02 武士の家庭
そもそも何故、転生したのか?
いや、転生自体は皆しているのかもしれないが、何故僕だけが転生して、前世の記憶を引き継いでいるのか。
それすら僕自身にも皆目見当がつかなかった。
肉体滅びようとも魂は不滅。輪廻転生し様々な肉体を渡っていくのだ、と聞いたことがあるが、前世の記憶をそのままに新しい体へ移り行くなど聞いたことがない。
まあ、それでも天下泰平なシンマ王国に生まれたからには、雷公ユキムラではなく一般庶民ヤマダ=ユキムラとしての生を精一杯お勤めしようと思う。
雷公ユキムラは、既に死んだのだ。
前世での義務やら責任やらに解放されて、気楽に生きることのなんと清々しいことか。
そんな生を満喫し続けて、そろそろ十六年が経った。
* * *
王歴百十六年。
この僕ことヤマダ=ユキムラは、ちょうど王歴百年の生まれであるため、年号を数えるのが楽でいい。
自分の年齢に+100すればいいだけなのだから。
今日はそんな、十六歳になった僕の何気ない一日。
……の、はずだった。
* * *
「父上、母上、おはよー」
庭の畑の水やりを終えると、食卓では既に朝食が始まっていた。
弟のジロウが自分の皿のアジフライを食い終えて、僕の分にまで箸を伸ばそうとしていたので慌てて叩き落とす。
「そぉい!」
「痛いッ!? 兄ちゃんなんだよケチ臭いな、アジの一匹ぐらい!」
家の手伝いもしないで何を偉そうに言っておるか。
朝の仕事をしていた兄を出し抜こうなど笑止千万。
「ユキムラ、ジロウ。ケンカしてないでさっさと食べちゃいなさい。もう時間ないんでしょう?」
と炊事場から母上の声が飛ぶ。
「そうだった! ボヤボヤしてたら稽古に遅れる!!」
ジロウは弾かれたように残りの朝食を掻き込むと、慌てて駆け出していった。
皿も片付けずに。
「ジロウは、剣の稽古が楽しくてたまらんと見えるな」
食卓に残り、アジの尻尾を未練がましくしゃぶっている父が、感慨深げに言っていた。
「昨日道場の先生と話をしたんだが、ジロウのヤツ、なかなか筋が良いそうだ。普請係を何代も続けてきた我がヤマダ家だが、ついに王城警護の『命剣』兵を輩出できるかもしれんな」
「父上」
たしなめるように僕が言う。
「お城の普請係だって立派な仕事でしょう? その仕事を代々勤め上げてきたご先祖様に失礼ですよ」
「はっはっは! これはユキムラの言う通りだ! 兄上に一本取られたな、シラエ?」
と父上は、隣の席でアジフライをグチャグチャにしてしまっている妹のシラエに笑みかけた。
父上は、この末娘にメロメロだった。
父と母、長男である僕――、ユキムラに弟のジロウと妹のシラエ。
以上五人家族が、我がヤマダ家の総員だ。
父母は僕が生まれてから二年後にジロウを出産、そこからさらに七年後にシラエを生む。
どこからどう見ても熟年夫婦の境に達した今でもなお夫婦仲は良好で、今にも四人目を拵えてきそうな勢いだ。
ヤマダ家自体は、シンマ王家に仕える武士の家系だが、その中でも最下級に属する木っ端サムライ。
シンマ王国の頂点に立つシンマ王家に直接お仕えしている、と言えば聞こえはいいが、そんな家系は何百とあって、身分の高さも貰える俸禄の多さもヤマダ家より上のお家はいくらでもある。
またサムライと言っても、戦争自体がシンマ王国の建国と共に絶えて久しいのだから、兵士や戦士としての仕事など常態的な警備兵の職ぐらいしかなく、しかもそれが恐ろしく限られている。
自然ウチのような下級士族が入り込めるわけもなく、我が家の父が割り当てられているのは普請役という、シンマ王城の手入れをしたり、壊れた個所を修復したりするという大工のような仕事だった。
「よーし、朝飯も食ったことだし、お仕事に出かけるとするか! ユキムラ、準備はいいか?」
「いや、もう少し待ってくださいよ。僕今食べ始めたところ……!」
僕もまた父上の息子である以上、代々続いてきたヤマダ家の仕事を継ぐのは当然だった。
僕も既に十六歳。シンマ王国では充分に一人前とみられる年齢として、既に父上の仕事を手伝い始めている。
今日も父上と一緒に登城することとなっていたので、急いで飯を掻き込み、残さずすべてを空にする。
「ご馳走さま!」
ジロウのヤツが残していった皿も合わせて重ね、流し場へと運んだ。
「いつも悪いわねユキムラ、お弁当出来てるわよ」
母上がご飯も食べずに炊事場にこもっていた理由がこれだった。
台の上にデンデン! デン! と三つの弁当箱が並ぶ。
「ん? 三つ?」
一つ目が父上の分で、二つ目が僕。
で、三つ目は?
「あら、もしかしてジロウってば、お弁当も持たずに出ちゃったの? 稽古に遅れそうだからって慌てん坊ねえ」
弟の分か。
アイツはまだ十四歳で一人前の年齢とは見られず、道場に通って稽古三昧の日々。
シンマ王国のサムライに、剣の技量は不可欠と言う建前。
しかしジロウのヤツはその方面の才能があるらしく、努力の分だけ上達し、当人もそれが楽しくて仕方ないらしい。
「ねえユキムラ、アナタお仕事のついでに届けてあげてくれない? どうせ道場はお城に行く途中にあるんだから、手間にはならないでしょう?」
「おい、お前……!」
父上が慌てて母上の言葉を遮ろうとした。
気を使ってくれているのがわかった。
「心配しなくていいですよ。弁当は僕が必ずジロウに届けておくから」
母上が心を込めて作ってくれた弁当だ。
残さず食わせなければ弟にも僕にも罰が当たる。
「では、ヤマダ=ユキムラこれよりお勤めに行ってまいります。シラエ、いい子でお留守番してるんだぞ」
七歳に満たない可愛い盛りの妹に見送られ、僕は父上と共に家を出た。
このままお城へ登る途中に道場へ寄って、弟に弁当を渡し、そこからいつも通りの職務をこなしていつものように家に帰る。
今日もそんな一日が過ぎていくのだろうと思っていた。
この時点ではまだ。