50 ご歓談
「ユキムラッ!」
「ユキムラ殿ッ!!」
クロユリ姫とルクレシェアが、僕たちのいる場所を見つけて駆け付けた時には、宴もたけなわだった。
「……どうッ!? タチカゼかジュディさん、いた!?」
「城壁の内側をくまなく探し回ってもいなかったぞアイツら……! クソッ! 一体どこへ行ったのやら!?」
そう悪態をつく彼女らに、僕は無言で指をさし示した。
そこにはお目当ての二人組。
タチカゼが己の生まれたヤマウチ家――、かつて風州を治めた風公一族の武勇譚を朗々と語り、ジュディは喜々として耳を傾けている。
「その時! 当時の風公カゼトヨ様はこう仰られた!」
「頑張れー! 風公カゼトヨ様頑張るネーッ!! 雷公ユキムラなんかに負けるなデース!!」
なんかノリがちょっと違うものになってきてるんですけど。
ちなみにだが、あのタチカゼの祖先にあたる風公カゼトヨは、戦乱末期の人物でちょうど僕の前世――、雷公ユキムラと同時代を生きていた。
ぶっちゃけ面識がある。
雷公ユキムラの最期に、ヤスユキと共に僕を袋叩きにした大公の一人で。彼が下した『影州に降伏する』という決断によって今のヤマウチ家があると言っていい。
その後風公の家系は、初代シンマ王ヤスユキからヤマウチ姓を賜り、四天王家の一つとして繁栄を迎える。
彼らが元々領有していた風州を風領と改めて、そのまま統治することも認められて上手く動乱期を乗り越えられたと評価していいのだろう。
その末が、今あそこにいるヤマウチ=タチカゼへと続くのだが……。
「頑張れー! カゼトヨ様、頑張るデース!!」
「もっとだー! もっとカゼトヨ様に声援を送るのだー!!」
何のノリになっているんだアレ!?
「我々の知らないうちに、わけがわからない方向に話が進んでいるな……!」
「二人を絶対に出会わせちゃいけないって大騒ぎしていたのは一体何だったのよ? もう走り回り損じゃない……!」
ヘナヘナ崩れ落ちる二人。
きっとタチカゼもしくはジュディを探して相当駆け回ったのだろう。骨折り損をさせてしまったな……!
「……あっ、そうだユキムラ! 探索中にね、花壇を作ってる人に会ったのよ!!」
「早ければ秋ごろには満開の花が咲くそうだ! 種を分けてもらったから、我々の家の周りにも植えよう!!」
…………。
僕は右手左手で、それぞれの頭を握って、ギリギリ力を入れた。
「あだだだだだだだだだッッ!?」
「御免なさい! 本当は遊んでました! ヤツらを探すのそっちのけで世間話に興じていました!!」
認めたのなら許そう。
まあ、問題の核心であるアイツらがあんなに和やかなのだから、そこまで目くじら立てなくてもいいか。
「……と、言うわけで、ヤマウチ家八代目当主となられた我が父ナツカゼは英邁にして豪勇。他の四天王家を引っ張り、シンマ王ユキマス陛下に直訴したというわけだ」
「わーい! パパ上頑張れネー!」
あれ、もう話が現代に入ってる。
さすが『疾きこと風の如し』のヤマウチ家。話の展開も早いなあ。
「我が父は、ユキマス陛下に対してこう仰られたのだ! 『シンマ王国は聖地にて、夷狄の土足に踏み荒らされてはならぬ。弱腰にならず、真っ向から戦って討ち滅ぼすべし』と! だからそれがしは父の意を受け、この雷領にやって来て……」
そこでハタと気づくタチカゼ。
「馴れ馴れしいわ貴様ァーーーーッッ!!」
「きゃああーーーーーーッ!?」
そして突然の激昂。
その迫力に驚いて、ジュディはまたしても尻餅をついた。
「いたたたたた……! だから突然興奮するの禁止ネー!! ミーのお尻はルクレシェア様やクロユリ様ほど大きくないからクッション機能はないって言ってるデース!!」
「あ?」「あぁ?」
「って、いつの間にか本人たちがいましたネーッ!?」
口は禍の元。
そしてタチカゼは怒りに震えていた。
「……何と言う姑息、何と言う卑劣。それがしの当家を愛する心に付け込んで、取り入ろうとするとは……!」
いや、そもそもヤマウチ家の歴史を語り出したのはお前が率先してやったことじゃ……!
「やはりフェニーチェ人とは因循姑息、このシンマ王国に侵入してくる前に討ち果たさねばならぬ!」
「なッ!?」
「ちょっと待ちなさい! アナタだってあんなに楽しそうにお話していたじゃないの!?」
とルクレシェア、クロユリの両名が慌てて止めに入る。
「口出し無用! それこそフェニーチェ人の策! 油断させて相手の隙を突く算段だろう! そんな稚拙な手口に引っかかるヤマウチ=タチカゼではないぞ!?」
「完全に引っかかりかけてたじゃない!?」
たしかにそうだ。
しかし聞く耳持たなくなったタチカゼはもはや止まらない。
「クロユリ姫! ちょうど今アナタが現れたのはまさに僥倖! 先ほど頂けなかったお返事を今こそ頂きたい!!」
「!?」
迫ってくるタチカゼに、のけぞるクロユリ姫。
「夷狄討ち払うべしとの御命令を! これよりシンマは、みずからの聖地を外敵より守る戦争へと突入する! その号令は是非とも、王族であるアナタに発していただきたく!!」
「も、もし断れば……!?」
「その時は致し方なく。みずからの意志でみずからの天命に従うのみ!!」
要は勝手にフェニーチェを攻撃するってことか……。
あのままジュディのノリにほだされれば、それが一番面倒なくていいと思っていたが、さすがにそんな簡単にはいかないか。
これは、このまま捨て置けない重大な問題だ。
フェニーチェ法国の接近に不満を持っているシンマ人は、今目の前にいるタチカゼだけではなく、相当数いるはずだ。
数だけでなく、一定の権力を持った者たちもその中に入り、一大勢力を成している。
タチカゼは、その急先鋒として雷領に入ってきたと見るべきだろう。
だからここでタチカゼの扱いを誤れば、シンマ国内の反フェニーチェ勢力を御しきれなくなる可能性すら出てくる。
ここからの判断に、命運がかかっていると考えるべきだった。
だから僕は、言った。
「よし、わかった」
その僕の一言に、そこにいる全員の視線が向いた。
「どうしたのユキムラ?」
「何がわかったと言うのだ?」
不安がるクロユチ姫、ルクレシェアを一瞥してから、僕はタチカゼに向けて言った。
「お前、僕と戦ってみるか?」
挑戦を受ける強者の態度で。