64 剣によって和を
「じゃあ、まずは行ってくるか」
「行く?」「どこに?」
訝る二人を浜辺に残し、僕は悠然と海に向かって歩み出す。
「もちろん、まずはご挨拶だな」
そして浜辺へ打ち寄せる波が足首を濡らすかというところまで海に近づいた時、突如僕の足が、海面を踏んだ。
「よっと」
そして足が海中に沈むより前に、もう一方の足を前へ。
その足が海面を踏んで、海中に沈む前に後ろの足を前へ。
それを繰り返すと海中に沈むことなく海の上を走ることができる。
「ユキムラのアレ、前にも何回か見たけど、どういう理屈で海面を走れてるんだ!?」
「なんか、アレよ! シンマ百年の歴史が培った特殊な歩法とかなのよ!!」
「当のシンマ人であるクロユリもよくわかってないじゃないか!?」
イチャつく我が妻二人の喧騒が、どんどん背中から遠ざかっていく。
そして代わりにどんどん接近してくる目前の軍艦。
海の上を走っているから当たり前のことなのだが。
そしてダンッ、と水飛沫をはね上げると同時に、高く飛翔する我が身。
「ヒィィーーーーッッ!?」
僕が船体の縁に着地すると、既に船内にいるフェニーチェ人は悲鳴を上げた。
「ぶっ武器を捨てて投降しろ! お前は完全に包囲されている!!」
そしてお決まりのセリフだった。
フェニーチェの人たちは僕が船に乗ると必ずそう言う。
「僕はシンマ王ユキマス陛下より雷領を賜った領主ユキムラ」
そして何もない虚空から雷剣を抜き放つ。
青い妖しい輝きを放つ、その刀身を上段にかまえる。今にも振り下ろすぞと言わんばかりに。
「この艦隊を率いてきた者と話をしたい」
武器を持って和を語る。
それが正しい交渉のスタイルというものだ。
手にした刃の切っ先にビビらない者だけが、僕と和を成す資格がある。
「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな……!」
そこから露骨な秒読み。
この口からゼロが出た時どうなるか?
上段にかまえた雷剣が振り下ろされて、また軍艦が桃のようにパカッとわれるかな?
まあ今回は軍艦もたくさんいるので、一隻ぐらいパカンしたって全然問題ないだろう。
それまでに、フェニーチェの軍人たちは僕の興味が移るようなことをしてくれるかな?
「あわわわわわ……!」
「シンマ、やっぱりデーモンの国デース! 魔法神に祝福されたフェニーチェに帰りたい……!」
しかし船員たちは、けっこうな高官ぽいのも含めて恐れおののくばかりで、事態を打破しようという素振りも見受けられなかった。
「……仕方ないな」
この艦は外れか。
ならばさっさと真っ二つにし、まともに話し合いのできるヤツと当たるまで次の船に飛び移っては真っ二つにするのを繰り返すか。
「ろくごよんさんにいち……!」
待つ理由もないということで秒読みも駆け足。
そしてとっとと雷剣を振り下ろし……。
ガチャン!! と。
何かが我が雷剣の斬り下しを阻んだ。
「ほう」
氷の盾が。
我が雷剣を受け止めていた。
「どこから湧いて出た? この船の中に、これほどの強者の気配は感じなかったぞ?」
氷の盾をかざし、我が太刀運びを止めた勇士に語りかける。
それは若いが、充分に戦績を積み重ねたと一目でわかる精悍な顔つき。
重ねた剣と盾を押しのけ合って、互いに距離を取る。
全体を眺めると、なるほど豪華な衣装に全身を包んだ、いかにも将星という佇まいの美男だった。
「やはり不思議だな。アンタほどキラキラした偉丈夫がこの船にいたんなら、乗り込んだ瞬間気づかないわけがない」
「貴様と同じだ」
氷の美男は静かに答えた。
静かではあるが、同時に恐ろしく冷たい氷の声だった。
「走ってきた。海の上を」
美男が顎をしゃくって一方向をさし示す。
警戒を解かずにそちらへ視線を動かすと、会場に白い線のようなものがプカプカ浮かんでいた。
「……氷の道か」
恐らくは魔法で海を凍らせ、その上を走って別の船から乗り移った、というところか。
船自体は大型で小回りが利かないから、最速で駆けつけるには最良の方法だろう。
「その峻烈な判断。魔法の腕。アンタがこの艦隊を率いる親玉か」
間違いなく強いと言っていい。
軍艦を断つつもりで振り下ろした雷剣を難なく防ぎやがった。
こないだのタチカゼ&ジュディ戦で、相手を傷つけないよう極限まで手加減した雷剣とは違う。
「雷領領主ヤマダ=ユキムラ」
いまだ雷剣の輝きはそのままに、自己紹介の交渉を始める。
「名は?」
数瞬、美男は黙したまま何も語らなかった。
未開人相手に語る口は持っていないということか?
しかしそれでも、考えあぐねた末にと言わんばかりの苦々しい口調で、氷の美男は口を開いた。
「……レーザ=ボルジア=フェニーチェ」
ほう。
「フェニーチェ法王アレクサンド十三世の息子にして、フェニーチェ国立軍総司令官。人は余のことを『凛冽の獅子』などとあだ名する」
するとこれが。
噂に名高いルクレシェアのお兄さんか。