36 貴婦人の意固地
「ルクレシェア……! これは……!?」
戸惑う僕たちに、興奮絶頂のルクレシェアは僕に抱きついてきた。
「やったぞユキムラ殿! これでフェニーチェは救われる!」
押し付けられてくるおっぱいの感触。それで一瞬何もかもどうでもよくなったが、寸前のところで理性を取り戻す。
僕もルクレシェアも。
「……ッ!? ゲ、ゲフン! 失礼した」
わざとらしい咳払い。
「実は、この仮説は、随分前からフェニーチェで取り沙汰されていたのだ。遠い海の向こうにあるシンマ王国。そこに住む人々はモナド・クリスタルに魔力蓄積せずとも、自分の力で魔力を生み出すことができる、と」
「それは……!?」
「そして現地の人々は、その能力を『命剣』と名付けて。ごく当たり前のように使用していると。今までは仮説の域を出なかったが、この瞬間、仮説は事実に変わった! やはり『命剣』の元となるエネルギーと魔力は同じものだったのだ!!」
と、どうしても喜びを隠しきれぬという風のルクレシェア。
しかし僕は、この瞬間彼女に警戒を抱かずにはいられなかった。
「ルクレシェア……。キミが、いや、フェニーチェ法国がシンマにやって来た理由は……!」
「ユキムラ殿から分けてもらえた魔力は、たしかにモナド・クリスタルに蓄積されている。しかもけっこうな量だ! さすがはユキムラ殿、個人レベルとは思えない魔力量を……! ッ!?」
その瞬間だった。
ルクレシェアの右手から凄まじい光が迸って、当人もその光に吹き飛ばされた。
「ぎゃわーーーーーーッッッ!?」
「「ルクレシェア!?」」
僕もクロユリ姫もビックリして駆け出す。
ルクレシェアはずいぶん遠くまで飛ばされ、田んぼ一枚は飛び越すんじゃないかというぐらいの距離に墜落した。
そこへ僕らが駆け付けるまで、ルクレシェアは倒れたまま微動だにしなかった。
「大丈夫かルクレシェア!?」
「しっかりして! 気をしっかり持って、今医者を呼ぶから……!?」
僕ら二人して大混乱だったが、やがてルクレシェアは自力で起き出し……。
「大丈夫、無事だ。……あー、ビックリした」
ひとまず大きなケガはないようだった。一安心。
「恐らくモナド・クリスタルが、ユキムラ殿の雷剣のエネルギーに対応しきれなかったのだ。溜めこまれていたはずの魔力がスッカラカンになっている。多分さっきの閃光で、すべて放出されたのだろうな」
「溜めこめずに吐き出してしまったと?」
「そういうことだ。同じ魔力でも、我々がフェニーチェで慣れ親しんだ魔力と、『命剣』の元となるエネルギーは、やはり微妙な違いがあるのだろう。その仕様差異がモナド・クリスタルの安全機能に引っかかって、吐き出されてしまった……」
ルクレシェアは、自分の右腕にはめられた腕輪を注意深く点検する。
「……よし、壊れてはいない。しかし課題は、まだまだ多そうだな。モナド・クリスタルの対応魔力を、『命剣』のエネルギーに合うよう仕様変更しなければ……!」
「ルクレシェア」
僕の静かな一言に、ルクレシェアは察した。
表情に『しまった』という感情がありありと出ていた。
「フェニーチェの本当の目的はこれなんだな? 『命剣』を魔法のエネルギー源とすること……!」
「でも何故? 魔力って、フェニーチェに帰ればいくらでも補給可能なんでしょう? それを、こんな遠くのシンマ王国に来てまで新しい補給源を求めてるってこと?」
僕とクロユリ姫、同時の追及にルクレシェアは苦渋の顔色になり。
「すまぬ……! そのことは言えぬ……!」
と言った。
「いくら夫となるユキムラ殿や、親友と認めたクロユリにも、フェニーチェの存亡に関わることを易々と教えることはできない。我一人のことならいい。しかしこれはフェニーチェの民全員の死活問題なのだ」
「存亡」って言っちゃってる時点で重大事なのは漏れてるんですけど……。
やはりルクレシェアの性格では真っ直ぐすぎて交渉事には向かないな。そう思えるとむしろ彼女のことが愛おしく思えてくるのだった。
「わかった、今は何も聞かないでおこう」
「すまない。フェニーチェの次の使者が来て、本国の意志を確認したら、必ず話す……!」
とにかく。
「雷剣を構成する生気……、エネルギー? がルクレシェアたちの使う魔法の元と同じ。……だとして、でも微妙に違うからモナド水晶に溜めておけない。……じゃあやっぱり魔法は使えないってことじゃないか?」
「うッ!?」
「じゃあ、家を建てる手伝いは、やっぱり無理ねえ。ルクレシェア、やっぱり今回は見学ということにしておいたら?」
そう言えば最初はそういう話だった。
ルクレシェアとしては、それを口実に上手く証明したいことを証明できたのだから、ここで満足してもいいんじゃない?
「そうはいかぬ! ここまで我は二人に迷惑かけっ放しお世話になりっ放し! ここらで一つお役に立たねば我のプライドが許さん!」
「でも実際問題として、魔力のないモナド水晶じゃ魔法は使えないんだろう?」
その魔法でどこまでのことができるのかも具体的に知らないが、とにかく魔力がない限りは、どうしようもない。
「いや! 手はある!」
それでもルクレシェアは強情だった。
「たしかに、ユキムラ殿の魔力を溜めておくことはできない。モナド・クリスタルに貯蔵しても安定せず、数秒で解き放たれてしまう。しかしそれは裏を返せば、数秒間は貯蔵可能ということ!」
ん?
「ならばモナド・クリスタルに貯蔵された傍から、魔法変換すればいいということだ! モナドの貯蔵機能はこの際無視し、変換機能のみを使う! これでひとまず魔法が使えるはずだ!」
ルクレシェアさん諦めねえ……!
「すまないがユキムラ殿! もう少し付き合ってくれ! 貴公の力を魔法に変換し、必ずお役に立ってみせる!!」
どうしようかと横に視線を送ると、クロユリ姫が『好きにさせてあげなさい』と言わんばかりの表情で頷いた。
クロユリ姫……。ルクレシェア相手にとことん甘くなったな。
まあ仕方ない。僕も彼女を満足させてあげたいし、付き合うとするか。
* * *
……と思ったのが、困難の入り口だった。
「うわぎゃーッ!?」
また閃光と共に吹っ飛ばされるルクレシェア。
結論から言うと、一瞬でもモナド水晶に溜められた雷剣の力を魔法に変換するのも容易なことではなく、変換途中で失敗。
爆発し、そのたびにルクレシェアは吹っ飛ばされているのだった。
手を繋いで並び立つ僕には影響ないぐらいに小さな爆発だが、それでもルクレシェア当人は吹っ飛ばされる。
しかもそれが一度ならず、何回も繰り返して。
「次こそは成功する!」という意気込みの下、彼女が何度失敗しても繰り返し挑戦するからだ。
「わぎゃーッ!?」「おごッ!?「ぐえぇーッ!?」「ぐわーんッ!?」
何度失敗してもルクレシェアはへこたれない。
「次こそ成功」の掛け声の下、再び僕と手を繋いでは、爆発して吹っ飛ばされるのだった。
「る、ルクレシェア……! もういい加減にやめよう……!」
見ていられなくなり制止するも、ルクレシェアは不屈だ。
「いや、失敗を重ねたおかげで段々とコツが掴めてきた……! 今度こそ成功する……!」
爆発で体中ズタボロとなりながらも、それでもやめる気は起きない。
「でも、僕から見ても成功しそうな気配は一向に見えないし……!」
彼女が、一度言いだしたらここまで聞かない質だったとは。
どうすれば彼女の無茶をやめさせることができる?
「あの……」
そこへ、ずっと外野で見守ってきたクロユリ姫が口を挟んだ。
「わたくし、思いついたことがあるんだけど……!」