30 侵略すること美女の如し
二人を孕ませるな。
ユキマス王からそう命じられた。
密命で。
『ああは言ったが、クロユリとご息女殿の二人におぬしの子どもを生んでもらうのは、もう少し先延ばしにしてほしい』
いや、そんなこと言われても、と思うより他がなかった僕としては。
だってそれ王様が勝手に言い出したことだし。
『ああ言うことで、意識を逸らす効果はあったからのう。フェニーチェの客人を追い出したり、処刑することなんかできんし。しかしここにいる間、コソコソ余計なことをさせんためにも、わかりやすい目標を提示しておくのはよい』
僕は、ルクレシェアたちの行動を抑制するためのエサか。
目の前にニンジンをぶら下げておくことで、左右に目線をブレさせまいと?
『しかし、本当に異国のご息女殿がおぬしの子を孕んでしまったら、それ自体状況の変化じゃ。フェニーチェとの交渉も、それを軸に行うことになる』
相手の出方もわからない以上、ユキマス王が国内をまとめ上げるまでは下手に段階を進められない。
かといって、ルクレシェアに手を付けず、クロユリ姫だけ懐妊させてしまっては、それはそれで角が立つだろう。
だから結局、僕は問題が解決するまで二人に手を出すことはできない。
まあ、どっちに対しても手を出した時点で絶対めんどくさいことになるからできないけれど。
と思っている点で王からの命令は渡りに船だった。
「……かたやシンマ王国のお姫様。……かたやフェニーチェ法王の愛娘」
うん、絶対面倒くさいことになる。
言われなくても絶対手ェなんか出さないわ! と腹の中で思いつつ、いい感じに酔っぱらってしまったユキマス王を従者さんに任せて自室に戻る。
……行く先に不安しか感じない。
いつの間にか領主になんかされてしまったし、前世で治めていた雷州を雷領と改めて、もう一度治めろなんて洒落の利いた冗談か。
「とにかく今日はもう寝よう」
気疲れが激しいので、今日は寝てしまうことにした。
フェニーチェの皆さんがガワだけ築いた城壁。その内部に守備兵の宿直室として使う予定の部屋がいくつもあったので、そこで寝させてもらうことになっていた。
ドアを開けて、そのままベッドだっけ? とかいう寝台に倒れ込もうとした矢先……。
「「お帰りなさいませ旦那様」」
ユキムラは待ち伏せに合った!
「ぎゃあああああああああああああああああああッッ!?」
クロユリ姫!?
ルクレシェア!?
二人が床に直接跪いて、三つ指付いていた!?
「ええと、こんな感じでいいのか? シンマのマナーは学んだばかりで、上手くやれり自信が……」
「完璧よ! ベリグーよ! わたくしも覚えたての異国の言葉を使っちゃうぐらいオッケーよ!!」
なんか二人の意志が通じ合ってるんですが! それよりも!
「どうしたんですか二人とも!? 二人の寝室は別でしょう!? ここ僕の部屋ですよ!?」
「わかってるわよ、ユキムラのお部屋だから来たんでしょう?」
「えええええええええ……!?」
何故に?
と聞くだけ野暮な気がする。
というか聞いちゃったらもう後戻りできなさそうで怖い感じが。
「ユキムラ殿に抱いてもらいに来たのだ」
聞かれる前に言ったァァァァーーーーーーーーーッッ!?
そしてやっぱり想像した通りの答えだった! 完璧に新婚初夜の寝室だここ!
「お父様の提案は、とっても魅力的だと思うわ。目から鱗が飛び出したもの」
飛び出したんですか!?
「ユキムラが、わたくしとルクレシェアさんの両方を娶れば、きっとシンマとフェニーチェ友好の懸け橋になるわ。わたくしとルクレシェアさんがそうなったように。他の人たちも友だちになってほしい」
「ユキムラ殿から遺伝子を頂き、我が子に『命剣』能力を継承させる……。そこから先はどうすればいいか、まだわからない。でも素敵なことであるとは間違いなく思うのだ」
「わたくしの血も混じった子なら、シンマ王を継承する資格もあるわ! ましてユキムラの英才を受け継いだ子ならなおさら! 狙えるわ、次のシンマ王!!」
「フェニーチェ法王は元々血統関係なく就けるが、我が家の権勢に、ユキムラの才能が合わさって兄上の野望を打ち砕くのだ! そうして、シンマとフェニーチェ……!」
「異母兄弟がそれぞれ王位に就いたら……!」
「「世界は一つに!!」」
それ僕が世界の支配者になりませんかね!?
荷が重すぎて嫌なんですが!
「でもね……! どっちかが先に授かって、どっちかを取り残すなんて嫌なの。わたくしたちはもうお友だちだから」
「そうだ、だからこそユキムラ殿から遺伝子を頂くのは、二人同時と話し合って決めたのだ。なので……!」
「はしたないかもしれないけれど……!」
「今夜、二人一緒にお願いします!」
ひゃああああああああああッッ!?
なんだよその夢のような提案は!? 危険すぎるくらいに甘すぎる!
侮っていた。僕はこの事態を侮りすぎていたぞ!
手を出したら絶対めんどくさいことになるから手を出さないって言ったじゃん?
でもそれで本当に手を出さずに済ませられたら、世の中結婚する男なんていねえ!
「くっそう……! 可愛い……! 二人とも可愛すぎる……! この二人を……! 二人を!? 同時に!? くっそ可愛い! でもダメだダメじゃない! でもダメだ!」
「きゃあああ! ユキムラがわたくしたちのこと『可愛い』って言ってくれたわ!!」
「よかった……! はしたないと嫌われるんじゃないかと内心ドキドキしていたんだ……!」
「だから言ったでしょう!? ユキムラはそんなに度量のない人じゃないって! でもわたくしだって実はドキドキしてたの!」
「ユキムラ殿……! 我は、初めてなので、どうかよろしく頼む」
「わたくしだってそうよ! でもわたくしたち二人一緒なら大丈夫よね!? 二人とユキムラなら、何だって乗り越えられるわ!」
クロユリ姫とルクレシェアのお二人は、嬉し恥ずかし夢と希望に満ち溢れていた。
いかん、このままでは完璧に押し流される。
押し流されていーじゃんとも思うけど、「手を出すなよ」って王様からも言われたし!
「はッ!? ……王様!?」
酔い潰れる寸前のユキマス王から、土産とばかりに渡された酒瓶が握ってあった。
このヤマダ=ユキムラ。
恥ずかしながら十六歳で酒の楽しみに慣れておらず、さっきの密談でもまったく飲まなかった。
こんなもの貰っても困るだけだよと思ったが、この酒を一気に煽り飲む。
ゴックゴクゴクゴクゴク……!
バターン。
「きゃあーーッ!? ユキムラーッ!?」
「しっかりしてくれユキムラ殿ーッ!?」
薄れゆく意識の中、もっとも明確に色濃く残った感情は、やっぱり流されときゃよかったかな? という大きな後悔だった。