52 果し合い
翌日。
本当に僕たちは戦うことになった。
ちょうどいいところに、これからさらに屋敷を建てる予定のサラ地があり、広さも平らさも打ってつけであったため、そこを闘場に決めた。
その場に立ち会う僕、タチカゼの二人。
離れた場所には見届け人兼応援役としてクロユリ姫とルクレシェア。
さらにジュディ。
おまけにこの雷領都予定地に滞在するシンマ、フェニーチェの両関係者も野次馬として集まってきて、けっこうな賑わいになっていた。
「まるでお祭り騒ぎだな。浮かれおって……!」
仕合う者の一人である四天王家の一、ヤマウチ=タチカゼが不快げに呻いた。
「今一度確認させてもらう。この仕合いにそれがしが勝てば、シンマ王家は我が意に従い、不敬な異国人どもを一人残らず追い出す。……相違ないな?」
「もちろん」
僕は頷く。
「フン……! よかろう。神国シンマより夷狄を廃し、思い上がった新参領主に身の程を弁えさせる一石二鳥の舞台。我が『命剣』を振るうに相応しい」
タチカゼはニヤリと笑う。
「我がヤマウチ家に伝わる『天下六剣』の一振り。風剣を振るうにはな!!」
そう、タチカゼもその一員である四天王家は、シンマ王国に散らばる各領地を治める領主の家系であると同時に、特殊な『命剣』『天下六剣』を代々伝える家系でもある。
四天王家が扱う『天下六剣』のうちの四剣。それ即ち風林火山。
タチカゼのヤマウチ家は、そのうち風の剣――、風剣を代々伝えてきた家系だ。
『疾きこと風の如し』がモットーの、『天下六剣』最速の剣。
その源流となる、シンマ王国の前身となる六州の一つ、風州の長カゼトヨには、僕も雷公ユキムラとしての前世で大いに手こずらされた。
その子孫が、風公カゼトヨの技をどこまで継承し、あるいは進化させたか。
楽しみでないと言えばウソになる。
「タチカゼさーん! 頑張るネー! ファイトネー!!」
そしてジュディの能天気な声援が飛ぶ。
「タチカゼさんのことは、ミーがしっかりとするデース! ミーがタチカゼさんの勝利の女神になったるネー!!」
それでいいのかジュディさん?
「わかってるのかジュディ……? あの巨漢武士は、我々フェニーチェとシンマ王国との交流を断とうとする勢力に属しているんだぞ?」
「そうよ、もしタチカゼが勝てば、ユキムラやお父様の進めているフェニーチェとの交渉計画は破綻して、最悪戦争になっちゃうかも。そうしたらジュディさんだって困るでしょう?」
ルクレシェアもクロユリ姫も大層気を揉んでいるが……。
「そんなことはバトルのあとで考えればいいデース! 今はとにかく、この興味深いバトルそのものを注意深く観戦するネー!」
「えぇ……!?」
「シンマキングダムでも超レアな、『命剣』の上位モデル。そのガチンコバトルを上陸早々見られるなんてミーは本当にラッキーガール!! タチカゼさーん! 優良なサンプルデータをよろしくお願いしますデース!!」
研究のことしか頭にないからか、ジュディの思考回路は非常に明快だった。
そんなジュディからの声援を受けて、タチカゼはとてもむず痒そうな表情をしていた。
「ええい! あんな異国女にはやし立てられようとも、我が平常心は乱れはせん! 成り上がりの下級武士領主! 貴様を倒してシンマを正しく導くのだ!!」
「では、そろそろ始めようか」
僕とタチカゼ。
既に向かい合っている。
勝負はいつでも始められる状態だ。
「その前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「貴様は、自分が負ければこの地にいる夷狄どもを追い払うと約束し、勝負に臨んだ。それがしもそれを承諾した」
「その通りだが、不満なのか? もっとたくさんご褒美が欲しいとか?」
「そんなことはないが不満ではある。貴様が勝った時の条件がまだ提示されていない」
ん。
そういえばそうか?
「貴様にとっては飲みがたい条件を飲む以上、こちらも同じだけの条件を課さなければ不公平だ。それがしはシンマのサムライ。卑怯な勝負など絶対にせぬ!」
なるほど勝負は公平で行きたいと。
僕らに負担を強いるなら、自分たちも相応の負担を背負わねば公平でないというわけか。
それは見上げた潔さだが、しかし……。
「安心しろ。僕は端からお前なんぞに期待していない」
「何だと!? どういう意味だ!?」
「仮にここで『僕が勝ったらフェニーチェ排斥派は解散する』とでも条件を出すとしよう。それをお前に実行できるのか? 排斥派の主体はどうせ四天王家の当主どもといったところだろう。その息子の、使いっ走りに過ぎないお前に、それだけの重大事を一人で決める権限があるのかと聞いているんだ」
それは図星を突いていたようで、タチカゼは顔を真っ赤にしながらフルフルと震えていた。
「ならば……、何故それがしに勝負をもちかけた? 負ければ致命的、勝っても得るものが何もないこの勝負を……!?」
「今回はちょっとした挨拶代わりだ、少しだけ知ってもらおうと思ってな」
「知る? 何を……!?」
「自分の身の程を」
徹底抗戦を唱えるのはいい。
しかしそれならば、最低限でも自分の実力をよくよく把握していることが必須だ。
いくさになっても勝つことができる。
その確信を持てる程度の実力を、キッチリ備えているのか?
「人は案外自分自身がわからないものだ。他人と比べて初めて自分がどの位置にいるか確認できる」
シンマ王国が出来てより百年。その間一度も戦乱起きることがなく、かつての武勇名高き四天王家もその実力を示す機会はなかったろう。
「なので今、僕がお前たちの物差しになってやる。僕との戦いで学び、本物のいくさを知らない連中に伝えてやるがいい。お前たちの行おうとしていることが、いかに自分の身の丈に合わぬことであるかを。自分たちがいかに無謀であるかを」
それを僕の強さを通して……。
「お前たちに知ってほしいのさ」
同時に、どこかからプツンと切れる音が鳴った。
「なるほど……! 貴様こそいい気になりすぎているようだな……!!」
それはタチカゼの鳴らした音だった。
「いにしえに滅びた雷剣を復活させた功は認めよう。……しかし、それのみを元に誉めそやされ、シンマ王から雷領主などに引き立てられ、生まれの卑しい下級武士がのぼせ上がって己の分際を忘れたか!!」
「ほう、怒ったか」
「これが怒らずにおれようか!! いいだろう、ならばこちらこそお前に教えてやる! 建国より百年、シンマ王家に従ってきた我ら四天王家と、昨日今日取り立てられたばかりの俄か領主に過ぎぬ貴様との絶対的差をな!!」
それでは試合開始と行きますか。