33 鬼嚢
「……まあ、そんなわけで、これから具体的な都市作りをしていくよ」
それが僕の、雷領主としての最初の仕事となる。
この雷領にフェニーチェ交渉団を受け入れるための立派な外交都市を作るのだ。
「領地全体の発展は、今のところは置いておこう。どっちにしろ一年二年で何とかなる事業じゃないし。それこそ十年単位で……、僕の子どもにでも完成を託すかな?」
「その子を生むのがわたくしの役目ね!?」
とクロユリ姫が勇んで言った。
……しまった不用意な球を放ってしまった。
「あっ、でも長男はシンマ王になるから、この領を継ぐのは次男にやってもらわないと!」
「本気だったんですかその野望!?」
「うふふふふ、大変だわー! 最低でも二人は生まなきゃいけないなんて!」
大変だわー、と言いつつも、全身から甘ったるい気が放たれまくってるんですがクロユリ姫。
「……我も、最低男子を二人は生みたいな。フェニーチェ法国に戻って法王になる子と、このシンマ王国に残って本国との連携を取りつつ、領地経営の手伝いを務める子だ」
「女の子だってたくさん欲しいわ! わたくしたちみたいに他家に嫁いで、雷領及びユキムラとの関係を作ってくれる! たくさんいすぎて困るということはないわ!」
「そうだな! 遠慮なんかせずにジャンジャン生もう!」
「十人でも二十人でも! 大丈夫わたくしたちになら出来るわ! だってわたくしたち安産型なんですから!!」
彼女らの夢が果てしなく広がっていく……!
いかんな、このまま彼女らの突っ走るに任せていたら、気づいた時には雷領が大王国になってそうな……!
ちなみに僕は反対です。
ヘタに大きくなっても軋轢を生むだけだし、注目を集めてイザコザに巻き込まれないよう慎ましやかな領でありたい……!
前世の僕が治めていた雷州が滅びた原因も、二割ほどは最強州とか言われて無用の注目を集めていたからだもんな。出る杭は打たれる。
で、残り八割の滅亡原因は僕が影公ヤスユキに絶対降伏しなかったから。
「……とにかく、できることからコツコツと、一つ一つ成し遂げていきましょう」
「はーい、つまり都市建築ね?」
「領の中にも、その中心となる首都が必要だからな!」
重要なのは、その領の首都を兼ねた、フェニーチェ法国との外交都市を作り上げようということですがね。
「この件はシンマ王ユキマス陛下から全面的な協力を取り付けていますんで、資材から資金、なんでも王都から送ってきてくれます」
そもそもあの人がやれって命令してきたわけだし、それなりに援助してくれないとやってられん。
「で、雷領の首都――、領都ですが……」
「うん」
「はい」
「せっかくだからここに建てようかな、と思っています」
ここ。
つまり今僕たちがいる旧雷州――、これから雷領となる土地の一角に建てられた、フェニーチェ法国の前線拠点。
ルクレシェアが率いたフェニーチェ法国第一交渉団が拠点とした、この城砦を、このまま一大都市へと改造する。
実のところ僕たちは今、その城砦内の一室で、一つのベッドに三人でゴロゴロしながら、この政談をしていた。
ユキマス陛下は夜明けと共にシンマ王都へ帰ってしまったし、こちらも方針が固まるまでは動けない。
というわけでその方針を、シンマとフェニーチェ両代表というべきクロユリ姫&ルクレシェアと話し合い中というわけだった。
ベッドの上でゴロゴロしながら。
まさに歴史は寝室で作られる。
「でもどうして、わざわざこの城砦に都市を?」
クロユリ姫からの質問に、僕は答える。
「あるものは利用しないと損じゃないですか」
元々はフェニーチェが、シンマ王国に影響を与える橋頭保として作り上げた、この拠点。
その周囲に張り巡らされた城壁自体、実に見事なもので別に僕じゃなくても、その内に一大都市を築き上げたいと思うだろう。
「幸いと言うか何と言うか……、城壁自体はシンマ側を圧倒するためのハッタリの役目しかなくて中身は空っぽ」
「やめてくれ! それ以上言うのは! この城壁は我のそびえ立つ黒歴史だ!!」
と悶え苦しむルクレシェア。
「でもだからこそその内に、何でも詰め込むことができる。城壁の中に思った通りの都市を作り出すことができる。この城壁は最高の土台だ。これを利用しない手はない!」
「ユキムラ殿……!」
「そうして、ルクレシェアの失敗は城壁の形で歴史に残る」
「ユキムラ殿が苛めるぅーーーッ!!」
ルクレシェアが、クロユリに抱きついて泣き出すのだった。
「よしよし……! でもこの城壁の内側、本当に何もないサラ地だものね。ここに
お家をたくさん建てて街を築いていくって、想像するととても楽しそうだわ」
クロユリ姫も前向きだ。
では、これからすべきことは決まった。
「じゃ、まずは築くか。雷領開始の第一歩となる都市を」
そしてそこを、対フェニーチェの防衛拠点とし、シンマ王国を守るための防壁とする。
俄かに忙しくなってきた。