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53 風神

「ぬおおおおおおぉぉ~~~~~ッッ!!」


 戦いは、すぐさま始まった。

 開始の合図などない。いつ始めるかなど誰も決めない。ただ終わりだけは、どちらかが倒れた時とハッキリ決まっている。

 それが武士と武士との仕合だ。


「まずは見せてやろう! すべての『命剣』の頂点に立つ王者の『命剣』。その六のうちの一をな!」


 ヒュオオオ……!

 と、風切りの音が僕の耳元を通り過ぎていった。

 背後から前へ。

 つまりタチカゼのいる位置に向かって。


「何これ……!?」

「空気が……、あの巨漢武士の下へ集まっている……!」


 傍から見ているクロユリ姫やルクレシェアも異変に気付き始めたようだ。

 風の主が、風を使う時。

 風の元たる空の気は、号令を打たれた兵卒たちにように将の下へ集まる。

 ここまでは、前世で戦った風公カゼトヨと同じだな。


「風よ集まり刃となれ……! 練り固まって剛剣となれ……!」


 タチカゼのかまえる手から何かが伸びてくる。

 透明で見えづらいが棒のように細長い何かが、光を屈折させて歪ませることで、視界に存在感を示していた。


 ……いや。

『棒のように細長いもの』などともったいぶった表現などする必要はあるまい。


 あれが風剣なのだ。

 空気を圧縮して刀の形にした『天下六剣』の一振り。

『疾きこと風の如し』の風剣。


「ハハハハハハハハ!! 見たか! これが我がヤマウチ家の『天下六剣』! それがしが振るいし銘は風剣『カゼノオ』!!」


 タチカゼが誇らしげに透明の剣を掲げる。


「『命剣』最速と謳われる風の刃よ! さあ下級武士、歴史を積み重ねた真の『天下六剣』の力、その身をもって味わうがいい!」


 タチカゼはその場で、透明な刃を振り下ろす。

 僕とヤツの間にはまだ充分に間合いがあるので、当然刃が届くことはなかったが、それなのに僕の頬辺りの皮膚が裂けた。

 ブシャッと血が噴き出す。


「ユキムラッ!?」

「なんだ!? 一体何が起こった!? あのタチカゼとかいう巨漢武士が何かしたのか!? 二人はまだ、まったく距離が離れているというのに……!?」


 観戦するクロユリ姫やルクレシェアは怯え戸惑うが、戦いは始まったばかりだ。


「カマイタチ……」


 僕は、頬から流れる血を拭いながら言う。


「風剣が起こす激しい空気の流れによって気圧の断層を作り、それを振り抜くとともに飛ばす。空気の手裏剣といったところか」

「ほう、一目見ただけで我が攻撃の仕組みをよくぞ見抜いた!」


 いや、一目というか……。

 前世で嫌って言うほど何百回と食らったことがあるので。


「しかし正体がわかったところで防ぎようもないのが、風剣技『風切羽』の恐ろしさよ! 風の飛刀は弓矢の速さを遥かに凌ぎ、その上透明であるから捉えることすら困難! 避けるも防ぐもできぬ風刃に怯え震えるがいい!!」

「凄いネ! ファンタスティック!! これが『命剣』の上位モデルの力なのネー!!」


 すかさずジュディが興奮で巨乳を揺らす!


「タチカゼさん! とってもいいデータが取れてるネ! この意気で出し惜しみなくジャンジャン行ってほしいデース!!」

「言われるまでもない! このヤマウチ=タチカゼ、手抜きなどせぬ!」


 その場に不動のまま、タチカゼは幾重にもわたって風剣を振り回す。

 その動きのたびに切っ先から射出される真空波が、僕の体を掠めて血を拭き出させた。

 ほんの僅かな間に僕の体には無数の裂傷ができ、体中傷だらけだった。


「わかっているだろうが……、これはわざとだ。これまでのすべての攻撃、狙って薄皮一枚裂けるように放った」


 タチカゼが、もう今の時点で勝利を確信したかのようだった。

 語りかける口元に勝ち誇った笑みが浮かぶ。


「『疾きこと風の如し』がモットーの我がヤマウチ家。ともすれば速すぎて、相手の理解が追い付く前に終わらせてしまうからな。貴様には自分の愚かさを噛みしめ、それがしの強さを充分に理解するための暇が必要だと判断した」


 だからわざと致命傷を避けて、嬲ったと?


「わかっているだろう? 『命剣』最速の我が攻撃には対処するどころか反応することもできん。貴様自身微動だに出来なかったのがその証拠だ。今。みずからの無礼を詫びれば、そこで終わりにしてやる」


 と、タチカゼは透明の剣を突き付けながら言う。


「このヤマウチ=タチカゼも冷酷非情の悪鬼ではない。悔い改めれば命ばかりは助けてやろう。下級武士、己が分際を学び直して、そこに跪けい!!」

「おい待て。……いや待て!」


 僕は言った。


「まさかこれで終わりなのか!?」

「は?」

「これで風剣の技を出し切ったのかと聞いているんだ。こんな初歩の初歩にもならん遊戯の技。挨拶代わりにもならんじゃないか!」


 だから僕は微動だにせず、相手の出方を窺ったんだ。

 僕も百年の時を経て変化した風剣の技を吟味したかったから。


「小手調べも済んで次の段階に入るのかと思ったら、降伏勧告だと? ふざけるな。もしかして僕を侮っているのか? 風剣の技を必要以上に見せたくなくて、早めに切り上げようと思っているのか!?」

「な、何を言う……!?」


 僕に迫られて、タチカゼが浮かべる困惑は本物のように見えた。

 マジか?

 これで終わりなのか?

 これが現代の風剣の技とは……!


「失望したな。風剣の技は百年かけて進化したどころか、逆だ。衰退して腐り果てた」

「何だと!?」

「そんな低次元の技を本当の『疾さ』だと思っているのか?」


 僕が前世で戦った風公カゼトヨの『疾さ』は、それは恐ろしいものだった。

 どんなに息を切らせても、筋肉が引きちぎれるぐらいに走っても常にその前を行く。

 理解すら追いつかないヤツの『疾さ』に、僕は「あんなヤツと二度と戦いたくない」と何度も思わされたものだ。

 それに比べて……。


「タチカゼ、お前のは『疾さ』ではなく『速さ』だ。そんなもので僕を倒すことはできない」

「何を言っている!? はやさ!? どっちも同じではないか!?」


 理解できていないか。

 思考すら鈍足。こんな愚物を子孫に持った風公カゼトヨに同情したくなってきた


「理解できないなら、実際にその目で見てみるがいい」


 風公カゼトヨ相手には絶対に通じなかった『速さ』。


「その『速さ』ならば……」


 ドンッ!!


 轟く雷鳴が響き渡った時には、終わっていた。

 抜き放った雷剣が、タチカゼの立っているすぐ隣の地面を抉り、巨大な爪痕を描いてからこの手に戻るまで、一つ数える間すらなかっただろう。

 稲妻が空気を焼いて起った雷鳴は、そのあとに起った。


「我が雷剣は、お前の風剣の遥か先を行っている」

「な、な……!?」


 タチカゼが、魂が消し飛んだと言わんばかりの顔で、自分のすぐ隣の抉れた地面を見詰めた。


「『実際に見てみろ』とは言ったが、それすらできなかったようだな」


 それもそのはず。天から落ちる稲妻を視力で捉えられる者などいない。

 雷とはそれほどに速いのだ。

 風など及びもつかないほどに。


「タチカゼ。『速さ』では風は雷に絶対勝てない。それを理解し、『速さ』を越えるものを見出さねば……」


 お前は僕に殺されるぞ。

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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