34 精神原子
で。
これからどうやって都市を築き上げていくかだが……。
「とにかくまずは、僕たちの住む家が欲しいな。いつまでも城壁内の一室暮らしというのは……!」
「ここ寒いわよね……! 総石造りだから底冷えするし……。逆に夏になったら湿気がこもって滅茶苦茶蒸し暑そう……!」
生まれも育ちもシンマ育ちのクロユリ姫に、この石造りの一室は極めて不評だった。
恐らくこれがフェニーチェ法国の基本建築なのだろう。しかし場所が変われば、その気候に合わせた建築様式にするのが一番いい。
「領主の家に相応しい立派なシンマ屋敷を建てましょう! お父様にお願いして第一級の大工さんを呼んでもらうの!」
「……材料は、現地調達すればいいか。これまで百年も手つかずだったんだから、いい材木が伸び放題しているだろうよ」
「ならその調達は、先日ユキムラやお父様から叱られた子たちにやらせましょう!」
あああの、僕のクロユリ姫やルクレシェアを情婦売女呼ばわりしたヤツらか。
ユキマス王から止められなかったら殺してたよな。
「あの罰で武士の身分を取り上げられたから、ずっと戦々恐々しているのよ! ここらで一つ贖罪の機会を与えてあげましょう?」
「優しいですね、クロユリ姫は……」
「あの、あの……!」
僕とクロユリ姫との間で様々なことが決まっていくのを、呆然と見守るルクレシェア。
「はい! はーーい!!」
……が、猛然と挙手してきた。
「我も何か手伝う! 我もユキムラの妻なんだから、クロユリと一緒にユキムラ殿のお役に立つ!!」
「ええ……?」
「気持ちは嬉しいけれど、ルクレシェア。これってシンマ屋敷をつくる話し合いよ?外国人のアナタじゃ、その辺の知識はまったくないし。今のところは黙って見ておいた方が……」
クロユリ姫の言う通りだと、僕も思う。
「アナタのフェニーチェの知識が役立つ時は必ず来るだろうし、その時は遠慮なく頼らせてもらうわ。だから今のところは見学ということで……!」
「いいや! ここはシンマとフェニーチェ、両技術の融合に挑戦してみてはどうだろうか!?」
なんかルクレシェアがいきり立っておる?
「シンマの建築技術にも、フェニーチェの建築技術にも、それぞれいいところがあるはずだ! それをうまく融合させれば、雷領は世界に二つとない優良建築群を有する! まさに両国の交流都市に相応しい様相となるだろう!」
それはまあ、たしかにルクレシェアの言う通りかもしれんが……。
「でも、具体的にどう融合させようっていうの? 新たなフェニーチェの使者が着くのに、そこまで長い時間はかからないだろうし、研究する期間もそんなにないわよ?」
「案ずるなクロユリ。我には既にイメージが出来上がりつつある!」
?
何だか凄い自信のルクレシェアに、却って不安が高まるのはこれまでの経験ゆえ……。
「そもそも忘れてもらっては困るぞ! 貴公らが度肝を抜いたこの巨大城壁、誰が築いたのかということを!!」
「ルクレシェアの形ある黒歴史だよね?」
「ユキムラ殿がいじめるぅぅーーーーッッ!?」
いや、今のは明らかにルクレシェアがみずから落とし穴に落ちていったような……。
「でも、たしかにあの城壁の巨大さにはビックリさせられたわ。あんなのどうやって建てたのか、わたくしにはわからない」
「そうだろう、そうだろう!!」
クロユリにおだてられて鼻高々なルクレシェア。
あまり彼女を甘やかさないようクロユリ姫を注意するのは後にするとして。
……たしかに、役割自体はただの張りぼてに過ぎなかったけれど、この拠点基地に建てられた城壁の巨大さは桁外れだ。
あんな巨大なものはシンマの建築技術では建てられない。しかもそれを、フェニーチェ本国から遠く離れたこの場所で、少ない日数のうちに仕上げたのだから益々不可解だ。
「一体ルクレシェアたちは、どうやってこんなのことを成し遂げたんだ?」
「ふふふふ……! よくぞ聞いてくれた。何を隠そう、これがフェニーチェ法国の誇る魔法技術の力だ!!」
魔法技術。
そう言えば何度もその言葉出しているよなフェニーチェの人たちは、むしろ自慢げに。
「シンマ王都を襲った軍艦も、その魔法技術ってので作ったのよね?」
「そうだ! フェニーチェ法国の『法』とは魔法の『法』。魔法技術でここまで発展してきたからこそのフェニーチェなのだ!」
ルクレシェアはとっても誇らしそうだ。
その魔法技術で、シンマ王都を襲ったりハッタリで圧倒しようとしたわけだが、今は無粋なツッコミなどせず、彼女に気持ちよく喋らせてあげよう。
「あの城壁を作ったのは、錬金魔法によるものだ!」
「錬金魔法?」
「岩などの無機物に魔力を通し、構造をある程度自由に変えることができるのだ! 我々はその魔法で周囲の岩場からガンガンブロックを作り出し、作業用モナド動力ロボットでガンガンブロックを積み上げさせて、最後にもう一度錬金魔法でブロックを繋ぎ合わせたのが、あの城壁なのだ!」
その魔法のおかげで最小限の人員、ほとんどの工具なしであの城壁を築き上げたというのか。
だとすればたしかに魔法技術とやら、自慢するだけのことはある。
「じゃあ、その魔法技術で手伝ってもらえば、短い期間でお屋敷をどんどん建てることができるってわけね!?」
「うむ! そして、その魔法を使うためには……!」
ルクレシェア、おもむろに右腕の袖をまくり上げる。
そこには、手首から肘にかけて、前腕部を丸々覆うぐらいの幅が長い腕輪が装着してあった。
「このモナドが必要なのだ!」
「モナド? この腕輪のこと?」
「正確には、腕輪にはめ込まれたクリスタルだな」
とルクレシェアが指差す先には、たしかに一際派手な水晶玉が腕輪に組みこまれていた。
てっきり装飾だとばかり思っていたが……。
「このクリスタルこそがモナドと呼ばれ、魔法を使用するために重要な役割を果たしている! これには、魔力を吸収し蓄積する機能があって、我々フェニーチェの魔法技師たちは、ここから魔力を抽出して魔法に変えているのだ!」
「へええ……、あッ! そういえばユキムラが沈めた、アナタの国の軍艦……!」
クロユリ姫が何か気づいたようだ。
「あの船のことを『モナド動力艦』って言ってたけれど……!」
「当然、あの船もモナドから放出される魔力で動いていた。我が身に着けているこれより、はるかに大きなモナド・クリスタルを搭載していてな。それこそがモナド動力機関だ」
なるほど。
僕たちが初めてこの拠点基地にやって来た時、船着き場に何隻もの軍艦が泊まっていたが、実は動力部がなくてまったく動かないと聞いた。
その動力部こそ、モナド・クリスタルということなのか。
「モナド・クリスタルは、魔法技術においてもっとも重要なものだ。いわばエネルギー貯蔵器。これがあるおかげで我々は、フェニーチェの外でも魔法を使うことができる」
……で。
「そこで一つ、問題が」
「ん?」
「モナド・クリスタルに貯蔵されていた魔力が、全部尽きた」