62 到来
「領主様! 領主様! 大変でございます!!」
バダンと扉を蹴破るように領主の部屋――、というか僕の部屋に駆け込んできたのは若い男性。
ここ雷領の開発のために働くシンマの人間だった。
最初からゴタゴタの只中で始まった雷領ゆえに、騒動の矢面ばかりで細部まで語られること足りなかったが、ここ雷領には僕――ヤマダ=ユキムラ、クロユリ姫とルクレシェア以外にも多数のシンマ人フェニーチェ人が滞在し、街作りに協力してくれている。
シンマ人の大半は、僕と共に交渉の船に乗ってきて、そのまま居ついた者。
また建設のためユキマス王が追加で派遣してくれた大工左官も多い。
対してフェニーチェ人は、ルクレシェアが率いてきた交渉団のメンバーが全員だ。
交渉事を行うための政務官や軍人がほとんどで、ルクレシェアの失策によりシンマの保護下に入りながら、それでも精力的に異国文化の研究をしているらしい。
研究熱心こそ魔法技術立国たるフェニーチェの国民性といったところだろうか。
……話が逸れた。
そんな感じで雷領にて働いている、僕の部下というべき一人が……。
「見張りの者が、とんでもないものを見つけて……! え……!?」
よほど慌てていたのだろう。ノックすらせず領主の部屋に入り込んできた彼が見たものは。
……二人の愛妻から迫られて着衣乱れる領主閣下。
「……失礼いたしましたッッ!!」
見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに、バタンとドアを閉める彼。
しかしそんなことですべてがなかったことになりえない。
「待って! 説明させて!!」
当然僕は必死になって彼を追いかける以外になかった。
幸い、部屋を出て廊下を走っている背中にタックルかまして容易く捕獲。
「勘弁してください領主様! オレは何も見ませんでした! それでいいじゃないですか!?」
「待って! キミは大きな誤解をしている! キミが思うようなことは決して部屋で行われていない!!」
「じゃあ何してたって言うんですか!?」
「子種を求めて迫ってくる愛妻二人に翻弄されていた」
「オレの思ってた通りじゃないですか!?」
アレおかしい?
僕が訴えたかったことは、けっして僕が昼日中から政務そっちのけで色事に没頭する無能領主ではないってことだったんだけど……?
「ハア……、大丈夫っすよ領主様。別に領主様が明るいうちからエロいことしようと、ましてそれが複数の女相手だったとしても、オレたちは領主様に幻滅したりしないっす!」
え、そうなん?
「むしろ尊敬するっす! シンマは武士の国っすから、何より武力が尊ばれるっす! その腕っぷしの強さで下級武士から領主にまで駆け上がり、お姫様を二人も嫁にもらったユキムラ様は、オレらの憧れっす!!」
「そんなもんですか」
「ユキムラ様の武力の前では、倫理の道理もクソほどの価値もないっす! 一夫多妻どんと来いじゃないすっか!! そんなユキムラ様にあやかるためにもオレ、雷領で仕事してるんで!!」
いや。
現在のシンマ王国の枠組みとなっている封建制を守るためにも倫理道理は大切にしてほしいんだけど。
下が上に従うっていう社会規範を守る大切な理由の一つだからね道徳は。
「オレ、この新天地でメッチャ頑張ってるっす! そしてユキムラ様みたく出世して、美人の奥さんを貰って追加で側室を囲うっす!! 異世界に転生しなくたって、努力すれば夢は叶うはずっす!!」
訳のわからんことを言ってないで。
「まあ、目標を設定して実際行動するのはよいことですが……。僕に報告することがあったんじゃないの?」
「そうだったっす! 大変、大変なんすよ! ついに来たっす!!」
「来た?」
「フェニーチェの船っす!!」
* * *
それは僕らが数か月間ずっと待ち続けてきた報告そのものだった。
慌てて僕たちが岸辺に駆けつけると、既にそこには人だかりができていた。
「領主様!」
その中で一際年配、分別のありそうな一人が僕を見つけて駆け寄る。
「ついに来るべきものが来ましたぞ」
「どんな感じです?」
短いやり取りに緊迫感が伝わる。
「まだ何とも言えません。確認できたのは水平線の向こうにある遠くの船影で、いまだ豆粒のようにしか捉えきれません」
「何?」
僕はその報告に眉根を寄せた。
「それじゃあ相手がフェニーチェの船かどうかなんてわからないじゃないか? 何かの理由で航路から外れたシンマの船かもしれないだろう!?」
「いえ、それが……!」
口ごもる年配の武士。
説明するより一目見た方が早いとでも言うかのように視線を海に向ける。
僕もつられて大海原を一見すると……。
「うわ……!?」
海の上にはたしかに、辛うじて船体と判別できる小さな豆粒があった。
ただ一つだけではなかった。
たくさんあった。
それこそゴマを机上にばら撒いたかのごとく、数えるのも一瞬躊躇うぐらいにたくさんの船影!?
「これは……! たしかに……!!」
航路を見失って彷徨っているシンマの船なら、あんなに大挙しているはずがない。
しかも船の群れは真っ直ぐ僕たちのいる岸を目指している。
これは間違いないか。
「マスター! これをご覧くだサーイ!」
僕のことをマスターと呼ぶフェニーチェ人。ルクレシェアと共に異国で食い詰めシンマの保護下に入った一人だ。
そんな彼が差し出すのは……、何だ筒?
「これは望遠鏡という、遠くのものを見ることのできる道具デース! これで水平線近くの船の詳細を確認できマース!!」
なるほど、それは便利な。
やっぱりフェニーチェは細かいところまで色々進んでるな!
では……、と説明された通りに望遠鏡なる筒の穴を覗いてみる。
「……あれ? これむしろ肉眼よりずっと小さく見えるんですけど?」
「前後逆デース!!」
オヤクソクネー! とツッコミを頂き、僕は改めて望遠鏡の前後を逆にして遠見し直してみる。
すると本当に、遥か遠くにある豆粒にしか見えなかった船影の、その形状まで正確に視認することができた。
でもそれは……。
「軍艦?」
かつてシンマ王都を襲った戦闘用の大きな船と瓜二つじゃないか?
しかも数。
遠目からでも確認できた無数の船群は、そのすべてがやはり武装した軍艦だった。
「何故!?」
あの物々しさ。
あれではまるで戦争しに来たと言わんばかりではないか!?
一体何故?
フェニーチェ法国はまさか、シンマ王国との戦争を決めたのか!?