68 憤怒の理由
「まだだ!!」
なんとレーザが、自分の喉元に突き付けられた雷剣を直接鷲掴みにした。
「おいバカ……!」
そんなことしたら感電間違いなしを思いきや、雷剣の様子がおかしい?
「コイツ……、手から直接……!?」
液体窒素を発生させている!?
どういう理屈だよ!? 感電とか凍傷とか自分自身に影響はないのか?
「どれだけ強く収束させようと! 直接浴びせかければ何らかの乱れはあるはず! そこを突いて……、ごぶッ!?」
僕の雷剣を持っていない、もう一方の拳がレーザの顔面に叩きこまれた。
腰溜めからの正拳突きに、レーザはあえなく吹っ飛ばされる。
「だから雷剣だけを見過ぎだと言っているのに。……学ばないヤツだ」
レーザが倒れ込んだ甲板は幸い液体窒素に覆われてない部分だった。それは完全な幸運だった。
「いや……、違うな」
気づけば甲板における占領区が、少しずつ狭くなっている。
気温も、急激に元に戻り始めている。超低温からいきなり常温に戻るとむしろ暑く感じられた。
「レーザ。アンタはフェニーチェでも最高級の魔法使いなんだろう。魔法を戦いに利用できる。殺し合いという死力を必要とされる場所で、魔法を存分に使いこなせるほどの」
しかし結局のところ魔法は、モナド・クリスタルに蓄積された魔力を消費して使うもの。
レーザがこれまで繰り出してきた魔法は、魔法素人の僕から見ても凄まじいものだった。
だが凄まじいからこそ、消費する魔力の量も半端ではないのだろう。
一度にモナド・クリスタルへ蓄積できる魔力が一定と決まっているなら、強い魔法を使えばそれだけ尽きるのも早い。
「お前の時間は終わったんだ」
超低温地獄は瞬く間に去っていった。
それを維持する魔力が尽きた証拠だった。
「ま、まだだ……!」
それでもレーザは立ち上がってきた。
さっきの正拳突きが完全に顎を捉えていたので、覿面に足にきている。
なのにまだ闘志は尽きない。
「貴様は、必ず殺す……! 余の名に懸けて……!!」
「何故?」
僕は、後回しにしていた質問をようやく投げかけた。
「アンタと僕は、今日が初対面のはずだ。評判は前から聞いているし、アンタも僕のことを多少は聞き及んでいるだろうとは思うが、それで恨みを買うとも思えない」
なのにこの人は、会うなり僕のことを「殺す、殺す」と連呼している。
何故?
フェニーチェが執拗に『命剣』を求めているこの現状。
その『命剣』の中でも一際強力な『天下六剣』の一つを所有する僕は、どっちかと言うと何としてでも生け捕りにしたい対象じゃないのか?
それを有無を言わさず殺そうとか……!
「最初は、そんな道理も弁えられない狂人であるという可能性も考えたが、どうやら違うようだ」
ならばなおさら、どういう道理をもって僕を殺そうとするのかとんと理解できない。
「教えてくれないか。僕はアンタから、どんな恨みを買ってしまったんだい?」
「貴様が、貴様の口からそんな言葉が出るとは……!」
レーザの総身から、隠しきれようもないあからさまな憎悪が噴き出した。
「ならば教えてやる……! 貴様がどんな罪を犯したのか……!! 何故我が手によって裁かれなければいけないのか……!」
レーザは、懐から取り出した何かを僕に向かって投げつけてきた。
「この書状を読めば一目瞭然!!」
「え?」
反射的にキャッチして、何を投げてきたのか確認してみると……。
それはたしかに、封筒に包まれた一通の手紙だった。
封は既に切ってあって、中身を読まれた形跡があった。
「…………」
まあ、読めってことだよな、この手紙を。
この手紙に書かれた文面に、レーザが怒る理由がある?
手紙。
…………手紙?
はて、最近も何か手紙で思い当たることがあったような……。
まあとにかく読んでみよう。
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親愛なる我が父アレクサンドル法王猊下へ――。
アナタの娘ルクレシェア=ボルジア=フェニーチェが親書いたします。
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「あれこれルクレシェアの書いた手紙?」
彼女が、ここシンマ王国で起きた出来事を父親でもあるフェニーチェ法王に送ったという。
その事実自体は僕も知っていたが……。
「最初の方はいい読み飛ばせ! 問題は後半の方だ!!」
レーザが急かしてきおる。
たしかに手紙の前半部分は、シンマ王国とフェニーチェ使節団との間に起きた出来事の報告。
これは当事者である僕自身よく知っているので、たしかに読み飛ばしてもかまうまい。
そのあとに、大任を賜りながら果たせなかったとルクレシェア自責の文。
それから、現在のシンマ国内における彼女自身の立場、扱いなどを説明した……。
……ん?
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現在我は、雷領と呼ばれるシンマ王国一領地に身を置き、その領主の監視下に置かれています。
その領主の名は、ヤマダ=ユキムラ。
彼は我の身を自由にすることと引き換えに、使節団全員の生命の安全を保障してくれました。
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ん?
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我は、父上兄上より預かった同胞を無事祖国へと帰すため、彼の言うことには何でも従うつもりでいます。
体を差し出せといえば喜んで差し出し、奴隷になれといえば彼の望む通りの者になるつもりです。
そうすることが最良の手段であると、我は考えています。
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んん?
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新たなる使節がシンマの土を踏むころには、我が身も心も純潔もユキムラのものとなっているでしょう。
我が腹はユキムラの子を宿し、それをもってフェニーチェへの不帰の理由となるでしょう。
兄上にお伝えくださいまし。ルクレシェアは、女として従う主を自分で見つけ出したと。
これ以上の兄上の節介無用。
我はユキムラの所有物、奴隷となってシンマ王国で生を送ります。
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んんー?
原文ママ。
ルクレシェア……、こんな手紙をお父さんに送り付けたの!?
こんなのを読んで……、そりゃまともな人の親なら……!
人の兄だって……!
「余は、貴様を許さん……!」
改めて言うレーザ。
その声には怨霊もかくやと言うべき怨念が染みついていた。
「我が妹を凌辱し、モノ扱い奴隷扱いする貴様など、この余が! 斬り刻んで世界から抹消してくれる! それがあの子の兄たる我が努めよ!!」