54 雷神
「おのれッ! 『風切羽』ッ!!」
性懲りもなくタチカゼは、風剣の切っ先からカマイタチを放つ技を繰り出す。
しかしカマイタチが刀身から離れた瞬間、迸る雷光によって跡形もなく消滅する。
「…………ッ!?」
「遅い」
我が雷剣の速さは、完全にタチカゼを凌駕していた。
空気を割って音よりも速く地に落ちる雷が、風より遅いということはない。
『疾きこと風の如し』。
「………………ッッ!!」
それをモットーとする風剣使いにとって、速さで負けるという事実は受け入れがたいものだろう。
「『風切羽』ッ!! 『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』『風切羽』ッッ!!」
タチカゼはがむしゃらに風剣を振り回してカマイタチを乱発する。その数、何十にも達するが、すべて雷によって撃ち落とされた。
「そんな……!? 我がヤマウチ家の誇る風剣が、まったく通用しないだと……!?」
「本当にこれで万策尽きたというのか……。やれやれ」
僕の前世――、雷公ユキムラが、風公カゼトヨと戦った時は、これで挨拶が終わった程度の段階だったぞ。
風公カゼトヨは、ここからさらに二重三重の手札を用意していたものだが、その子孫たちは百年という時の経過にすべてを失ってしまったというのか。
ただ今眼前にいる風公カゼトヨの子孫、タチカゼ。
しかし僕には、もうそれが信じがたくなってきていた。
「もしやあれか……、お前、領主の息子なんだよな?」
「ッ!?」
「本当の使い手は父親の領主の方で、息子のお前はまだまだ半人前って。そういうことなんだろう。な?」
「…………ッ!?」
しかし全身をプルプル震わせるタチカゼを見るに、どうやら違うらしい。
「あまりに哀れだから、一つ手ほどきをしてやる」
僕はこの手から雷剣を伸ばす。
ここで初めて雷剣の刀身を、タチカゼに見せた。それまではカマイタチを撃ち落とす瞬間に抜刀してすぐさま納めていたので、タチカゼの目には留まらなかっただろう。
「我が雷剣は、いわば光の剣。光は風よりも遥かに速く迅るゆえ、速さの勝負では風剣は雷剣に絶対に勝てない」
さっきも言ったことだがな。
「バカな! では何故我がヤマウチ家には……『疾きこと風の如し』などと言うモットーが伝わっているのだ!? 速さで風が雷に劣るなら……、何故そんなモットーを我が祖先は掲げた……!?」
「今から百年前にも雷剣は存在した。お前の祖先、風公カゼトヨが……」
我が前世。
「……雷公ユキムラと鎬を削りあった乱世の時代。しかし雷公ユキムラはみずからの選択によって滅び、それに伴って雷剣は以後百年失われることとなった。そのせいで風剣は、『疾さ』だけでなく『速さ』でも、最高の『命剣』となった」
皮肉な話だな。
それが風剣を伝えるヤマウチ家を弛緩させ、本当に受け継ぐべき風剣の核心を時の流れに失わせてしまうとは。
「しかし僕が雷剣を復活させ、『速さ』における最高者が舞い戻った以上、もはや風剣は二度と最速を名乗ることはできない。そして『疾さ』まで失ってしまった風剣は、もはや何の価値もないということだ」
「おのれ黙って聞いていれば!! ならば『疾さ』とは何だ!? 『速さ』とどう違うというのだ!?」
「そんなこと、僕が知るわけないだろう」
お前たちヤマウチ家――、かつて風州を治めた風公が代々伝えてきた風剣の核心を知っているのは、本来お前たちヤマウチ家だけだ。
「僕が知っているのは、僕の振るう雷剣の核心のみ」
『動くこと雷霆の如し』。
「『速さ』において風剣を圧倒的に凌ぐ雷剣が、何故『速きこと雷の如し』と称さなかったのか? お前はこれから身をもって知ることとなる」
我が手から伸びる雷剣が、例によってうねりながら大きさを増す。
もはや刀身というよりは大蛇のごとくなった雷光の塊が、とぐろを巻いてタチカゼを見下ろした。
「バ……、バカな……!? こんな大きな『命剣』を作り出すことができるとは……!?」
「この時代にはないか。ここまで巨大な『命剣』は……!」
本当に、剣と人は時代が下るほど質が悪くなるということか。
くだらない時代に生まれ落ちてしまった。
この期に及んでは、このくだらない戦いをさっさと終わらせてしまおう。
そうして「シンマ最強」などと粋がっている連中に事実を知らしめることができれば、それはそれでこの戦いの意味になる。
「終わりだ」
巨大なる雷剣の切っ先が、鎌首をもたげてタチカゼへ向かった。
「うわああああああああああああああああッッ!?」
タチカゼは恐慌をきたしながらカマイタチを乱発するが、すべて雷剣の表面に弾かれ掠り傷一つできない。
豆鉄砲にもならなかった。
雷の大蛇はそのまま鎌首を地面へと叩きつけ、その間にいたタチカゼも粉砕するかに見えたが。
「危ないネーッ!!」
「何ッ!?」
横から突進してくる弾丸が、タチカゼの巨体を吹き飛ばした。
そのおかげで我が雷蛇は、地面を虚しく穿つだけ。
「な、一体……、なッ!?」
間一髪の窮地を凌いで、ようやくタチカゼは自分がジュディに跳ね飛ばされたことを知った。
そのおかげで直撃を逃れたということを。
「ジュディさん!?」
「何をやっているんだアイツ!?」
クロユリ姫やルクレシェアも驚いたし……。
「いやいやいや……!」
ジュディの突然の乱入には、僕も戸惑った。
これは僕とタチカゼの一騎打ちだというのに。
「貴様……、何をしている!? これはサムライ同士の正式な仕合い。女ごときが割り込んでいいものでは……!」
「だって! あのままだったらタチカゼさんやられてたネ!!」
「……ッ!?」
ぐうの音も出ない正論に、タチカゼは固まる。
「それはすっごく困るネ! だってタチカゼさんが負けたら……、データが取れなくなっちゃうネ!」
助けた理由そっちかい。