44 男子とガール
「黙って聞いていれば勝手なことばかりほざきおって! 誰がいつ、貴様らに『命剣』を渡すなどと言った!? 『命剣』はシンマの宝、サムライの命そのもの! 貴様らごとき異国人が軽々しく触れていいものではない!!」
「ノー? けちんぼネー!?」
軽快なジュディがタチカゼへ向かう。
「それに『渡せ』なんて言ってないデース! 『見せて』とお願いしてるネー! ユーの長くて硬くて立派なモノを、ミーにじっくりたっぷり調べさせてほしいデース!」
「んななあああああああああああああああああああああああッッ!?」
何を妄想したのか、顔を真っ赤にして後ずさるタチカゼ。
満を持し、敵地に攻め込むような勢いで現れた彼だが、今ではもうすっかりあとから現れたジュディに飲み込まれ気味だ。
「何と破廉恥な!? 異国の女というのは誰も彼もこんなに恥じらいを知らぬのか!?」
「いわれなき中傷!?」
同じフェニーチェレディとしてルクレシェアが困惑した。
「お願いするデース! 頭を下げてお頼みしますネー! 研究することがミーの生き甲斐デース!!」
縋るように抱きつき、その身をグイグイとタチカゼに押し付けるジュディ。
その瞬間気づいたが、ジュディの体つきは、元々豊満な傾向のあるフェニーチェ人の中でも一際豪快で、おっぱいなど、割かし豊満なルクレシェア、クロユリ姫と比べてもその比ではない。
そんな怪物級のおっぱいをタチカゼに押し付けるたび「むにゅむにゅ」と音が聞こえてきそうだ。
「ひっ、ひっ、ぬががああああぁぁぁぁぁ~~~ッッ!?」
「きゃあ! ネッ!?」
暴発したタチカゼに押し飛ばされて、ジュディが軽く尻もちをつく。
「ええい! 色仕掛けとは小癪な! 義にもとり信に欠けた行い、だから異国人は受け入れられぬというのだ!」
「えぇ~? ミーは誠心誠意込めてるネー?」
本人は恐らくそのつもりだろうが、この二人、気持ちの噛み合わなさがハンパない。
「とにかくそれがしは、異国人をすべてシンマの国土から叩きだすべきと考える。これは四天王家の総意と取ってもらってもよい! シンマ王家より承諾なくとも、この国のために、それがしは先祖より受け継いだ剣を振るう!」
「そんなことより研究させてほしいネー!!」
ジュディが抱きつく。
タチカゼが乙女のような悲鳴を上げる。
さっきからその繰り返しだった。
「きょ、今日のところはこれにて引き上げさせてもらう! クロユリ姫、今度窺う時、アナタからシンマ王家の正式な決断を聞かせていただく! アナタがシンマ王家の真の誇りを知りうる人であると、願うことや切である!!」
「あー! 待って待って! ダルマさんがローリングー!!」
ジュディの制止も振り切り、スタコラと足早に去っていくタチカゼだった。
現れた時は暴風のようだったが、去る時も風のように去っていく男だった。
「……逃げたな」
「逃げたわね」
「あれは完全無欠に居づらくなって逃げたな」
あとに残された僕、クロユリ姫、ルクレシェアの意見が驚くほどに一致した。
まあ、誰が見てもそう思える様子だったからな。
「ああん……、逃げられてしまったネー……!」
途中までタチカゼを追いかけていったジュディ。
途中で振り切られたのか、寂しげにトボトボ戻ってきた。
「勝手なマネをするなジュディ! というか勝手なマネしかしていない貴様!!」
そんなジュディに、ルクレシェアは怒り心頭だった。
立場的にも彼女を叱れるのは彼女だけなので、ここは一つ頑張ってほしい。
「まったく貴様は……、自分が何をしに来たのかわかっているのか?」
「研究ネー!」
「違うわ! フェニーチェ特使の先遣者として、我の安否をたしかめに来たのだろう?」
そう言えばそういう話だった。
彼女の印象がアレすぎて、すっかりどうでもいい話になってしまっていたが、彼女はついにやって来たフェニーチェ法国の特使。
彼女がいかなる方針をフェニーチェ本国から持ってきたかで、こちらの取るべき判断も変わる。
ここは慎重に動かなければ……!
「待てユキムラ殿、話を急いてはいけない」
ルクレシェアから諭される。
「コイツは、みずからを先遣者だと言った。つまりジュディは、主体となる新交渉団より先にやってきて、情報収集などを目的にした先触れなのだ」
「下調べもせずに踏み込むなんて、危ないものね」
クロユリ姫が補足説明する。
「だからコイツと話しあっても無意味なことだ。二重の意味で」
権力的にも、性格的にも、ってことですか。
「とりあえずジュディ、貴様いつシンマ王国に辿りついたのだ? ここまで来た手段は?」
「フェニーチェ法国最新モデルの高速艇でやって来ましたネー! この拠点基地のことは知っていたから、そこを目指して。到着して、その辺にいたフェニーチェ人から、ルクレシェア様がここにおられるって聞いたデース!」
それで真っ直ぐここまで来たというわけか。
その時ちょうどタチカゼが襲来していた、というのは何とも絶妙な偶然だが。
「……その高速艇のモナド動力機関には、まだ魔力は残っているのだな?」
「もちろんネー! でないとフェニーチェに帰れないデース!!」
「よし」
ルクレシェアは表情を引き締めた。
「ジュディ、少し待っていろ。我から父上に宛てて手紙をしたためる」
「メールですネー?」
ルクレシェアのお父さんというのは、つまりフェニーチェ法王。
「現在の我の置かれた状況、シンマ王国の情勢。それらを鑑みて、どう動くべきかという我の所見を書き記しておく。ジュディ、お前はそれを持ってすぐさまフェニーチェ法国に戻り、手紙を父上へ届けるのだ!」
その手紙を読ませ、前線での状況を事細かに伝えた上で、フェニーチェ法国全体としての判断を仰ぎ直そうということか。
「ルクレシェア、すまないがその手紙は検閲させてもらうぞ」
「もちろんだ、ユキムラ殿の妻となるこの我、夫に隠し事などしない! 頼むぞジュディ。手紙が書き終わり次第、すぐさまフェニーチェへ飛び帰ってくれ!!」
「嫌ですネー!」
「おいッッ!?」
既に一筋縄ではいかない事態になっていた。