31 雷領始まる
「領主就任おめでとうユキムラ!」
「おめでとうユキムラ殿!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ……!
左右から心のこもった拍手が鳴り響く。
シンマ王国の王女、シンマ=クロユリ姫。
フェニーチェ法王の息女、ルクレシェア=ボルジア=フェニーチェ。
彼女ら二人から贈られる拍手なんだけども……。
「あんまり嬉しくありません……!」
僕は今の心境を素直に吐露した。
「えー? なんで? 領主よ、一領の主よ! 大出世じゃない!?」
「ユキムラ殿は、つい最近まで低い身分にあったと聞く。実力実績が認められたということではないか! それはどこの国においても喜ぶべきことだぞ!」
いつの間にか仲良くなった両姫からおだてられても、正直言って喝采よりも溜め息の方が出てしまう。
「実際、責任を背負わされたって感じだからなあ……」
この僕――、ヤマダ=ユキムラは、シンマ王国に生まれた下級武士の息子。
しかし、ゆえあってシンマ王シンマ=ユキマス陛下の目に留まり、一地方の領主に封ぜられることになりました。
まあ、大抜擢と言っていい。
なのに立身栄達に心躍らないかのは何故かというと……。
まず一つ、封じられた領地というのが人っ子一人住まぬ僻地だということ。
そこはかつて雷州と呼ばれ、僕らの住むシンマ王国において最後のいくさが行われた地であった。
だからこそ戦後この地を苛烈な処置が襲い、住民は退去させられ、長きに渡って放置された。
土地は荒れ放題で人も住まず、街どころか一軒の家もなく、畑一枚もない。
そんな領地を貰って喜ぶ人間がどこにいるのか?
あともう一つは、僕がこの領地を貰うに至った経緯。
現在、我らがシンマ王国は、遠い国のフェニーチェ法国との間に面倒くさい状況に陥っている。
詳しい話は長くなるので割愛するが、場合によっては戦争になるかもしれない、という状態だ。
まともな神経の人間なら最悪の状況――、つまり戦争は避けたいと思うはずだし、幸い我が君主――、シンマ王ユキマス陛下も充分にちゃんとした良識の持ち主であらせられる。
フェニーチェ法国との戦争回避のために取った方策こそ、この僕に雷州を与えること。
今は雷州改め雷領となり、正式にシンマ王国を構成する六つ目の領となったとのことだが、要するにこの領は明確な――、しかも国の存亡を左右する重大な――、目的をもって立ち上げられたわけだ。
その領主に抜擢された僕。
重大な責任が、僕の肩にのしかかっている。
「……というわけで、喜ぼうにも喜べません」
頬がゲッソリ痩せこけた気がする。
最近食も細いし。
「何を言っているのユキムラ。シンマ王国とフェニーチェ法国を平和で取り持つなんて簡単なことじゃない」
「そうだぞ。ユキムラ殿にはユキムラ殿にしかできない最高の友好策があるではないか!」
クロユリ姫とルクレシェア。
両国の王女様が寄ってたかって僕に迫って来る。
僕だけにできる、シンマとフェニーチェを繋ぐ友好政策?
「それは……!」
「そーれーはー……!!」
「「私たちと結婚すること!!」」
やっぱりそう来たか!
先日から彼女らは、そう言ってグイグイ僕に迫りまくりなのだ!
「シンマ王国始まって以来の英雄と言われるユキムラが、両王室の姫を娶る! これこそ両国の友好の証だわ!」
「そもそも政略結婚とは、二勢力の関係を良好にするため行われるものだからな! ユキムラ殿の存在は、我らフェニーチェにとっても大きい! そのユキムラ殿が、法王の娘である我を娶れば、両国に強い絆が生まれることは明白!」
「同時にシンマ王女であるわたくしのことも娶って、シンマ王家との繋がりもアピールするのよ! 大丈夫! シンマ王国では一夫多妻が認められてるから!」
グイグイ迫って来る。
このグイグイぶりが婚姻政策で他家を取り込み大きくなってきた王家ならではという感じで……。
「でも、政略のために結婚するって言っても……!」
「……ちゃんと愛してくれないと嫌だぞ!」
「「私たちも精一杯愛するから!」」
何度言うか、もう……!
……愛おしい……!!
「しかーし! 絆されるわけにはいかんのだ!!」
二人まとめて抱きしめようとした腕を、寸前ところで引っ込める。
「ユキムラのいけずー!」
「いけずだぞユキムラ殿!」
可愛い子ちゃんたちのブーイングをものともせず、僕はみずからの正気を叱咤する。
右手左手で、クロユリ姫とルクレシェアの手をそれぞれ握りながら。
「今は……、これが精一杯……!」
「ユキムラって、流されないように見えて少しは流されるのよね」
「そういう紳士を捨てきれないところがユキムラ殿のいいところだ……!」
くっそ。
いっそ全身流れに身を委ねてしまえばどんなに楽なことか。
今すぐ二人に飛びかかって寝台に倒れ込み、服を全部脱がせて甘くて幸せな瞬間を味わったあと、その帰結として当然生まれてくる子供たちを育てて幸せな家庭を築きたい!
しかし!
そういうわけにもいかないんですよ情勢的に。
「シンマ王国とフェニーチェ法国の、主張の落としどころが見えてませんからね」
フェニーチェ法国は、シンマ王国が持つ特殊な能力『命剣』を研究したいと望む。
シンマはそれを拒む。
二国の主張は今のところ平行線で、妥協点を見つけられていない。
「この問題が解決しない以上、どれだけ姻戚関係を強めても意味はありません。むしろ決定的な破局に至った時、大きな傷になる」
「ぶー」
「だったらユキムラはどうすればいいって言うのよ?」
そこで……。
「だからこその雷領ですよ」