45 欲求炸裂ガール
「ジュディッ!? 貴様は、自分が何しにシンマ王国へ来たのかわかっているのか!?」
「『命剣』の研究をするためネー!」
「それは貴様の願望だろう!?」
正解は、『シンマ王国で集めた情報を、フェニーチェ法国に持ち帰ること』でした。
話を聞くに、フェニーチェ法王はジュディのことを、新使節団の先遣者として送り込んできたらしい。
音信の途絶えた、第一次使節団。遠き異国がどういう状況になっているのかわからないまま、拙速に次の使節団を送るのはたしかに危険だ。
少数の人員を先んじて派遣し、状況を探るのは手順として間違っていない。
そのために送り込まれたのが、このジュディだというなら。とにかく手順は間違っていなくても人選は大間違いだったということか。
「先遣者なんてただの建前ネー! ミーの目的は、何よりも『命剣』を研究すること! 夢にまで見たシンマキングダムへ上陸した今、ミーを阻めるものは何もないデース!」
「だから! それをやるにはシンマ王国との合意が必要不可欠だと言っているんだ! そのために我々は苦労して交渉しているのであって、お前一人が手順を破るなど許されるわけがあるか!!」
ルクレシェアの苦労が忍ばれるこのやり取り。
……しかし、『苦労して交渉してる』って言ってもその割にルクレシェアがこれまでしてきたこと……。『やらかしてきたこと』ばかりで釈然としないというか……!
「フェニーチェの人たちって、もしかして外交ベタばっかりなんじゃ……!?」
クロユリ姫のボソリと呟く一言に、擁護の反論もできなかった。
「ルクレシェア様、大丈夫ネー! シンマキングダムはきっといい人ばっかりデース! 誠意をもってプリーズしたら、きっと気前よく『命剣』を見せてくれるネー!!」
「……いや、あのな? こう言ってはなんだけど既に我ら、もうかなり先方の気前のよさに助けられているのだ。これ以上あちらの善意に期待するのは、いくらなんでも甘え過ぎというか。こちらの良識を疑われるというか……!」
ああ。
ルクレシェアってば、一応これまでのこと後ろめたく思っていたのか。
まあ、だからこそ率先して雷領の都市開発に協力してきたんだろうなあ。
「もう、ルクレシェアったら!」
クロユリ姫がルクレシェアにベッタリ抱きついた。
「そんなふうに思っていたなんて、水くさいじゃない……! 大丈夫よ。わたくしたちは同じ、ユキムラの妻でしょう?」
「いやっ、貴公と我の間ではそうでも、フェニーチェ、シンマの二国間では、もっとドライな関係でなくては……! クロユリ! 頭を撫でないで……! お尻も撫でないでッ!?」
すっかり仲が良いなあの二人。
「oh my god!! さすがルクレシェア様! シンマの人とそんなに仲良しになれたネ!? ならばフレンズに『命剣』を見せてくれることぐらいお安い御用ネー!?」
「ダメです」
「ホワッツ!?」
クロユリ姫の笑顔の拒絶に、ジュディ当惑。
「ルクレシェアは大切なお友だちだからこそ、彼女の嫌がることはできないわ。ルクレシェアは、キッチリ外交手続きに則って、シンマ王国から『命剣』の情報を提供してもらおうと頑張っている、その努力を尊重するためにも。コネで正式な手順を打ち壊すのはダメダメよ!」
「オーノ―! このレディ、美人のくせにシブチンですネー! どうしてもダメ?」
「ダメよ」
「こんなにお願いしても?」
「ダメダメ」
「…………お姉さん目尻にシワができかけてるネ?」
「ひぃッ!? ウソつかないでよ!? あれでしょう? 『ところでいい乳液があるネ?』とか言って取引するつもりでしょう!? その手には乗らないわ! 『命剣』の秘密は絶対漏らさないわよ!!」
「……ところでいい乳液があるネ?」
クロユリ姫は頑なに拒否するものの、ジュディは執拗だった。
『研究になると他のことは何も目に入らない』というルクレシェアの評もあながち間違いではないようで、むしろ他は何も目が入らない分だけ視界の中にあるものへ執着は人一倍だ。
「うぅ……! 手強いわね、このおっぱい娘……! 気を抜くと、その質量と圧力と弾力に押し負けそう……!!」
「すまぬクロユリ……! ウチの国の研究バカが迷惑をかけて……!」
「いいのよルクレシェア。フェニーチェは、アナタの生まれた国だもの。友だちの国をもう憎むことなんてできないわ」
と、相変わらずクロユリとルクレシェアは仲がいい。
「ほえー、ルクレシェア様、現地の人とフレンズになるのが上手いネー? どうやってそんなに仲良くなったネ?」
まあ、シンマに渡る前のルクレシェアを知る者にとっては不可思議極まることなのかもしれない。
「……フッ、知りたいか? 我とクロユリは、同じ殿方の妻となる。それゆえに固い絆で結ばれるのだ!!」
「やだ、ルクレシェあったらそんなにキッパリ……! 恥ずかしいわ……!」
クロユリ姫とルクレシェア。二人の視線が同時にこちらを向いた。
やめて二人とも僕を見ないで。
誰から見てもそうとわかる恋する乙女の視線を向けないで!!
「えぇ~? あれも『命剣』の上位モデルを持ってる人ネ? あの人に二人がフォーリンラブ!? ……閃いたネ!!」
やめろよ!?
何ロクでもないこと思いついたんだよ!?
「ミーもアナタのお嫁さんになるネー! そうすればアナタの『命剣』調べ放題デース!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃッッ!?」
見たこともない大きなおっぱいが壁のようにこちらに迫ってくる。
「アナター! おっぱい見せてあげる代わりに『命剣』見せてほしいネー!!」
と無邪気かつ強欲に駆け寄ってくるジュディが……。
ピタリと止まった。
「ヒィッ!?」
その喉元に『命剣』がピタリと添えられたので。
黒く鋭い、影の『命剣』。
「そんな気軽な思いでわたくしたちの旦那様に……」
「言い寄れると思っていたのか?」
しかも二振り。
二つの影剣が、左右からジュディの細い首筋を挟み込んでいた。
まるで鋏のように。
一振りはもちろんクロユリ姫が持っていて……。
もう一振りはルクレシェアが持っていた。
一体どういうことだ!?