74 妹知らず
「ル、ルクレシェア!? お前去ったはずでは!?」
唐突なルクレシェアの再登場に僕もレーザさんもビックリ。
「ルクレシェア……! そうか、この兄を案じて戻ってきてくれたのだな!? 表向きはどう言おうと、やはり兄弟の絆はしっかりと……!」
「触るな」
「おうふッ!?」
感涙しつつ駆け寄ろうとしたレーザさんを、ルクレシェアが冷たく撥ねつけた。
やっぱり嫌悪凄まじい。
「でもどうしてルクレシェア再びここに?」
「わたくしが連れてきたのよ」
「あ、クロユリ姫」
そういえば駆け足で去っていったルクレシェアを、この人が追いかけて行ったのだっけ。
「追いついて一生懸命説得したのよ。彼女がどんなにお兄さんを毛嫌いしたって、彼と話をつけない以上はシンマに留まることもできないと。ルクレシェアが承知して、一緒に戻って来てみれば……!!」
あれ?
なんかクロユリ姫までご機嫌悪くない?
「何をレーザさんと変な話題で盛り上がっているのよユキムラ?」
「あれ? 聞いてました!?」
っていうかダメですかね?
我々兄は心底妹のことを愛していて、嫁に出すぐらいなら相手の男をぶっ殺したくなるんですが。
「気持ち悪いわ……!」
「あれえ!?」
「わたくしにもシンマ王家で、お父様の跡を継ぐ兄が何人もいるけれど、だからこそこの気持ち悪さが実感できるわ……!」
「ダメですか!? 兄が妹を愛したらダメですか!?」
「ダメとは言わなけれど度を越しすぎてない!? 兄弟って普通歳が進むほど疎遠になるものじゃないの!? わたくしなんて王太子になる長兄様とここ数年顔も合わせていないわよ!?」
「それはそれでどうかと!?」
僕やレーザさんの妹愛って、世間からそんなドン引きされるほど度が過ぎていたの!?
でも僕の妹は世界一可愛いんですよ!?
「ル、ルクレシェア……!?」
そしてもう一人のお兄さんは、妹の前で戦々恐々していた。
何しろその妹さんの目が、ゾッとするくらいに冷たかったので。これぞまさに『凛冽の獅子』の妹。
「兄上……、アナタが我を嫁入りさせようと執拗になっているのに、そんな理由があったとは……!」
「そ、そうなんだ! ルクレシェア、我は決してお前のことを駒扱いしたわけではない。ただ、やはり女にとって最高の幸せは結婚だ! お前をよい相手に嫁がせたいという兄心から色々とな……!」
「余計なお世話です!」
ルクレシェアはキッパリと言った。
「このルクレシェア=ボルジア。他人に自分の幸せを世話してもらわねばならぬような一般的な婦女子とは違います。仮にも法王の娘。仮にも『凛冽の獅子』の妹。自分の幸せは我が力で掴み取る!!」
「ルクレシェア……!」
「レーザ兄上は、疾くフェニーチェへとお帰りください。そして正式な使者を送り直してください。公私を混同してしまう今の兄上では、シンマとの交渉など勤まりますまい」
どこまでも冷然としたルクレシェアだった。
それに対して、カワイイ妹からすげなくされたレーザさんは、フェニーチェ一の策謀家兼戦士の誇りも崩れ去って、今にも泣き出しそうだ。
「そ、そんなこと言われても……、余はルクレシェアのことが心配だし……! クソッ」
なけなしの勇気を振り絞るようにして立ち上がるレーザ。
「こうなったら最後の手段を使う以外になさそうだな」
「なにッ、どういう意味です兄上!?」
なんか不穏な言葉に、ルクレシェアは身構える。
まさか力づくで連れ帰るとか言い出さないよな!?
「余は……、余は……、ルクレシェアの……!」
「?」
「ヤマダ=ユキムラとの結婚を認める!!」
なにぃーーーーーーッッ!?
「これが、余に残された最後の手段だ……!」
「最後の手段って、ご機嫌取りの手段か……!!」
「ヤマダ=ユキムラは、たしかにルクレシェアが嫁すに相応しいナイトだ。強さもあるし判断力もある。何より妹を想う兄の心を理解してくれている。たしかに……」
耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、と言った口調。
「ここまで安心してルクレシェアを託せる男は、フェニーチェにはおるまい……!」
「兄上……!!」
氷のように冷たかったルクレシェアの表情が、見る見るうちに溶けて紅潮していく。
「兄上大好き!!」
そして即座にレーザの胸へと飛び込む彼女。
なんと現金な!
「いいのだ……! たしかに自分の幸せは自分で見つけるべきだな。父上には余から伝えておく。お前は何も心配しなくていい……!」
そう言ってルクレシェアの金髪を撫でつけるレーザ。
「ヤマダ=ユキムラよ」
「はいぃッッ!?」
今までになく過剰に反応してしまう僕。
正式にルクレシェアの結婚相手と認められたから余計に緊張する!
「我が義弟よ。ルクレシェアのことをよろしく頼む」
「よろしく任されましたッ!」
「たしかに、『命剣』を巡ってシンマ王国との繋がりを深めなければならない今、シンマ屈指の実力者たる貴公に妹を嫁がせるのは悪い話ではない。フェニーチェ法王の一家がここまで手厚く遇したのだ」
ズイッと、抱きしめるルクレシェアごとこっちに迫る。
「『命剣』交渉の際は、是非とも手心を加えてほしい」
「はいぃぃ……!」
ちっくしょー……。
情に流されての判断と思いきや、きっちり政治利用に織り込んでやがる。
これが『凛冽の獅子』の判断力か……!
「やったわねルクレシェア! これでわたくしたち晴れて二人ともユキムラの妻よ!!」
「ありがとうクロユリ! 我らはいつも一緒だ!!」
そして手を取って喜び合う女性陣。
そんな可憐な光景を見て、レーザさんは小首を傾げる。
「はて、そう言えば気になっていたが、こちらのシンマ人のレディは……?」
「そうだ、兄上に紹介が遅れていたな!」
ルクレシェアが、お兄さんに向けてクロユリ姫のことを押し出す。
「彼女はクロユリと言って、シンマ王のご息女だ!」
「ほう」
「そして、もう一人のユキムラ殿の妻でもある!!」
そう言われた瞬間、レーザさんの全身がピシリと固まった。
「シンマ王家からの正式な意向でユキムラ殿に嫁ぐのだそうだ。王系の女子を二人も娶るなんて、それこそユキムラ殿の凄さの証だな」
しかし、レーザさんの耳には、そんな言葉入っていなかった。
幽鬼のように怨念のこもった表情で、僕の方を振り向く。
「貴様、我が妹がいながら浮気とはぁぁーーーーッッ!?」
「ひぃッ!? 違うんですぅーーーーッ!?」
いや、あまり違わないような気もするが。
結局「我らの父上だって女をとっかえひっかえしているじゃないか」というルクレシェアからの指摘に、レーザさんはすぐさま納得して収まった。