37 阿吽の美女
クロユリ姫の思い付きとは何か?
「あのね……! ルクレシェアは、ユキムラの『命剣』の力を魔法に変換したいんでしょう。そのために一度モナド水晶に雷剣の力を吸い込ませる。でも、雷剣の力はフェニーチェで扱われている魔力と微妙に違うために、水晶は受け付けない……!」
「たしかにそうだ……!!」
「なら、別の『命剣』で試してみてはどうかしら?」
え?
「『命剣』にも色々種類がある。幸いここにはもう一振り『命剣』があるわ!」
そうしてクロユリ姫は現した。
その魅惑の肉体に蔵された『天下六剣』の一振り……。
影剣『カーリー』を。
* * *
「……『土よ、固まれ』『汝の組成にイェソド界から作用し、その在り方を霊から覆す』」
ルクレシェアが、僕ではなくクロユリ姫と手を繋いで、新たなる試みを始める。
「『森羅万象、しばし自然科学を忘れよ』『汝を一時精霊と見なし、物質を霊質に変える』『悠久なる時の流れを霊的世界に移せ』『そして転化せよ』」
呪文のようなものを呟いて、何か空気がピリピリしてくるのが僕にも感じられる。
「『流れろ、流れろ、流れろ』『柔弱を失い強硬を持て』『長きに渡って風雨を跳ね除ける城郭』『それを根元に支える者として』……!」
そして変化が現れた。
ルクレシェアの腕輪からモナド水晶が輝きを放ち、足元の地面に作用する。
地面の土は、唐突に水に溶けるかのように形を変え、灰色の、石のような液体へと変わった。
「やったぞ! 成功だ! 錬金魔法で土がセメントに変わった!」
とルクレシェアが大喜びだ。
「はあ、あの……、おめでとう」
僕らはいまいち理解が追い付かないので、祝辞を述べるだけに留まる。
「あとは、作用対象に魔力が残っているうちに流動操作魔法で形を整えて……! あとはセメントが固まるのを待つばかりだ! これで完成だ!」
ルクレシェアの眼下、足元一帯が平らな灰色になった。
自然にはありえないほどに平らで、まるで石畳の床を見ているようだった。
「これが固まれば、岩のように硬くなる。ちょっとやそっとでは崩れまい!」
「なるほど、この上に柱を立てれば、風雨や地震にもビクともしない頑強な家が建てられるわけか。しかも、その土台作りがこんなにも迅速に仕上がるとは……!」
僕もシンマ王城の普請係の息子として、驚嘆を喫する。
「これが連続できれば、思ったより早く街の建築が出来そうだな」
「そうだろう! そうだろう!」
ついに一手柄立てられたとルクレシェアは鼻高々だ。
「やったわね! おめでとうルクレシェア!」
「これもクロユリの協力のおかげだ! 貴公には本当に何から何まで頼りになる!」
と女子たちは、両手を握り合ってピョンピョン跳ねた。
喜びを表現するために。
「しかし……、これまで重ねてきた失敗がウソだったみたいに、すんなり上手く行ったな」
力の提供者が、僕からクロユリ姫に代わっただけで。
「一体どういう理屈だったんだろう?」
「魔力変換及び貯蔵が、『命剣』のエネルギー用に調整されていないモナド・クリスタルでは、それを人間が代わって操作しなければならない。その操作が、恐ろしく繊細で複雑なのだ」
ルクレシェアが推論交じりの説明を始める。
「それはもはや繊細すぎて思考だけでは追いつかず、直感や感性にも頼らなければならない。だからこそエネルギーを提供してくれる『命剣』使いと連携が出来ていなければいけない」
「わたくしはルクレシェアと、ピッタリ呼吸を合わせることができたということね。だから成功した」
クロユリ姫の補足に、ルクレシェアは頷く。
「魔法使用中、たしかに感じたぞ。クロユリが我に合わせて、絶妙に『命剣』の出力を調整してくれたことを。魔法使用者と出力者、二人のコンビネーションがマッチしてこそ、この操作は可能なのだ!」
「わたくしたち、最高の相棒ってことね!」
と、乙女たちは抱き合った。
……そこでふと気づいたことがあった。
「じゃあ、僕とルクレシェアが一緒にやって失敗ばかりだったのは……!」
「「ん?」」
「僕とルクレシェアの呼吸がまったく合わなかったから……!?」
そう思うと、なんかドンヨリした気分になった。
その場で膝を抱えた。
「ひゃあああ!? ユキムラが落ち込んでしまったわ!!」
「しっかりしろユキムラ殿!」
慌てて僕の周りを取り囲む美女たち。
「そんな……、落ち込むほどのことじゃないわ! あれよ! 何か仕方ない理由があるのよ!」
「そうだな! 相性の問題……! だと我とユキムラ殿の相性が悪いことになるではないか!?」
「もっと他にないの!? あっ、そうだ! ユキムラの雷剣は強すぎるのよ! わたくしの影剣じゃ、歴代シンマ王様に全然及ばない規模だし、それがいい匙加減になったのよ!」
「そうだな! それにユキムラ殿たちの雷剣や影剣には通常の『命剣』とは違って属性がある。これが魔法変換にどう影響を与えるか、研究を進めなければ!」
「いいわよ! なんかいい推論が揃ってきたわ! 第一、ユキムラはわたくしたちの夫なのよ! 夫は妻の機嫌なんか窺ってないで、言うことを聞かせなきゃ! 呼吸を合わせてちゃダメよ!」
「テーシュカンパクだぞ! ユキムラ殿!」
なんか二人が寄ってたかって励ましてくるので、逆にいたたまれなくなってしまう。
慰められるって案外恥ずかしいな。
この機恥ずかしさを誤魔化すためにも、僕は無言で二人を抱きしめた。
右腕でクロユリ姫を、左腕でルクレシェアを抱き寄せる。
「あっ、ユキムラ甘えん坊ね……!」
「元気を取り戻してくれてよかったぞ……!」
二人の中で僕の認識が甘えん坊になってしまった……!
もうどうすることもできないので、こうなったら二人にとことん甘えることにした。