40 温泉
「温泉だこれ」
僕は井戸を掘るつもりで温泉を掘り当ててしまった!
「えぇー?」
「温泉、何だそれは?」
ここえ、生まれた国によって反応がまちまちになってくる。
「温泉!? 温泉、温泉温泉温泉!?」
「うおッ!? なんだ!? 唐突にクロユリのテンションがおかしくなってきたぞ!?」
ルクレシェアがビックリするのも無理もない。
僕もビックリだし。
「だって温泉よ!! 体を洗いたいと強く念じた時に湧き出すなんて! わたくしもしかして特殊能力者!?」
「違うと思いますけど……」
大体穴掘ったの僕だし。
「しかし困ったな……。井戸を掘ろうとして温泉が出てくるとは。深く掘りすぎたか?」
「別にどっちでも同じではないか? 熱いか冷たいかの問題だろう?」
ルクレシェアは気楽に言うが、それがそうはいかない問題なのです。
特にシンマの人間にとって。
「温泉! 温泉! 温泉! 温泉! 温泉! 温泉! 温泉ンン~~ッ!!」
ほら、ここにもう既に温泉に魅せられた生粋のシンマ人がいる!
クロユリ姫が温泉修羅と化した!!
「ユキムラ! 今すぐ、今すぐにでも温泉入りましょう!! もっと穴を深く掘って、お湯が溜まるようにして……!」
「待って待って! まず落ち着いてクロユリ姫! 温泉に理性を持ってかれないで!!」
昨日、お風呂をお預けにされていた分、クロユリ姫の温泉への情熱が振り切れてしまっている!
* * *
結局、クロユリ姫に押し切られてしまった。
僕は別にお風呂職人とかじゃないので、作れと言われてすぐさま作ることなんてできない。
しかし、我々にはルクレシェアという強い味方がいた。
彼女の錬金魔法に、クロユリ姫の徹底指導が付いて、風情のある岩風呂を急きょ作成。
広さも充分以上な露天風呂があっと言う間に完成してしまった。
「うああ~……。う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!!」
そしてさっそく異邦人のルクレシェアが、温泉に魅惑されてしまった。
「……なんだこれ? 凄く気持ちいい……!!
「でしょでしょでしょう? 温泉はね、シンマ王国が誇る最高の快楽なのよ! この温泉に入るためだけに、わざわざ数千里を旅したりもするのよ!」
出来たてほやほやの温泉に、二人並んで肩まで浸かる乙女二人。
無論全裸で。
温泉のくせに無色透明な湯は、波紋が生み出す乱反射で、彼女らの肩から下を見えなくするのみ。
「シンマの連中はなんで毎日水浴びなどするのかと不思議だったが、こんな気持ちのいいなら、たしかに毎日でも水浴びしたいぞ! 体も清潔に保てて一石二鳥だな!」
「水じゃなくてお湯なんだけど……! わたくしも温泉なんて久しぶりだわー。まさか、こんなところまできて入れるなんて。シンマ国内はどこでも掘れば温泉が出てくるって本当なのね……!」
「ここからは毎日浴びれるということではないか? 何しろこの雷領は、領主婦人となる我らにとって終の棲家だからな!」
「それどころじゃないわよ! 温泉が湧きだせば、その時点で観光地化は確実よ! 雷領温泉ユキムラの湯を求めて、シンマ中から湯治客が押し寄せて……! いいえ、雷領が後々フェニーチェとの交流窓口を目指すなら、外国客だって見込めるわ!」
「フェニーチェ生まれの我から言わせてもらえば、これフェニーチェ人相手にも絶対ウケるぞ!! 入浴施設をフェニーチェ人に合わせたセンスで神殿っぽくしてはどうだろう!!」
また二人の夢が広がり始めた。
本当に雷領は、いまだまっさらな分、どんな夢でも描き出せる画板だな。
「ねえ、ユキムラ!!」
「ユキムラ殿はどう思う!?」
そしてこっちに来たー。
「……あれ? ユキムラ?」
「何故そんな隅っこの方にいるのだ?」
そりゃ隅にもよるでしょうよ。
ただ今この出来たてほやほや露天風呂に浸かっているのはクロユリ姫、ルクレシェア、そして僕の三名。
女性二人に男一人。
普通であったら男湯女湯と分かれるだろうが、たった今作ったばかりの露天風呂、しかも営利利用などまだまだ考えていないこの場では、湯船を二つに分けるという発想すらない。
「ねえユキムラ、そんなに離れたら寂しいわ。こっちに来ないの?」
「そりゃ、離れるでしょうよ! なんで全裸なんですか二人とも!? 湯帷子くらい着ましょうよ!!」
「バカねえ、実家のあるシンマ王都ならともかく、こんな遠くまで湯帷子持ち込んでいるわけがないじゃない」
それもそうだ!
だからといって混浴する必然性はですね。
「いいじゃない、わたくしたちはもう夫婦なんだし。夫婦で混浴するなんて何もおかしいことじゃないわ」
「そうだぞユキムラ殿! ……そ、それに、もし我慢ならなくなったら、ここで……!」
ルクレシェアが急に恥ずかしげにモジモジする。
「わ、我はいいのだぞ。昨晩は結局遂げられなかったから……! せっかく三人きりで皆服を脱いでるんだし。このままの勢いで……!」
「めッ!!」
クロユリ姫が、ルクレシェアのおでこをペシッと叩いた。
「お湯が汚れるような行為はしてはいけません! 温泉は皆の財産なのよ!!」
「すみません……!」
素直に引き下がるルクレシェア。
ここは、クロユリ姫の温泉愛に救われたというべきか……!?
…………。
……ざ、残念だとか思っていないからな!!
「それよりも今は温泉に集中しましょうルクレシェア! 温泉にはね、肌を艶々にする効能もあるのよ!」
「ほッ、本当か!? では、我も温泉に浸かり続ければクロユリのようなスベスベの肌になるのか!?」
「やだ、アナタの肌だってすでに充分綺麗じゃない……! この白い肌、フェニーチェの人たちは皆こうなのかしら?」
「シンマの人たちだって……! ほら、指で擦るとキュッキュと音が鳴る肌だぞ! その秘密は、やはり温泉にあるのか……!?」
なんか乙女どもが湯の中でじゃれつき始めた。
「それに、場所によっては子宝に恵まれる温泉というのもあるのよ!! この温泉だって、そうした効能があるかもしれないわ!」
「なんと! ということは、お湯を浴びて我らもユキムラ殿の子どもをたくさん生めるということか!?」
「いっそわたくしたちで実績を作って、触れ込みするというのもアリね! わたくしたちがたくさん生むほど、この温泉が観光名所になるという仕組みよ!」
「そ、それは責任重大だな!! しかし大丈夫だろう! 我々の安産型をもってすれば!!」
「そう言えばルクレシェア! 今回初めてアナタの生尻見たけどやっぱり大きいわね!!」
「そういうクロユリこそ大きいぞ!! シンマの衣服はプロポーションがわかりづらいから、生で見て圧倒された!!」
…………。
温泉を思い切り堪能する、乙女たちに僕は刺激され、とてもこのままでは湯船から上がれない状態となってしまうのだった。
……そろそろのぼせてきた。
このまま上がれなくなるとやばいんじゃない?
のぼせ上がって倒れてしまうと、あの二人に僕の無様なところを目撃されてしまう!?