48 野の貴人
「待って! ちょっと待って! とにかく落ち着いて考えてみようって、言ってる間に既にいない!?」
ジュディの姿は、既に影も形もなくなっていた。
「ジュディさん走り去って行っちゃったわよ!?」
「まったくあの暴走娘が! 異国に渡ってきてなお駆け回ることしかできないのか!?」
クロユリ姫もルクレシェアも大慌て。
彼女がこのままタチカゼに遭遇してしまったら、どういうことになるか火を見るより明らかだからだ。
「と、とにかく最悪の事態は阻止しなければ! ジュディを追うぞ! そしてタチカゼと会う前に捕まえる!!」
「す、すまぬユキムラ殿。我が国のアホが多大なご迷惑を……!」
ルクレシェアは実に申し訳なさそうだが、反省はあとだ。
まずは何としてもジュディを確保しなければ!
「ねえユキムラ……! 思ったんだけれどジュディさんは、タチカゼに会いに行ったのよね?」
「去り際の言葉を信じれば、そうなりますが」
クロユリ姫が、何か考えていることがあるようだ。
「でもあの子……、タチカゼがどこにいるのか知っているのかしら? というかわたくしたちも、彼が今どこにいるのか知らない……!!」
あ。
そういえば。
風のごとく唐突に現れたタチカゼだけど、去る時も唐突だった。
しかも去り際、いかにもまた来る気満々だったようなセリフを。
「彼のヤマウチ家は、四天王家のうち風領を治める家系。風領は、ここ雷領からはかなり離れているわ。船を使っても一日二日じゃとても往復できない……!」
「つまりまだこの辺にいる可能性が高いということだな……!?」
「それならジュディさんよりもタチカゼを探した方が早くないかしら? たぶん彼女はタチカゼを探して駆け回っているだろうし。それを差し引いても、タチカゼをこのまま放置しておくのはいいことじゃないと思うわ!」
たしかに、ヤツが今日ここに来た動機の不穏さを思えば……!
ジュディのインパクトですっかり霞んでしまったけれど、タチカゼの動向は場合によっては雷領の存続に関わり、シンマ王国とフェニーチェ法国との平和を打ち崩しかねない危険なものだ。
「わかった……! タチカゼとジュディの両方を探しつつ、先に見つけた方を確保。両者が出会うことだけは絶対に避ける。その方針でいいな?」
「わかったわ!」
「承知した!」
人数いるんだから、ここは手分けして探すのが上策だろう。
僕たちは、示し合わせて別方向へと駆け出した。
ああもう、今日は大変な一日になりそうだ!!
* * *
で。
早速ですがタチカゼを見つけました。
この野郎、僕たちが都市建設を進めている城壁の外で野営などしていやがった。
「……何やってるんだよ、お前は?」
「貴様ごときに話す義理はないな」
などと言いつつ、起こした焚き火の番などしてやがる。
「……それがしは、シンマ王家の惰弱を正すためにここへ来た。汚らわしき夷狄を討ち払い、シンマの地に再び誇りを取り戻す。その決定をシンマ王家に下していただくため」
やっぱり話すんじゃねーか。
「ゆえに、その御決断を頂くまで、それがしは帰ることは出来ぬ。こうして傍に控え続けるのみ」
「そういうことなら、一言言ってくれれば滞在場所ぐらい用意するのに……!」
相手はシンマ国内でシンマ王家に次ぐ最高実力者、四天王家の一。
さすがに粗略な扱いはできない。
「見縊るでない! この下級武士が!!」
とか思っていたら、タチカゼからの怒号が僕へ向けて飛んできた。
「このヤマウチ=タチカゼ! 誇りある四天王家の一人として、下級武士の成り上がり領主の世話になどなるものか!!」
ああ。
なんか僕のことを目の敵にしていると思ったらそういうことか。
「今は夷狄の排斥が急務ゆえおざなりとしてあるが、我ら四天王家は貴様のことなど断じて認めぬ! 百年も放置されてきた雷州を雷領と改めて統治する。それだけならばまだいいが、統治者として選ばれたのが貴様のごとき下級武士とは!」
雷領の領主ともなれば、その位は風林火山の領地を統治する四天王家と同格。
つい最近まで下級武士として最下層にあったヤツが、いきなり最上級に上られては、元々頂点にいた連中はさぞかし居心地悪くなるだろう。
気持ちはわからんでもないが……。
「僕が雷領の領主に抜擢されたのは、フェニーチェ法国への対応を考えてのこと。緊急的処置と受け止めていただければよかろう」
そう思えば腹も立つまい、程度の意味合いだが。
「ならばなおさら我慢ならん!! 夷狄など、我らヤマウチ家に任せていただければたちどころに討ち滅ぼしてくれように!! 何故貴様のような下級武士が抜擢される!?」
そんなことさせないために僕にお鉢が回ってきたんだろうが。
「やはりダメだな四天王家は。血の気が多いばかりでまるで情勢が見えていない。お前たちなどに任せていては、それこそ亡国の憂き目に会いかねん」
「こんなところにまで来てケンカを売りに来たというわけか下級武士」
タチカゼが、焚き火の前から立ち上がり、こちらを向く。
「ならばよかろう。夷狄の前に貴様を血祭りにあげてくれる。貴様を葬れば、シンマ王家の判断力も正しいものに回復しよう……!」
ヒトを佞臣扱いか。
僕がユキマス王やクロユリ姫にあることないこと吹き込んで、フェニーチェとの和平に導いているとでも思っているのか?
「つべこべ言わずにかかって来いよ。自分の実力ってものを知れば、無謀な考えも自然と引っ込むだろう」
「下級武士こそ己の分際を知るがいい。シンマ王国の始まりより続く四天王家の力、ポッと出のお前にとくと味あわせてやる!!」
結局僕とコイツが出会えばこうなるしかなくなるのか。
さっき会った時はジュディの乱入でお流れになった対決が、再びくすぶり始める。
そして……!
「いたネーッ!? ついに見つけたネー!!」
またしてもジュディの乱入でお流れになった。