28 暴れん坊シンマ王
「シンマ国王ユキマス陛下……!?」
なんと。
僕らと一緒にシンマ船に乗ってきた、交渉補佐を役目とする文官。
その中の一人が、やたら目深にかぶった頭巾を取ると、その下から出てきた顔は、たしかに見覚えのある福々しい丸顔。
「いかにも、余がシンマ王国五代目国王、シンマ=ユキマスである」
「はッ!!」
僕はすぐさま雷剣を消し去り、王へ向けて跪いた。
その動きに倣って、場にいる全員が王に向けて平伏する。本来その義務のないフェニーチェ人までもが。
「余が王だから跪いているのではない」
ユキマス陛下が言った。
「ユキムラ、英雄であるおぬしが膝を折っているから、他の者も倣うのじゃ。英雄が讃えるものを讃えずにいるには、その英雄と死合う覚悟が必要じゃ。この場の中に、そんな豪胆者など一人もおらぬ」
「何故、こちらに……!?」
アナタは今、シンマ王都にいるべきはずでは?
こちらでのことは、すべて僕の判断に任せて。
「しかも、わざわざ変装し、ご身分を隠してお忍びの同行とは……!?」
「おぬしの仕事ぶりを見てみたくての。煙たいのが近くにおらん方がやりやすかろうて、この太鼓腹を官服に隠しておったんじゃ」
と出っ張った自分のお腹をポンと叩く。
その腹の大きさ自体は隠せていないですけどね……!
「……さて、そこの愚か者どもよ」
「はひぃッ!?」
見た目屈強な男たちが十数人。
自分たちの漏らした小便塗れの床に、気持ち悪かろうともその上で平伏の姿勢を崩すことはできない。
「余の娘を情婦呼ばわりか。いつからおぬしら、そんな大それた口が利けるほど偉くなった?」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!!」
「お許しを、国王陛下!!」
もはや連中には、さっきまでの威勢のよさなど欠片も残っていなかった。
「やはり斬り捨てましょう」
「まあ待てユキムラ。連中から武士の称号を剥奪し、野に落とす。それで許しておあげ」
「しかし陛下」
それで命令不承服や不敬の罪は罰せられても、僕個人の復讐は達せられない。
自分の女を侮辱したヤツらを生かしておけというのか。
「ならばユキムラ、武士でなくなり、身分を失ったコイツらを、おぬしに預けよう」
「は?」
「奴隷のごとくこき使うがいい。サムライにとって誇りは命より重ければ、代わりにそれを奪うがいい」
それで、この件は打ち切りとばかりにユキマス陛下は話題を変える。
「時にユキムラ。おぬし、面白い形でことを収めたのう?」
「ははッ……!」
悪戯っぽいユキマス陛下の微笑みに、僕は恐縮するしかなかった。
「当地に踏み込んでわかったこと。ここのフェニーチェ人に何かを引き起こす余力はありません。一安心と行きたいところですが、やはり気にかかるのはフェニーチェ本国……!」
「そのために、ここの者どもの協力は得ておきたいというか……!」
ユキマス王はヨタヨタと肥満体を進め、ルクレシェアの下へと向かう。
ルクレシェアも、周りに流されてか平伏の姿勢をとっていた。
「お立ちなされ。法王のご息女たるアナタに平伏されては、余も恐縮いたす」
「は……」
礼儀は、自分と相手の立場によって複雑に使い分けられねばならない。
ルクレシェアは立ち上がり、フェニーチェの流儀らしい敬礼を取った。
「フェニーチェ法王アレクサンド十三世が息女、ルクレシェア=ボルジアにございます。お初にお目にかかりますシンマ国王」
「うむ。では、単刀直入に聞くが……」
ユキマス陛下は言った。
「おぬし、ウチの娘と一緒にユキムラの子を生まんかね?」
「「「「「「「はあああああああああッッッ!?!?」」」」」」」
これには、そこの集った全員が大驚愕の大絶叫。
もはや出身国に関わりなく一斉に。
「まあ、お聞きなさい。アレじゃ。おぬしらは『命剣』が欲しいんじゃろう? しかし『命剣』はシンマ武士の血と心に宿るもの。譲渡などとてもできん」
それは、繰り返し何べんも言われていますが……!
「しかしご息女殿がユキムラの子を生めば、ユキムラの雷剣はその子にも受け継がれよう。その身に流れる血の半分はフェニーチェ人。フェニーチェの者にありながら『命剣』を使う者が、その時初めて生まれる」
「……ッ!?」
たしかにそれは……!
その可能性は大いにあるが……!
「しかし陛下、それでは結局我が国の宝『命剣』が外に持ち出される事実は変わりなく……! しかもユキムラ殿の息となれば『天下六剣』の一つ、雷剣と……!」
「ユキムラの嫡子は、我が娘クロユリが生む」
文官からの異論を、そう言って封じるユキマス王。
「それゆえ雷剣は問題なくシンマに残る。無論すべての問題がなくなるわけではないがな」
ユキマス陛下からの、ルクレシェアへの試すような視線。
「たとえばご息女殿、おぬしらはかねてより『命剣』を研究したがっておったが、自分が腹を痛めて生んだ子を、実験動物のように扱うことができますかの?」
「それは……!」
できない。
そうルクレシェアの瞳に浮かんだ迷いの色が語っていた。
「ルクレシェアさんは優しいのよ! そんな意地悪な問い方をしないでくださいお父様!!」
「ふぉっふぉ……! ちょっとの間に、異国の友だちととても仲良くなったのうクロユリ。ことほど左様に、容易に解けぬ問題は山ほどある。時間をかけて解きほぐしていけばよい」
その時間こそが、ユキマス王が求めているもの、というわけか。
シンマ王国を安泰とするための、様々な手段を準備するための時間。
「異国のお客人よ。おぬしらの帰るに帰れぬ事情は汲むが、さりとて我が国内を自由に歩き回らせるわけにはいかぬ。こちらにも事情がある」
「では、どうすると?」
僕の相槌に、ユキマス王が目を光らせた。
「そこに、さっきのご息女殿への問いかけも絡んでくるんじゃよ。ユキムラ、おぬしに新たな命令を与えたい」