51 決闘裁判
「何!?」
僕の申し出に、タチカゼは眉を吊り上げた。
「戦い……、だと!? しかし何故……!?」
「さっきから何度もそう言う話になっていたじゃないか。お前は僕のことが気に入らないんだろう? 僕は別にそうでもないが。やはり小バエがブンブン飛び回るのは耳障りだ」
「貴様ァ! このヤマウチ=タチカゼを小バエ呼ばわりだとォ!?」
『また挑発的なこと言って……!』と、クロユリ、ルクレシェアが向こうで呆れていた。
「揉めた時には仕合いで白黒ハッキリつける。シンマ王国の慣例だ。何しろシンマは武士の国だからな」
「oh!! サムライ、ハラキリ! フジヤマデース!!」
何故かジュディが僕の言葉に超反応。
「そもそもお前がフェニーチェを討ち払いたいというなら、ハッキリ見せてもらおうじゃないか」
「何ッ!? 見せるとは、何をだ!?」
「お前らに、フェニーチェを敵に回して勝てるだけの強さがあるということを、だ」
勝てない相手に挑むほど馬鹿なことはない。
「であるからには、当然お前も強いのだろう? 少なくともいくさを避けて、和平を目指す僕よりはな。弱腰と罵る相手に無様に負けては、いくさなど語る資格は最初からない」
「……なるほど、そういうことか」
タチカゼの瞳に暴力的な光が宿る。
「よかろう、一戦にて貴様を叩き砕き、我が強さを証明してくれようではないか。そして証明できた時は、我が論の正しさをも認めるというわけだな?」
フェニーチェを追い出せと言うことか。
「いいだろう。仕合い、お前が僕に勝て家なら。シンマ王家は四天王家の意を受け入れ、フェニーチェ法国とのいくさに踏み切ろう」
「ユキムラ……ッ!?」
「それはあまりに……ッ!?」
慌てて制止しようとしてきたクロユリ姫とルクレシェアを手振りだけで制する。
「面白いではないか」
僕とタチカゼの間で、バチバチと火花が散った。
「それがしも貴様に、四天王家が代々受け継いできた本物の『天下六剣』を見せつけてやりたいと思っていた。貴様の復活させた雷剣など、歴史も積まぬ赤子のごとき剣にすぎぬとな。それを思い知らせてやる」
「oh! これは面白いことになってきたネー!」
外野でジュディが嬉しそうに跳ねる。
跳躍に合わせてボインボインと胸も揺れる。
「これはやっぱり、『命剣』上位モデルの観察を行う絶好チャンスね! 計器類、記録装置を総動員で観戦するネーッ!?」
「いや貴様、はしゃいでいる場合じゃないんだぞ? もしもユキムラが負けてしまったら、我々とシンマ王国は完全に手切れとなってしまうんだぞ!」
さすがに法王令嬢のルクレシェアは心配もひとしおだが、ジュディはあんまり関係ない態度。
「じゃあ、ミーはタチカゼさんの応援をするネ!!」
「「「「えッ!?」」」」
あんまりどころか、まったく関係なさそう!?
「だってルクレシェア様とクロユリ様は、そっちのユキムラさんの応援をするですよネー?」
「そりゃ、まあ……!」
「我々はユキムラの妻だからな、どんな立場であっても夫の側に付くものだ」
照れ半分で、貫く意志を見せるクロユリとルクレシェア。
そこまで思ってくれる僕としても嬉しいやら恥ずかしいやらだが……!
「だったら、ミーがタチカゼさんの応援をしてあげないと不公平デース! ユキムラさんにルクレシェア様とクロユリ様! タチカゼさんにはミー! これでフィフティフィフティのフェアプレイですネー!?」
そうなるの!?
「安心してくださいネー! タチカゼさん! 向こうは二人、こっちは一人でも、ミーが二人分の声援を送ってみせますネー!」
「いやあの……! そうなのか……!?」
「だから本番では、データ提供お願いいたしますネー!!」
「ほんばん!?」
ジュディの迫力に押され気味のタチカゼ。
と言うかその語句に反応するな。
「じゃ、今すぐ始めるというのも風情がないから仕合いは明日にするか。その間ここでの滞在場所を用意してやるから、じっくり準備をしておくといい」
「よかろう、仕合の場所が決まったら知らせるがいい」
タチカゼは踵を返して去ろうとしたが、それを僕が引き留めた。
「おい、いいことを教えてやる」
「ん?」
まだ何か? とばかりに振り返るタチカゼに、僕は言い放った。
クロユリ姫とルクレシェア、二人を両腕に抱き寄せて。
「僕は勝負の前に、この二人で五回抜いてくるぞ」
「「ええええええええええええッッ!?」」
「はああああああぁぁぁ~~~~~~~~ッッ!?」
その宣言に、僕の腕の中にいる彼女たちも敵対するタチカゼも驚天動地。。
「ききき、貴様! 一体何を言っているのだ!? 神聖なるサムライの立ち合いの直前に、そんなふしだらなことを!? それがしを侮辱しているのか!?」
今にも鼻血を出さんばかりの勢いで、タチカゼは僕に食って掛かる。
思った通り、コイツかなりの純情だ。
「侮辱? 違うよむしろ逆だ。お前を気遣っているのさ」
「何をバカな、勝負の前に色事など、神聖なる剣儀を愚弄するばかりか、気が漏れて力が入らなく……、はッ!?」
その通り。
「こっちの気力が充溢していたら、勢い余ってお前を殺しちゃうかもしれないだろ? だから勝負の前に気を漏らして、調節しておくのさ」
「それがしを、侮辱するばかりでなく雑魚扱いするか……!? よかろう、だったら! 貴様が五回気を漏らすというなら、こちらは十回抜いてやる! それで対等になるであろうよ!!」
「ほう、それは凄い。十回も誰が相手をしてくれるんだ?」
そう指摘した瞬間、タチカゼはピシリと固まった。
「まあ別に不可能ではないが、一人でやるのは寂しいぞ。逆に鬱屈の気が溜まりかねん。しかもそれを十回か。ご苦労様になりそうだな」
「ねーねー、ねーねーネー!」
ジュディが、僕らの周りをうろつきだす。
「さっきから何の話しているネ? 抜くとか漏らすとか、ミーの知識にはない会話ネ?」
「煩いわぁッ!! 女子供は知らんでいい会話だ! 忘れろ!」
そしてタチカゼは逃げるように走り去っていった。
「あっ、待ってネ! ミーはわからないことがあったら解き明かさずにはいられないマインド! 教えてくれるまで離さないデース!」
そのタチカゼを追って、ジュディも行ってしまった。
その場には、最初と同じ僕とクロユリとルクレシェアだけが残った。
「あわわわわわ……!」
「あのあのあのあの……!」
僕が手を離しても、二人の顔は真っ赤に茹で上がっていた。
「ユ、ユキムラ! ユキムラララララララ!?」
「今のは一体どういう……!?」
今にも服を脱ぎそうになっている彼女らへ、僕は冷静に言った。
「揺さぶり、見事に成功したな」
「へ?」「揺さぶり?」
あのタチカゼとか言う小僧。若いのにあの頭の固さでいかにも童貞臭かったから、こういう方向の揺さぶりが効くと思ったら、ドンピシャだった。
「いくさは、すると決めた時から始まっている。火蓋が切られるその時まで健やかに過ごさせていいものか」
だから僕はあんなハッタリをかまし、生真面目なタチカゼの芯を大きく揺さぶったというわけだった。
「これでタチカゼの心は明日まで乱れたままだろうし、上手く行けば本当に十回抜いてヘロヘロになってくるかもしれん。そうしたらしめたものだ」
「え……?」「じゃあ、私たちの五回は……?」
「何言ってるんです? 男は勝負の前に、気を漏らさず充溢しておかないと。本来ならいくさの前は女体を遠ざけておくのが常ですよ」
まあ、今回は生き死にを懸けるほどのものにもならないだろうし、そこまで気を張る必要もないがな。
明日は、平和に慣れきったお坊ちゃんに見せてやろうではないか。
百年前にあった本物のいくさの、その片鱗を。
「…………!」
「…………ッッ!!」
何故かその後、クロユリ姫とルクレシェアの二人からポカポカ殴られた。