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65 氷の獣

『凛冽の獅子』レーザ。


 その名は何度かこの耳に入れたことはあった。

 その提供者は大体ルクレシェアだったが。


 彼女にとってこの男は兄。この男にとってルクレシェアは妹。

 だからこそ話題に上るのは当然というわけだが。ルクレシェアは兄の名を呼ぶ時、その声に必ず忌避の感情を織り交ぜていた。


 その意味が、今目の前にある。


「司令官みずからの遠征とは、随分とした熱のこもりようだな」


 やや挑発的に呼びかける。

 相手の感情を揺さぶり、本音を露出させるために。


「やはり目的は『命剣』か? ルクレシェアも言っていたが、何でもこれに貴国の命運がかかっているのだとか」


 こんな大軍を引き連れて求めに来る辺り、あながちルクレシェアの物言いが大袈裟というわけでもないようだ。


「……妹は」


 美男レーザが静かに語る。

 どうやらかなり口数の少ない性格のようだ。


「どこまで貴様に話した?」

「そんなに多くはない。『命剣』のことも、具体的なことは話してくれなかったよ。寝室で聞いてもな」


 最後の一言も挑発の意図だった。

 別に嘘はついていない。

 交渉用の貴賓室が壊れたため緊急に代わりの場所をルクレシェアの寝室に選んだというだけだし。

 本当にただ寝室で話し合いだけをした。

 しただけですよ。


「…………」


 レーザは無反応だった。

 あたかも妹を凌辱したかのように匂わせても眉一つ動かさないとは。やはり前評判の通り相当冷酷な性格と見える


「……貴様の推測通り、我が目的は『命剣』。今回引き連れてきた五十隻のモナド動力艦を威勢と能力、双方をもって必ず『命剣』をフェニーチェに持ち帰る」


 五十隻て。

 まあ多分小型艦とかを含めて何だろうけどなんでそんなにたくさん連れてきた?


「だが、その前に済ませておきたい小事がある」

「何?」

「貴様を殺すことだ」


 はい?


「『地獄を貫き通路を開け』『コキュートスの冷気』『地上に溢れよ』」


 お兄さんがなんか呪文唱えだした!?

 しかもメッチャ攻撃的な文面!?


「え? ちょっと待って? なんで? なんで僕を殺すですか?」


 身に覚えがないんですけれども?

 とか言ってるうちにレーザが右腕に冷たい光が灯る。

 正確には右腕に装着された腕輪。そこにはめ込まれしモナド・クリスタルから冷然とした輝きが。

 フェニーチェの魔法技師は、あの水晶に蓄積された魔力を根源にして魔法を使うことは、既にルクレシェアから説明されていて知っている。


 そのモナド・クリスタルがあんなにこれ見よがしに輝くってことは……。

 相当危険な魔法を……!?


「アイス・レイク!」


 そうこう言ってるうちに魔法が完成した!?


 レーザの手から放たれる異様なほどの冷気。

 それによって船上が瞬く間に凍り付き、白い霜で覆われる。

 効果範囲は非常に広く、甲板のほとんどが氷と霜で覆われた。


「うぎゃあああああああああああッッ!?」

「ヘルプミー! ヘルプミーッッ!?」


 巻き添えと言っていい、たまたま戦場に居合わせた乗組員たちは大混乱。

 ある者は船内に逃げ込み、それが間に合わないものはマストなどに登って冷気をやり過ごし、それすら間に合わない者は海へ飛び込み難から逃れた。


 それすら間に合わなかった者は……。


「動かない!? 足が甲板に張り付いて動かない!?」

「司令官!? お助けください! 痛い! 冷たすぎて痛い! ……ああ、感覚がなくなってきた……!」


 体表にまとわりついている水分が凍って、床にくっ付いて身動きが取れなくなったのだ。

 それに続いて超低温によりどんどん体温が奪われ、生体機能が失われていく。


「……我がアイス・レイクのテリトリーに囚われた獲物は、クモの巣にかかった羽虫同様身動きも取れず死を待つのみ。体温という生命力を奪われ、凍傷から壊死、体の端から腐り落ちていくのに数分あれば充分だ」


 淡々と語るレーザ。

 自分の部下まで巻き添えにしておきながら何と言う冷淡さだ。


「貴様も我が領域で寒さの死を存分に堪能するがいい」


 実はかく言う僕も凍った甲板の上に立っていて、しっかり凍結領域に囚われていた。

 既にふくらはぎ辺りまで霜がまとわり上がっていて、冷たさで感覚が失われている。


「……このまま両手両足を壊死させ切り落とし、ダルマにして本国に持ち帰ってもよいな。そのまま『命剣』の実験素体として長き苦痛と屈辱の生を味あわせてやろうか」

「えらく残忍なことを言うなー」


 なんの恨みもないだろう僕にそこまで惨たらしい扱いをできるとは。

 当人によほどの残忍さが備わっていなければ実行できることではない。


「しかし……」


 右手に携えた雷剣の輝きが、手首から前腕、肘、肩と登って全身に伝わる。

 体中が青く輝く。


「人は雷の正体を知らぬ。あまりに速く、気づいた時には過ぎ去ってしまうために。それが動いたという事実のみしか伝わらぬ」


 ゆえにこそ『動くこと雷霆の如し』。

 それをモットーとした我が雷州は、常にそのようにして敵を破った。結果のみによって軍の動静を周囲に知らしめた。


「動く時には雷鳴が轟き渡るように堂々と、そして雷光が駆け抜けるように素早く。結果のみを叩きつけるがゆえに『動くこと雷霆の如し』。まあそれは余談だが」


 実際のところ自然現象の雷は、炎にも似た気力の塊。

 だからこそ大いに熱を持っている。

 熱で氷が溶けるのは、子どもだって知っていることだ。


 程なく僕の体に張り付く氷や霜は、周囲の床もろとも溶けて蒸発。跡形もなくなった。


「挑まれたらやり返すのがいくさの作法……」


 作法を守るのが礼と存ずる。

 殺されても文句は言うなよ?

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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