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03 命を剣に

 結局、通勤の途中に寄り道することとなった僕。

 父上は最後まで心配して「道場へはオレが代わりに行こうか?」と申し出てくれたが、僕は丁重にお断りした。

 さすがに家長たる父上が万が一にも遅刻したらお話にならないからな。

「すぐ行って、すぐ帰ってくれば大丈夫」と、通勤路の途中で父と別れ、表通りから逸れて路地へと入る。

 かなり入り組んだ小道を進み、住宅密集地の奥底にあるのが道場だ。

 裏口から入ると遠くから気合の入った奇声や、床板を思い切り踏み叩く音が聞こえてきた。


「ここに来るのも久しぶりだな……」


 僕自身も仕事があるためグズグズはしていられない。さっさと弟を見つけて弁当を渡さねば……。


「おお? なんだ?」

「偽ユキムラじゃねえか」


 道場裏の方から聞こえてくる濁声。

 見てみると道場生らしい出で立ちの若者三人が、僕を見つけてヘラヘラと寄ってきた。


「こんなところで何してんだ? テメエは道場をクビになったんだろ?」

「弱虫は道場に立ち入る資格はないってよぉ。そのくせ何また来てるんだぁ? 未練がましくよ?」

「テメエみてえな弱虫に寄りつかれたんじゃ、オレらの道場の名声に傷がつくんだよ! 真っ二つにされたくなきゃとっとと失せなぁ!?」


 ……早速か。

 僕が道場に立ち寄ることに父上が不安を抱いたのは、こういう理由のためだった。

 三人組は、僕を取り囲むようにジリジリと近づいてくる。


「……別にクビにはなってないよ。自主的に通うのを辞めただけだ」


 父上の仕事の手伝いやらで忙しくなったからね。


「似たようなもんだろうが。弱虫の憶病ユキムラ! 剣も振れねえ腰抜け野郎がよ!」

「年下の門下生にも負けるのが嫌でバックレたんだろ!? テメエみてえなクズはサムライの風上にも置けねえんだよ!」

「テメエなんかがユキムラを名乗るなんて生意気なんだよ! ゴミムシにでも改名しやがれ!」


 僕もまたサムライの子である以上、十五歳ぐらいまでこの道場に通って剣の稽古を積んでいた。

 コイツらとはその頃からの馴染で、何故か僕の顔を見るたびに絡んでくる。

 たしか年齢は僕より上で十七~八歳ぐらいのはず、僕の家より幾分格が上の……中流階級の家系で、それゆえ僕と違って一人前となる年齢を過ぎても道場通いを許されている。


「まあいいさ、ここに来たのは弟に用事があるからだよ。今は道場? 急ぐから通してほしいんだけど……」

「おうおう、軟弱者のお兄ちゃんは弟がいないと何もできないってか?」

「怖いからって逃げてんじゃねえよ。テメエもサムライなら睨み返すぐらいしてきなよ!」


 何故だか知らないが、三人組はしつこく絡んできて離そうとしない。


「困ったな……。僕はお前らと違って暇じゃないんだよ」

「ああぁッ!?」


 その言葉に、濁った眼つきの三人組は過剰に反応した。


「舐めた口きいてんじゃねえぞクズがッ! 誰が暇人だって!? あぁん!?」

「道場裏から出てきただろ、お前たち」


 その指摘に、ズッコケ三人組は一斉に沈黙した。


「道場の方は賑やかじゃないか、掛け声がここまで聞こえてくる。まさしく稽古の真っ最中。そんな時にお前ら、道場裏で何してた?」

「……」「……ッ」「ひぐ……ッ!?」

「サボってたんだろう?」


 一人前の年齢にもなりながら働きもせず、稽古すらサボってだらけているヤツらを暇人以外にどういえば言い?


「道場に入っても先生にチクッたりはしないよ。それを聞いたら安心したろ? いい加減通してくれ」

「ふざけんじゃねえぞゴミがぁぁぁぁッッ!!」


 その瞬間、三人組の一人がおもむろに『抜刀』した。

 それにつられて他の二人も『抜刀』した。

 剣を。

 サムライの命たる剣を。


「どうだぁ!? よく見やがれ、これがサムライのサムライたる証! 命を剣に変えた『命剣』だぜ!」


 そう、三人組は最初刃物の類など持ち合わせてはいなかった。

 それがいきなり虚空から現れた。

 あれはまさしくサムライが、みずからの生命力を練り固めることで作り出した命の剣。

 それゆえに『命剣』と呼ばれる。

 本来このシンマ王国においてサムライとは、この『命剣』を振るって戦う者たちに与えられた呼び名だった。


「どうだァ? よく見ろ! 羨ましいだろ、悔しいだろ? オレたちの『命剣』を見てそう思うだろ?」

「なにせユキムラ、お前はなあ!」

「『命剣』を作ることができないんだからなあ!」


 三人は侮蔑の感情を剥き出しに、僕へ迫った。

 この僕ヤマダ=ユキムラは、シンマ王国に生まれながら『命剣』を作り出すことができない。


「だからテメエは道場をクビになったんだ。どんなに手先が器用でも『命剣』の作れないヤツにサムライを名乗る資格はねえからなあ!」

「そんなテメエがオレ様たちと口を利くこと自体恐れ多いんだよ!」

「偽サムライの偽ユキムラが、お前なんかにユキムラなんて大層に名乗ってんじゃねえ!!」


 僕と、この道場との軋轢の原因が、それだった。

『命剣』を作れる彼らは、『命剣』を作れない僕を力の限り見下す、そういう構図だ。

 しかし……。


「醜い『命剣』だ」

「「「!?」」」


 僕は思ったことをそのままに述べた。


「生命の気をそのまま凝り固めて作った『命剣』。それゆえに少しでも気を抜けば形を崩し、雲散霧消してしまう。それなのになんだお前らの『命剣』は? 輪郭がチラついて、刀身もムラだらけ。今にも散ってしまいそうじゃないか」

「うう……!?」

「何の邪魔もない今の状態からこのザマじゃ、気勢を脅かし合う戦いにおいてはすぐさまほどけて消えてしまうぞ。お前たちの『命剣』は実戦で使える域にまったく達していない。お前たちの腐った性根が現れたかのようだ」


 まったく、サムライが扱う『命剣』も百年の間にすっかり品落ちしたものだ。

 僕の前世が生きていた頃は、こんな連中ザコにすらならなかった。


「で、どうするんだ? 抜いたな? 丸腰の相手に抜いたな今? 抜いた以上は斬って捨てるつもりだろう。当然こっちも黙って斬られるつもりはないぞ」

「ひぇぇ……!」

「丸腰の者が帯刀と戦って生き延びるにはそれこそ必死にならねばならん。手加減などする余裕はないぞ。死んでも文句は聞かんからな」

「何だよお前……!? 『命剣』も出せねえ落ちこぼれのくせに……! 弱虫のくせに! なんでそんなに堂々としてやがんだよぉぉーーーッッ!?」


 三人組の一人が、恐慌と共に『命剣』を振り上げた。

 緊張に耐えきれなくなったか。この程度の脅しで取り乱すとは、いくさ場では何の役にも立たんな。

 仕方ないから素手で、出来るだけ優しくボコボコにしようとしたところ……。


「何をしてやがる!!」


 突如間に割って入った『命剣』が、恐慌者のそれを弾き飛ばした。

 三人組の作った『命剣』とは比べ物にならぬほど、明確で美しい刀身だった。

 その『命剣』の主は……。


「ジロウ……!」


 自慢の我が弟だった。


「兄ちゃん! こうなるから道場には来ないでって言ってたのに!」


 コイツが助けに駆けつけてくれたというのか。

 三人組の方の『命剣』は、ジロウに弾かれた瞬間に砕けて散り、三人ともが乙女のような悲鳴を上げながら逃げ去っていった。


「待ちやがれサボり魔……! クソッ、先生に言いつけてやるからな。今度こそ三人揃って破門だ!!」


 逃亡者の背中を睨みつつ、悪態をつく我が弟。


「……美しい刀身だ」

「ん?」


 しかし僕の興味は、別の方に釘付けだった。

 弟のジロウがいまだ帯びている『命剣』。先生や父上が、コイツの才能に期待しているのも納得の出来だった。


「スラリと真っ直ぐ筋が通っていて、陽の光を返すがごとく輝いている。なまくら相手とはいえ、打ち合いを経て刃毀れ一つしていない。よい『命剣』を作れるようになったなジロウ」

「……兄ちゃんって、自分じゃ『命剣』作れないくせにホント玄人みたいな口ぶりだよな。ま、兄ちゃんに褒められるのは嬉しいけど」


 そう言ってジロウは、満足げに『命剣』を収めた。

 稽古中に騒ぎを聞きつけて、助けに来てくれたのか。

 それは弟だけではないらしく、向こうの方で道場の先生や門下生たちが、例の三人組を追いかけて取り押さえていた。


「で、兄ちゃん道場に何の用だよ? 近くに来たから立ち寄った……、でこんな騒ぎ起こされちゃ迷惑だぜ?」

「これを届けに来たんだよ」


 と、僕は母さんの弁当を取り出す。

 やっと用件を済ますことができた。


「あっ、もしかしてオレ弁当忘れてた!?」

「母上がお前のために心を込めて作ってくれたんだぞ。食わずに無駄にしたらしばき倒すところだからな」

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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