75 真面目な話
そんなこんなで、僕たちは突如襲来してきた第二使節団――、というか、それを率いるレーザさんと何とか打ち解けることができた。
何しろルクレシェアのお兄さんであるということを除いても、フェニーチェ国立軍総司令官の肩書きを持つお人である。
交渉相手とするには充分すぎる権力持ちであって、この人と話し合って決めたことなら後々覆ることもなさそうと安心できる。
このまま彼を正式な使節として迎え、交渉を行うのが一番いいことと思えた。
今回一番重要なのは、けっしてルクレシェアとレーザさんの兄妹の絆を修復することじゃない。
シンマ王国とフェニーチェ法国との交渉を進めて、戦争を回避することなのだから。
* * *
「ショック・アタック!」
ルクレシェアが改めて、レーザさんの前で魔法を披露する。
無論ただの魔法なんか実演しても何の意味もない。彼女がしているのは、クロユリ姫の『命剣』を動力源としての魔法操作だ。
「…………」
それをレーザさんは、いつになく静かに観察していた。
ただの兄バカではない。父親を法王にまで押し上げ、知勇優れ同国人からも恐れられる天才の視線が、そこにあった。
「凄い! 凄まじい! さすが我が妹ルクレシェアだ! 天才!!」
パチパチパチパチパチ。
周囲に響き渡るほど大きな一人拍手。
やっぱりただの兄バカなのかもしれない。
「確認できましたか兄上。やはりここシンマ王国に伝わる『命剣』は、その根源的なエネルギーは魔力と同質。我がクロユリの『命剣』の力を流用し、魔法使用ができたのが何よりの証明です」
「パラケルスス教授の仮説が、これで正しいと立証されたか。あのジジイ、百年前の文献なんか持ち出してボソボソ語り出した時は『ついにボケたか』と戦慄したものだが。あの頭脳はまだまだフェニーチェの役に立ちそうだ」
と兄妹。
それぞれにしか伝わらない内容の会話をする。
僕とクロユリ姫はポカーンと見守るしかない。
「やはりシンマの『命剣』は、これからのフェニーチェに欠くべからざるテクノロジーです。早急に研究し、そのメカニズムを解明すべきだと思います」
「確認するまでもないな。無論余も、ただ妹を救出するためだけに海を渡ってきたわけではない。フェニーチェの宝となるべきものは、余がすべて故国へと持ち帰ろう」
「ですが」
一際強く、ルクレシェアはその打消しの単語を口にした。
「『命剣』を求めるために、あくまでシンマ王国とは平和裏な交渉を進めるべきだと我は考えます」
「ほう」
「相手国との対話を持ち、根気強く説得し、互いに信頼関係を築き合った上で、こちらも相応の対価を差し出して双方が納得のいく取り引きをすべきだと思います。それがもっとも堅実で、目標にたどり着ける近道だと思います」
そういうルクレシェアの表情には、出会ったばかりの頃にはない複雑さが浮かんでいた。
彼女だって異邦であるシンマで様々なことを経験した。
その経験が、ルクレシェアに変化を与えていた、ということか。
「少なくとも戦争状態に入ることだけは絶対にいけません。力ずくで『命剣』を奪い取るなどと言う選択肢は、目標を達成できないどころか我々の滅亡にも繋がりかねません」
「詳しく聞こうか」
「兄上ももうその身で思い知ったはずです。そこにいるユキムラ殿の強さを」
ルクレシェアの視線が一瞬、僕の方を向く。
「シンマ王国全体の戦力は、我にもまだまだ計り知れません。ですがユキムラ一人の力でもっても、我々の総戦力を粉砕するのは充分可能だと思います。負けるとわかりきった戦いを仕掛けるほど愚かなことはないと思います」
「随分と弱腰だな。誇りあるフェニーチェの法王令嬢たる者が」
「そして何より、この地で孤立を深めていた我々に、シンマの人々はとてもよくしてくれました。むしろ彼らの立場からすれば怒りに任せて殺しても仕方がなかったのに」
ルクレシェアの手は、魔力変換のためにまだクロユリ姫と繋がれていた。
その手にギュッと力がこもるのが、傍から見る僕にもわかった。
「我は、この人たちと敵味方に分かれることなどもうできません。兄上、どうか短慮などくれぐれもなさらぬよう」
「それでも『命剣』が絶対必要なものであるのはたしかだ」
レーザは冷然と言った。
やっとついに、冷徹な政治人としての彼の一面が表に出てきた。
「だからこそ、交渉がどうしても折り合わぬというのであれば最後の選択はあってしかるべきだろう。むしろ選択は彼らがすべきなのだ。戦わずに渡すか、戦って奪い取られるか。その辺りの経緯も、お前からの書状に記してあったなルクレシェア」
「う……」
「シンマの者どもは、誇りだの命だのと非論理的な理由をつけて一向に『命剣』を渡そうとしない、と。実際のところ、そんな相手をどう説き伏せるつもりだ? いかなる方法で説けば、道理のわからぬ相手を諭すことができる?」
「…………」
具体的な案を用意できなかったのだろう、ルクレシェアは押し黙ってしまった。
ならば、ここは別の者の出番だ。
「とりあえずは……」
それは僕のことだった。
伊達にユキマス陛下から雷領領主の肩書きを賜ったわけではない。
雷領を復活させた目的は、フェニーチェの特使を迎える――、あるいは迎え撃つためだ。
ここで終始黙っていては、領主に任命された意味がない。
「真実こそが状況を打開する鍵じゃないですかね?」
「真実?」
鸚鵡返しにレーザが言う。
「そうです、真実です。アナタたちは僕たちに、まだ伝えていない真実がある」
アナタたちがこれ以上なく切実に『命剣』を求めていることは、これまでの騒動でよくよくわかった。
そこに疑いの余地はない。
しかし。
「何故そこまで『命剣』を必要とするのか? その理由をアナタたちは一度も説明したことがない」
どうして?
何故?
フェニーチェはそこまで強く『命剣』を欲しがるのか?