56 風千変
「二振りの……!?」
「風剣……!?」
戦いを見守り、そして起る一つ一つの出来事に驚愕するクロユリ姫とルクレシェア。
戦いの当事者たる僕と違って、彼女たちは公正な立場から俯瞰できる戦いの証人だ。
「わたくしたちが二人で影剣を出すことができた。それをジュディさんは即座に見習って再現できたというの……!?」
「ジュディのヤツは本当に天才だからな。一を学んだだけで十のことを思いつく。見たことをそのまま再現するなど序の口で、さらに理論を発展させて、いくつもの新たな現象を作り出すなど朝飯前だ」
「じゃあ、ジュディさんの攻勢には……!?」
「ああ、まだまだ先があるだろう……!」
同じフェニーチェ人として、ジュディのことをよく知るルクレシェアは、これから起こることを予想してか戦慄の汗を流していた。
「ユキムラ殿……! アナタの考えていることはわかるつもりだ。この戦いを通じ、フェニーチェのことを毛嫌いしているタチカゼ殿にフェニーチェへの理解を深めてもらおうというのだろう」
しかし。
「ジュディを舐めていては痛い目を見るかもしれんぞ。アイツは、我ですら計り知れない天才だ。天才は、バカなこともするが思いもよらないこともするのだ」
* * *
と言うルクレシェアたちの実況はひとまず置いて。
僕は目の前の敵すべき相手へ向かう。
ジュディと言う援軍を得たタチカゼに。
「クソ……! 何が起こっているのだ……!?」
タチカゼは、まだジュディが風剣を作り出せたことを受け入れられずに、戸惑い続けている。
真面目な性格のアイツらしいが、戦場でそんなにいつまでも気持ちを切り替えられずにいたら、すぐ死ぬぞ。
「oh Yes! 『命剣』を実際に構成した皮膚感覚は、貴重なデータネ! 言語化しにくいので実際に体験できて重畳デース!!」
そしてジュディの方も、自身の本質からブレないのだった。
まあ研究熱心だこと。
「でも、タチカゼさんは、このウィンドブレードの多様性を活かしきれていないネー!? こんな研究心のそそる美味しそうな素材を、一方向の使い方しかできないなんて、思考が硬化してマース!」
「何だと!?」
本来の風剣の持ち主としては聞き捨てなら指摘だろう。
「ミーは研究者として、魔法技術だけでなく自然科学だってバリバリ勉強してきたネー! 空気――、エアだって一通り学んでいるデース。……空気は、大気圏の最下層を構成している窒素を主成分とした気体デース!!」
「お、おう、そうだな……!?」
ジュディの研究者肌についてけない様子のタチカゼ。
そして彼女は、蓄積してきた知識をついに実用に転じる。
「風の力は、ただ気圧の断層を作ってカッターにするではないネ!! こういう使い方もできるデース!!」
ジュディが、自分の持っている方の風剣を振り下ろすと、同時に僕へ向かって、体全体を押し飛ばすような圧が迫ってきた。
これは……、突風か。
風剣を介して気流を操作し、アタシのような突風を僕に叩きつけたか。
「バカな……! あんなものを叩きつけたところで掠り傷を負わせることも……!?」
「でも、動きを止めるには充分デース! タチカゼさん、攻撃ネー!」
「よ、よし……ッ! 唸れ、風剣『カゼノオ』!」
指示されて、タチカゼはすぐさま風剣の切っ先からカマイタチを放つ。
体の真ん中目掛けて走ってくるそれを、僕は雷剣で弾く。突風に吹き飛ばされないよう踏ん張るのに精いっぱいで、それ以上の対応はできなかった。
「そうか、そういうことか!?」
タチカゼが興奮気味に叫ぶ。
「こうしてヤツの動きを封じていれば、少なくともあの巨大な雷剣で反撃されることもない……! この流れのままで押し切れるか……!?」
「試したいことはまだまだあるデース!!」
タチカゼが必勝パターンを掴んだ矢先。ジュティはその必勝パターンの根幹である突風を熄ませてしまった。
「ええッ!? オイッ!?」
「次の実験に入るデース! 気圧、気流、だけでないネ! 風にはさらに有効な利用法があるデース!」
ジュディがまた独特の風剣の振り方をした。
剣で斬りつけると言うよりも、指揮棒で兵士に指示を送っているかのようだった。
彼女自身、『命剣』の常識に縛られていないという証左だろうか。
さらにその瞬間……。
「ッ!?」
殴りつけられるような衝撃を受けて、吹っ飛ばされる。
何をされたのか瞬時にわからなかった。
しかしさらに二発、三発……!
「ッ!? ぐっ!?」
見えない衝撃が飛んでくる。
「なるほど、音による攻撃か」
「凄いネ! もう見抜いたデース!!」
ジュディは感心しつつも、風剣を振ることをやめない。
「気圧、気流と来て……! 今度は空気の振動による攻撃デース!! つまり音波ネー! 強力な空気振動は人間の内側まで染み込んでダメージを与えるデース!!」
「そんなことが……! 風剣にそんな使い方があったとは……!?」
タチカゼは圧倒されながらも、カマイタチを放ち続けることしかできない。
「すべては、空気をよくよく研究して学んだ結果デース! すべての事象は、学ぼうとした分だけ教えてくれるネー! それを実用してきたことが、人間の文化の仕組みデース!!」
すべて、ジュディの言う通りだった。
真摯に学び、学んだことを実用に活かすものだけが新しい道を拓ける。
それを忘れ、祖先から受け継いできたものに甘んじているだけだから四天王家はせっかくの『天下六剣』を錆びつかせた。
ジュディのやりたい放題は、こうして硬化しきったシンマの考え方に風穴を開けるものだろう。それこそ。
しかし。
「まだ足りない」
ドゴッ!! とけたたましい爆音が僕の周囲で響き渡った。
その轟音によって、ジュディが起こした空気砲は脆く掻き消される。
「ホワッツ!」
轟音の正体は、僕が発生させた雷剣が、空気を焼いて破裂させた音だった。
雷鳴と同じだけのけたたましさで、周囲を音で埋め尽くす。
「まだまだお前たちは、過去にすら追いついていない」
気流、空気振動。
いずれも僕が前世で戦った風公カゼトヨが普通に使ってきた技だった。
しかも本気を出す前の小手調べで。
「さっきも言ったが、僕の操る雷剣は音を超えて速い。つまり、音を使ったところで雷剣の『速さ』を超えることはできない」
しかし風の力で生み出せる速さは、音の速さが限界。
いよいよ実感できたはずだ。『速さ』において風剣は雷剣に絶対勝てないと。
「その先を解き明かすことが出来なければ、お前たちの負けは確定だな」