06 この神酒は
「いくさを仕掛ける……!?」
正気で言っているのか?
さもなければ大バカだ。
「こんな小舟で、鋼鉄に覆われた軍艦に勝てると思っているのか? しかも相手は四隻だぞ。逆立ちしたって勝てるか!」
「勝てるさ! 軍艦だろうと小舟だろうと、操っているのは人だ! 人と人との勝負なら、シンマ王国のサムライは他のどの国にも負けない!」
そう言ってジロウは、その手に『命剣』を作り出す。
「『命剣』は、シンマ王国のサムライだけが持つ命の刃だ! これに斬れないものは何もない。このまま軍艦に取り付いて、乗り移ることができれば、あとはコイツで片っ端から船員を斬り捨てればいいだけだ!!」
「無理だ」
僕は一言の下に切って捨てた。
「軍艦に取り付く前に、あの大砲で粉々にされるのがオチだ。どうやろうとな。海上に隠れる場所はないし、こちらの動きは丸見え。さっきも一艘フッ飛ばした手際を見るに、あっちの命中精度は悪くない」
滅茶苦茶に動いて狙いを定めさせないという戦法も無理ということだ。
そもそも海上の小舟自体そうキリキリ動かせるものではない。
「『命剣』でも、二尺そこそこの刀身で届く間合いなどたかが知れている。それに対してアイツらの大砲は、遠く離れた海の上からこっちをボコボコにできるんだ。どう頑張っても勝負にはならない」
「でも!」
ジロウは聞く耳もたない。
「ここでフェニーチェのヤツらを倒せば、大きな手柄になる。今日まで我武者羅になって稽古してきた剣技が、役に立つ時が来たんだ! ここで戦わなくて何のために修行してきたんだよ!? そうだろ兄ちゃん!」
弟の必死の訴えに、僕は一瞬言葉を詰まらせた。
この問いかけに理性的な返答をすれば、どんなに言葉を選ぼうとも「お前の努力は無駄だった」の言い換えにしかならないから。
「積み上げてきた修練、今こそ活かす時! 我が国土を踏み荒らす異邦人の首級を上げて、父ちゃん母ちゃんに楽をさせてやるんだ!!」
その意気込みは貴重なものだと、兄として褒めてやりたかった。
しかし現実はあまりに非情だった。
既に海上を支配する巨獣たちは、僕たちの目の前まで迫っていた。
『警告する。そこに浮かぶシンマ王国の舟よ。警告する』
いつの間にか軍艦、視界を覆うばかりに接近していた。
大船の進行が波を乱し、僕たちの乗る小舟は揺れに揺れて、転覆しないよう踏ん張るので精一杯だ。
『そのまま陸へ帰投せよ、しからざれば魔法攻撃す。繰り返す。そのまま陸へ帰投せよ、しからざれば魔法攻撃す』
警告か……!
前の舟が転覆寸前に乗員すべて海に飛び込み、助かったのもこれのおかげか。
あっちは必要以上に相手を傷つける意思はないようだが。……本当に何が目的なんだ?
「ふざけんなよ……! 舐めやがって……!」
ジロウは臆すことなく『命剣』を掲げ上げる。
「偉そうなこと言ってんじゃねえぞ! ヒトの国に殴りこんできておいて紳士面とはおこがましいぜ! 見てろ! 今からそっちに乗り移ってシンマ王国にケンカ売ったことを後悔させてやる!」
『……投降の意思なきと確認した。これより魔法砲を発射する。死にたくなければ十数えるまでに舟から降りろ』
軍艦は、何か妙な力を使って、肉声を大きく拡大しているようだった。
その声が、無機質に数字を刻む。
『十……、九……』
あれがゼロになった時、大砲から火が噴くってわけか。
こうなっては仕方がない。
「ジロウ、聞こえていたな。こうなったら海に飛び込むしかない……!」
「嫌だよ! 兄ちゃん!」
ジロウの目尻に悔し涙が溜まっていた。
「オレたちこのまま負けちまうのかよ! シンマ王国の『命剣』は無敵じゃないのか!? じゃあなんでオレたち、今日まで必死になって稽古してきたんだよ!!」
ここは誇りの瀬戸際去った。
船から飛び降りれば、弟が今まで培ってきた誇りは失われ。踏みとどまれば死ぬ。
過酷な二択。
僕が前世にいた乱世では、それが毎日のように押し寄せてきたものだ。
『八……、七……、六……、五……』
時間は待ってくれないのもいつも通りだ。
だからこそ僕は前世と――、ヤマダ=ユキムラでなく雷公ユキムラであった頃と同じ振る舞いをしなければならない。
それを宣託のごとく感じ取った。
『四……、三……、二……』
「ジロウ、僕から離れるな」
「えッ!?」
弟ジロウの襟首を掴んで引き寄せる。
『一……』
ドゴンッッ!!
落雷のごとき轟音が、湾内の隅々にまで響き渡った。
ただしそれは、軍艦の放った砲撃の音ではなかった。大砲は、その役目を果たすより先に幾重にも斬り刻まれて破壊されたから。
我が『命剣』によって。
このヤマダ=ユキムラが作り出した『命剣』によって。
「え? え……!?」
僕の左腕に抱えられて、ジロウは戸惑いの声を上げた。
そして僕の右手からは、長く大きな雷の刃が伸びていた。
「雷剣『オオモノヌシ』……!」
『命剣』は、ただ生気を刃に変えるだけの武具ではない。
その上がさらにある。
人の命と大いなる自然が交わった時、人は自然の一部を自分の命として振るうことができる。
そのうちの一種が、この雷剣。
かつてシンマ王国の前身となった風林火山影雷の六州は、それぞれが独自の自然と交わった『命剣』を作り出した。
それを人呼んで『天下六剣』。
そのうちの一振りは雷公ユキムラが滅びることで失われ、百年に渡り『天下五剣』と称されることになった。
転生と共に引き継がれたのは、雷公ユキムラの魂だけではなかった。
我が手から伸びる『命剣』は、稲妻となってあらゆるものを焼き尽くしながら斬り刻む。
「兄ちゃん? ……それ、『命剣』? ……『命剣』?」
「ジロウ、たしかにお前の言うことにも一理ある」
この向こうっ気の強い弟を叱るより前に、やるべきことがあった。
「ヒトの国土に断りもなしに上がり込み、蹂躙を行う余所者。そんなヤツらを皆殺しにせずして何がサムライか。異国の客人よ。貴様らに指南してやる。シンマ王国における復讐の作法をな!」