69 兄として
これはいかん。
目の前のレーザさんには、僕に対して怒るべき真っ当すぎる理由があった。
反論の余地なし。
「いやでもね? ちょ、ちょっと待っておくんなまし?」
それでも慌てて弁解を試みる。
そうするしかないじゃないか。
「ルクレシェアの手紙にはですね、彼女の主観による過剰な表現が多用されており、それが実在の人物、団体と関係があるかというとというとそうとも限らず……!」
「貴様は、我が妹を凌辱したのだろう!?」
「してないですよ!」
やっていいならとっくにしてるわ!
あの魅力と愛情溢れこぼれんばかりのルクレシェアとクロユリ姫、二人の同時攻撃に何度理性が陥落しかけたことか!!
しかし……。
「見え透いた言い逃れをするな!!」
レーザお兄様は端から信じない。
まあその方が当然とも言えますが。
「大体貴様自身認めたではないか! 先ほど、あ、あたかも妹と肉体関係を持ったかのような言い回しを……!! おおおお……!!」
わなわなと震えるお兄さん。
……あー。
ルクレシェアと「寝室で話を聞いた」ってヤツね。
挑発のつもりで打ったハッタリが、自分を追いつめる思わぬ展開に。
「いや、あれはですね。寝室で話をしたのは紛れもない事実です。しかし、それだけです。話以外はしてないです」
「そんな不倫がバレて言いわけするおっさんみたいな理屈が通じるか!!」
はい、まったくです。
どうしようこれ完全に僕が吊し上げられる展開にしか流れそうにない。
まあ、妹を持つ兄として怒りは当然だよなあ。
僕にも転生者ヤマダ=ユキムラとして、ヤマダ家に一人の可愛い妹がいる。
今はまだ小さいが、いずれ美しく成長し、どっかのチャラ男に騙されて身も心も嬲り汚されたとしたら……。
……。
クソ男を地の果てまでも追い詰めて殺すな。
その前に出来る限りの苦痛と屈辱を与えてから。
だから、目の前にいるレーザお兄さんの憤懣は痛いほどによくわかる。
同じ妹を愛する兄として……。
……あれ?
「そういえば、ルクレシェアが言ってたけど……」
「ん?」
「彼女のお兄さんは、妹のことを政略の道具としか見ていないって」
顔を合わせるたびに「嫁に行け」としか言わず、それこそ政略結婚の駒程度認識しか示してこなかったと。
「……もしかして今怒っているのも、彼女の安否云々からじゃなくて、彼女をキズモノにされたことで駒としての価値を失ってしまったから怒っているとか……!?」
だとしたらこっちも悪びれる理由なんかないな。
ルクレシェアの自由と尊厳のために断固として戦わせてもらう。
「どこまで余を愚弄するつもりだ貴様!!」
……が、なんかさらにお兄さんを怒らせてしまった。
「言うに事欠いて……、余が、ルクレシェアを愛していないなどと……!? あの野菊よりも可憐で、宮殿の庭に咲く薔薇のごとく輝かしいルクレシェアを……!」
あれ?
「ルクレシェアはな! この世界中にいる女の中で最高の女だ! 美しく気品に満ち、その上賢い。それだけでも完璧だというのに、そんじょそこらの男より遥かに優れた勇気まで兼ね備えているのだ!!」
「は、はあ……!」
「そして血統まで一流だ! 元来貴族たるボルジア家に生まれ、その父アレクサンドは法王にまで伸し上がった! そして何より、兄がこのレーザ=ボルジアだ! フェニーチェ法国の歴史に燦然と輝く、並ぶ者なき英雄の妹として生まれたのがルクレシェアだ!!」
「自分褒めたいのか妹褒めたいのかどっちだよ?」
「そんな一流の妹だからこそ一流の家、一流の男に嫁がせたいと思って何が悪い!? 結婚は、女の一生の幸せを決める重大事だ! だからこそ兄として、妹に最高の結婚をさせてやりたいと思うののどこが悪い!?」
はあ……!
はい……?
「それなのに貴様……、貴様のような何処とも知れん未開国の未開人が、あのルクレシェアの可憐で豊満な体を好き放題……! 殺す、やっぱり貴様は殺す!」
「……もしや、引き連れてきた艦隊もそのために?」
「当たり前だ! 法王たる父上も軍を動かすことに快く了承した! 妹の安全は、我がボルジア家にとって何よりも優先される急事である! 妹を汚した貴様を八つ裂きにして後、速やかに妹を温かい我が家へと連れ帰る!!」
これは……! どうしようもない……!!
何が冷酷な政治人だ。どっからどう見ても兄バカではないか。
そりゃ、当人たちの主観による食い違いはあるだろうけれど、たかが妹一人を救出するために一軍動かしてくる人を、何とも思っていないなんて……!
これどうすればいいんだろうなあ? と悩まずにはいられない。
レーザさんの妹を心配する気持ちは痛いほどわかるし、その気持ちに押されて遠い海を渡ってきた労をねぎらいたくもあるけれど。
彼は僕のことを完璧に敵認識している。
この誤解――、誤解だよ? そりゃ誤解に決まってるよ。――とにかく誤解を解くのは相当骨が折れるというか、不可能っぽい。
今も、魔力が尽きて体もフラフラだって言うのに、僕を睨み付ける瞳から輝きは失われていない。
「ショック……」
そこへ……。
対峙する僕ら二人の外側から、何か声が聞こえてきた。
「……アタック!!」
の掛け声に合わせて、レーザお兄さんが見えない力にフッ飛ばされた!?
「うごほッ!?」
今のは何!?
衝撃波を撃ち出す的な魔法!?
それがレーザお兄さんを吹き飛ばした!?
「何々……ッ!? えッ!? ルクレシェア!?」
慌てて周囲を見渡すと、海水しかない船の外、そこに舟釣り用の小舟が一艘浮かんでいて、それに乗っている金髪美少女。
「ルクレシェア……!」
話題のご当人でした。
一緒にクロユリ姫も乗っていて、彼女の影剣をエネルギー変換して魔法を放つ技を完璧に使いこなしてらっしゃる。
で。
その魔法を血を分けた兄に撃ったのか。
「…………ッ!」
船上のルクレシェアは、まさしく苦々しい表情で、言った。
「このバカ兄上! さっさとフェニーチェへ帰れ!!」