲というだけでは足りない何かを、アナタたちからたびたび感じる」
最初にシンマ王都にやって来た使者は、返答を焦らされたからと言って砲撃まで行い。
ルクレシェアは本国への帰還通信を断たれて干殺しの危機に陥りながらも、『命剣』を諦めなかった。
そして今日新たに来たレーザもそうだ。
たしかに血相変えて急行してきたのは、妹であるルクレシェアを案じてのことだろう。
しかしその頭の中から『命剣』のことが消え失せたことは一瞬たりともなかったように見受けられた。
「アナタたちの『命剣』へ対する意欲は、もう好奇心とかそんなお気楽な次元ではない。鬼気迫るものを感じる」
それこそ。
『命剣』を手に入れられるか否かに、自分の存亡がかかっている、というぐらいの。
「『命剣』は、僕たちシンマ王国にとっても代えがたい宝です。アナタたちはそれを寄越せと言ってきている」
で、ある以上。
「その理由ぐらい教えてくれてもいいんじゃないですか?」
バチバチバチバチッ!
僕とレーザとの視線の間で激しい火花が散った。
それはレーザから放たれた鋭い眼光を、僕が真っ向から睨み返したから起きた火花。
並の人間ならとてもレーザの圧に耐えきれず視線を逸らしただろう。
「凄い……! レーザ兄上に睨まれて、真っ向から睨み返せるなんて……!!」
しかしそれは裏を返せば、レーザはそんな鋭い視線を送らねばならないほど痛いところを突かれたということでもあった。
僕は、フェニーチェの心臓を見つけ出したのだ。
「以前にも、僕は同じことをルクレシェアに聞いたことがある。しかし彼女は、フェニーチェ法王かそれに近い高さからの許可が下りるまでは話せないと」
「妹らしいな。アイツはウソが下手くそだから、そう言ってかわしておくのが最善だ」
レーザがやっとそれだけを言った。
「レーザ=ボルジア。アナタはフェニーチェ軍部で最高の地位にあり、その権勢は時に父であるフェニーチェ法王をも上回るという」
そんなアナタなら国家の命運にかかわる決断も単独で下すことができるだろう。
「僕も、シンマ国王ユキマス陛下から対フェニーチェに関する全権を任されました。雷領領主の肩書きには、そこまで含まれている」
その僕がハッキリと言う。
「アナタたちフェニーチェが、『命剣』を求める理由。それをきちんと説明していただかない限り『命剣』の情報は開示しない。それに向かうための議論もしない」
「…………」
レーザは、まるで水溜りに張った氷のように、こちらの顔を映し出すだけの無表情になった。
「……さすがは我が妹と言うべきところなのかな?」
「ん?」
「ここまでの男に惚れ込むとは」
レーザは、深い深いため息をついた。
別に冬でもないのに、その息が白い煙になって周囲に漂う。
「ヤマダ=ユキムラ。貴公の強さは先ほど身をもって味わった。余とて、故国フェニーチェでは並ぶ者がないとまで賞賛される戦闘魔法技師。過去、余と一騎打ちして生き残った者は、余が『生き残っていい』と許した者だけだ」
「そのレーザ兄上とユキムラ殿との一騎打ち。勝者はユキムラ殿であると見受けました」
「その通りだルクレシェア。このレーザ=ボルジア。遠い異国までやってきて初めて敗北を味わった」
あくまで個人としての武において、だが。
彼は一軍を率いる司令官だ。さらに国の命運を背負った政治家でもある。彼にはもっと重要な勝負があり、勝ち負けがあるだろう。
……。
まあ、そんな人が妹の貞操云々で血相変えて殴りこんでくるのか? って話でもあるけれど。
「個の武においてここまでの圧倒され、それだけに収まらず交渉事においても要点を抑えられる始末。強い上に賢いとまで来ている。妹が惚れるのも無理からぬこと」
「いや、そういうワッショイとかゴマ摺りとかはいいんで本題を話せ」
「おまけに冷静と来ている……!」
レーザはククク、と苦笑した。
「……たしかに余は、妹と共に『命剣』も祖国に持ち帰るつもりだった。伊達に艦隊を率いてきたわけではない。交渉が難航していると報告を受けたからには、武力を背景に威圧して勢いのままに妹の身柄ごと『命剣』を奪取するつもりだった」
ただ単に妹の危機に逆上したわけじゃないと。
その裏には冷徹な計算も働いていたと。
「信じていいんですね?」
「何がだ?」
「ただの兄バカじゃないと信じていいんですね?」
「何を言っているのだ? 余は世界で一番ルクレシェアを愛しているぞ!」
やっぱりただの兄バカかもしれない。
「しかし、この国を貴公のようなデーモンが守っていては、力づくで仕掛けると滅ぼされるのは逆にこちらと言うことにもなりかねん」
「デーモンって僕のことですかね?」
「ならば別の手段を講じるしかあるまい。相手の誠意に訴えるという別の手段に」
最初からそういう方向性で行けなかったんですか?
人間関係のもっとも大事なものは信頼ですよ?
まあ、僕は初めて会った人間はまず疑ってかかるけどね。
「兄上……」
「ルクレシェア、お前は黙っていろ。この件は余の口から語る。我が父アレクサンドと共に、フェニーチェ法国を背負うこのレーザ=ボルジアから」
どうやら腹を括ったらしい。
「とりあえず、人払いはちゃんとしてあるだろうな? この話、絶対外には漏らしたくない」
「大丈夫です、安心してください」
この場には、僕とクロユリ姫、レーザとルクレシェアの四人しかいなかった。
他の者たちも雷領にはたくさん働いているが、今は重要な会談と言うことで席を外してもらっている。
「では、話させてもらおう……」
漏洩の心配を潰してからレーザは言った。
「我が国に迫りくる最大の危機を」