42 一番風
四天王家……!?
「四天王家と言えばたしか……!?」
シンマ王国の成立以前に並び立っていた風、林、火、山、影、雷の六州。
そのうちの影州が天下統一してシンマ王家となり、雷州を除いた残り四州は王者に屈し、その臣下となった。
そしてそれら州の長たちは、シンマ王家からもっとも位の高い重臣として血統の継続を保証した。
それが四天王家。
かつて風林火山の州を支配した大公の子孫。
「ヤマウチ家は四天王家の一つ、風剣を代々継承する一族よ。覚えておけ下級武士」
心身共にやたら角ばった巨漢は、僕に向けてそう言った。
「大いに活きが良いようだが、生まれの卑しさを弁えるのだな。気まぐれに息を吹き返した雷剣など、百年の歴史を積み重ねてきた真なる『天下五剣』には及ばぬ」
現れていきなりケンカ腰とは、僕が上級武士にどう思われているかを示すいい一例だな。
「その四天王家のお一人が、こんなところに何の用事です?」
「そうよ! タチカゼ殿!」
まあシンマ王女であるからには相手と面識はあるだろう。クロユリ姫が色を成した。
「かつて雷州と呼ばれたこの地は、シンマ王国が出来てより百年、誰も住まわぬ無主の地でした。しかし今はこのユキムラが領主となり、雷領として、アナタ方四天王家が治める風領、林領、火領、山領と並びます。そこへ事前の伺いもなく、殴り込みのように訪問するなど無礼千万ではないですか!!」
「雷領……! 我らは不満なのですよ王女。その雷領という存在そのものが」
オオカミの唸り声のように言うタチカゼ。
本来主家であり目上の人間であるクロユリ姫に対し、敵愾心を剥き出しだ。
「我ら、というのは……?」
「無論、我がヤマウチ家を含む四天王家全部」
ヤマウチ家。
モウリ家。
ナベシマ家。
カトウ家。
それら四つを合わせて風林火山の四天王家。
「我が親父殿を含めた四家の当主たちは、こぞって現君ユキマス陛下に抗議申し上げた。シンマ王国は武者の国、その武者が振るう『命剣』はシンマの命。それを狙うフェニーチェ法国なる夷狄を討ち払わぬは、このシンマ王国を建て栄させし祖先への冒涜であると!」
『あのバカどもの血の気の多さ』
かつてユキマス陛下が仰られていた言葉が甦る。
「初代ヤスユキ王の御世より、シンマ王家に忠誠を捧げると誓った四天王家。シンマの敵を倒すために死ねと命じられれば喜んで死に砕けましょう。……しかし! 王家が勇猛を失い日和見に走ったのであれば、もはやそんな腰砕けの臆病者に捧げる忠誠などない!」
そこまで言うか。
主たるシンマ王家を悪しざまに。
「王家が外敵を討たぬというのであれば、代わって祖国を守るは四天王家の務め! よってこのヤマウチ家の息、タチカゼが、まずは四天王家を代表し当地にまかり越した。王家の存念をたしかめんとて!」
「王家の存念を……」
「たしかめる……?」
その言葉の響きに、いやなものを感じた。
「いかに弱腰とて、百年に渡って仕えてきたシンマ王家。そうそう見捨てるわけには行かぬ。よってこの雷領に住まわれるクロユリ姫に確認したい。神国シンマを踏み荒らす外敵、討ち払うべきか、否か!?」
「ひっ!?」
いきなり聞かれて、クロユリ姫は怯む。
「老い萎えしユキマス陛下はともかく、若く壮健なアナタであれば、国難を憂い外敵を打ち砕く判断を現場にて下していただけましょう。英断くださればこのタチカゼ、喜んで姫に従い先陣を切らせていただく!」
「もし、違う判断を下せば……?」
恐る恐る尋ねるクロユリ姫に、タチカゼは即答した。
「心苦しいことながら、シンマ王家にもはや国を率いる気概なしと見なし、みずからの決意によって国のための行動に出る!」
耳障りのいい言い方をしているが、要するにこの地域にいるフェニーチェ人を無差別攻撃するということか。
「血気に逸った大バカ者が」
「何をッ!?」
僕の漏らした一言に、タチカゼが素早く反応した。
「疾きこと風の如しとは、風剣を操る風公のモットー。しかしその子孫が百年を経て、疾さを軽率さと履き違えるとは。時間は風に衰えだけをもたらしたようだな」
「何を下級武士が!?」
タチカゼの剣幕が、完全に僕だけに向いた。
「雷剣を復活させていい気になっているのか? それとも雷領の領主だなどと持ち上げられ、まさか己が四天王家と同格などと勘違いしたか! ヤマウチ家の息たるこのオレに何という口の利き方だ!?」
「お前こそ、みずからの主たるシンマ王家に対して何たる口の利き方だ?」
僕は、食膳に残っていた朝食を素早く平らげて、箸を置き、立ち上がる。
「僕は雷領の領主として、ここでフェニーチェの客人を迎える役目を王より賜った。その客人を傷つけるなら、僕はみずからに課せられた使命によって犯罪者を取り締まらねばならん。合わせて我が主家、シンマ王家に対する度重なる悪言痛罵……!」
そして睨む。
「無礼の報いに斬って捨てようか?」
「……お、面白い」
タチカゼは、頬を引きつらせながら張り合ってきた。
「いい機会だ。当代に甦った雷剣の力、風のヤマウチ家がもっとも早く試させてもらおうではないか! その上で我らが国土に這いあがる舟虫どもを討ち散らし、神国を綺麗に掃き清めてくれる!!」
「ちょ、ダメよ二人とも!」
クロユリ姫が慌てて留める。
「『天下六剣』同士がぶつかり合うなんて、シンマ王国始まって以来なかったことよ。この諍いが拡大したら、フェニーチェとの交流案件どころかシンマ王国そのものに亀裂が……!」
「それは実に興味深いネー!!」
なんだ!?
またどこからか見知らぬ声が!?
しかも今度はキャンキャン高い女の声!?
「『命剣』の上位モデルが二ケース! しかもそれ同士のバトル! 到着早々そんなビッグイベントに遭遇できるなんてラッキーね! 遥々海を渡ってきた甲斐があったネー!!」
「お、お前は……!?」
その声に、しばらく蚊帳の外だったルクレシェアが最初に反応する。
「何故お前がシンマにいる!? ジュディ=サイクロム!」