39 井戸掘り
「わかったよもう! 体を洗えばいいんだろ!? シンマ人は細かいこと気にするなあ!!」
少々キレ気味になってルクレシェアはわめき散らした。
でも……。
「僕も……、四日も風呂に入らず平気な女の子はちょっと……!」
「ユキムラ殿まで!?」
そんなに衝撃を受けないでほしい。
いや、僕たちも逆の意味で衝撃的だけれど。
「……ねえユキムラ。ルクレシェアと接吻したら、わたくしよりもしょっぱい味がしてこない?」
「したことがないんでわかりかねます」
「やってみてよ! してみて味比べ! 絶対この子の方がわたくしより塩味効いているから!」
何故そんなに互いの味付けに拘るのかクロユリ姫は?
「なんだよ!? いいじゃないか! 食べ物だって味が付いてる方がいいだろう! 塩味なんていかなる時でも美味いじゃないか!!」
まず味がすることから否定してくださいルクレシェア。
「そんなに言うならクロユリ! 実際試してみろよ! 我が本当に味付き乙女かどうか試してみろよ!?」
「ええ……、ちょっとペロって舐めてみろってこと? ルクレシェアの体を?」
見るからに嫌そうな表情のクロユリ姫。
「いいから! 友だちなら舐めれるだろ体ぐらい!!」
「いや……、それは友だちの範疇から越えてると思うんだけど……。仕方ないなあ……!」
クロユリ姫は嫌々ながら、という風に、差し出されたルクレシェアの手の甲を舐めてみた。
ぺろぺろぺろり。
なんかネコみたいで、そこはかとなくエロい。
「…………」
「……どうだ? 味するか?」
「……埃を思い切り吸いこんじゃった時の味というか」
「塩味ですらない!?」
ルクレシェアの乙女力が思い切り下がった瞬間だった。
「くっそー! だったらクロユリ、貴公の味もたしかめてやる! きっと人間同じ味がするに決まってるんだ! それをたしかめてやるーッ!?」
「きゃー! 食べられるーッ!?」
追い詰められたクロユリ、ヤケクソ気味にクロユリへ襲い掛かり、その手にがぶりと噛みつく。
お前は肉食獣か? とツッコミを入れるより早く。
クロユリ姫を口に含んだルクレシェアの目がカッと見開かれた。
「こ、これは……!?」
「どうした?」
「クロユリ……! 摘みたてのハーブみたいな味がする……!?」
そういって崩れ落ちるルクレシェアだった。
完全敗北感が漂っていた。
「あの……、ルクレシェア?」
「我、洗体する……! 最高級の石鹸で体磨く。桃の香りがするヤツ……!」
ああ、うん、よくわからないがそうしてくれ。
まあ、ルクレシェアに清潔意識が芽生えただけでもいいことだった。
「でもどうするの? 体を洗うにしても、結局ここにはお風呂ないんでしょう?」
「だからタオルで体を拭けばいいではないか。従者に言って川から水を汲んでこさせよう。けっこう遠くにあるから頼み辛いんだ」
ルクレシェアも意外に遠慮するお姫様だった。
「川が遠いって、それ街の構造として大丈夫なの? 飲料水の確保とか考えても、川は近くにあった方が望ましいじゃない?」
「川自体は、城壁外のすぐ横を流れている。まあでも城砦自体が大きいからどうしても遠いところが出てしまうんだよな」
その方が望ましいだろう。あまり川が近すぎると水害の危険も出てくるし。天然の堀として城壁のすぐ横に流しておくのが一番よい。
生活用水が欲しければ、灌漑工事で水を引き入れてもいいんだし。
「他の方法もある」
ブン!
と空気を焼く音を鳴らし、僕は雷剣を引き抜いた。
「ユキムラ?」
「一体どうしたのだ?」
驚き戸惑う我が恋人たちに、意図を伝える。
「井戸を掘る」
穴を掘って、地中に流れる地下水を汲み上げるのだ。
この地域が川から遠いのなら、井戸による生活用水の確保は必要不可欠だろう。
地面に手を置き……。
「地下で水の流れる振動を感じ取り、狙いを定めて雷剣を突き立てる」
我が雷剣は伸縮自在。
その伸張の最大距離は、落雷と同じ、天地を結ぶ程度。
だから地下水脈まで地層を貫くなどとても容易いことだ。
「そんなこともできるのか……!?」
「凄いわユキムラ! アナタって戦いだけじゃなくて、本当に何でもできるのね!」
彼女らからの評価も上がったところで、華麗に成功させて高い評価を固めるか。
失敗はしない。
前世の頃はよく野営地で地を穿ち、即座に井戸を作って水を確保したものだ。
いわば慣れた作業。しくじりなどはない。
……地に触れた手から伝わってくる、さまざまな音。
遠くを歩く人や獣の足音。地中に巣食うモグラの音。様々な雑音がある。
それらを選り分け、水独特のゴボゴボという音が……。
「……あった」
即座に雷剣を突き立てる。
眩い稲光が地面に潜り、どんどん潜る。
雷剣は、いくつもの地層を貫いて地中深くに至り、目的の場所へ到達した。
地下水流れる、地下水脈に。
「…………」
雷剣を消し去り、ぽっかり地面に空いた穴を見詰める。
しばらくすると、その穴からジンワリと水が染み出てきた。
「ホントに出てきた! 凄いわ! やっぱりユキムラ凄いわ!」
「これでわざわざ水を求めて城砦内を横断しなくて済むわけか! 生活が向上していくなあ……!」
まあ、ここから石を積んで穴が崩れないように固めたりとかしなきゃなんだけど。
とりあえず水と、生活に必要不可欠な要素をまた一つ確保できた。
一歩一歩進んでいる感覚がある。
「さて……、じゃあ早速一杯」
湧き出した水をご馳走になるとするか。
「あ、ズルいぞユキムラ殿! 我も水が飲みたい。さっきから魔法を使い通しで喉が渇いていたんだ!」
「それよりも体を洗うのよ! お湯じゃないのは惜しいけれどこの際水浴びでもいいわ! とにかく垢を落とさせて!」
騒めく乙女たちを尻目に、湧き出す水溜りに手を突っ込むと……。
即座に違和感に気づいた。
「ん?」
この水……。
温かい……?