27 正当なる殺人
こうしてある程度話はまとまった。
一つ、ルクレシェアが代表を務めるフェニーチェ交渉団は、自身を保持する能力がないことを認め、シンマ王国の保護を受ける。
二つ、指揮者であるルクレシェアは、捕虜としてシンマ王国の管理下に入る。フェニーチェ本国から新たな使者がやって来た場合、その折衝に協力する。
三つ、雷州に建てられた拠点基地は、その扱いをシンマ王国に一任する。
以上であった。
当然反発が起きた。
フェニーチェ法国側からではなく、シンマ王国の側から。
* * *
「納得できませんッ!!」
と僕らに詰め寄ったのは、シンマ木造船で僕たちと一緒に渡ってきた乗組員たちだった。
交渉補佐を務める文官よりも、それらを守る役目で同乗した護衛官たちの方が鼻息が荒い。
「そんな処置、手緩すぎます!」
というのが彼らの主張だった。
「ヤツらは恐れ多くも神国シンマの地を土足で踏み荒らし、あまつさえ王都へ砲撃したのです!!」
「その罪、万死に値します!」
「それなのに施しを与え、生かしてやろうというのですか!? 食べ物を与え、安全を保障してやると!?」
「こんなヤツら困っていたとしても自業自得だ! 放置して干からびるのを見物してやればいい!」
「いいや、それも手緩い! この手で斬首してやる! 首を王都に持ち帰って、シンマに逆らう者がどうなるかをハッキリ示すのだ!!」
とまあ血気盛んだ。
強硬論を唱えて、僕らに詰め寄る者たちは十人以上いた。ほとんどが護衛役のサムライや、船乗りと言った荒くれ者たち。
こんな連中の血気が限界に達して激発すれば、けっこうな修羅場と化すだろう。
その様子を脇から見て、当のフェニーチェ人たちは戦々恐々としていた。
「まあまあ、落ち付きなさい」
そんな若者たちを抑えるために、僕は老師の風を演じなければならなかった。
「キミたちの怒る気持ちはわかる。しかしここで血を流したところで何も解決しないじゃないか。それよりも先の未来に向けて、実利のある選択をするべきだ」
「未来とは何です!?」
「ここにいるフェニーチェ人を害したとしても、いずれすぐまた本国から新しい使者がやって来る。それに備えよということだ」
「だったら! なおのことコイツらは斬って捨てるべきです! 新しく来る連中に、『シンマに盾突けばこうなるぞ』と見せつけてやるのです!!」
などと乱暴なことを言いやがる。
「そうだ! 異人どもは、こちらが甘い顔をしているからつけ上がるのだ!」
「徹底的に叩きのめして我らの力を思い知らせてやれば、二度とシンマには近づくまい!!」
「シンマ王国のサムライは無敵! 何を恐れる必要がある!?」
ダメだ。
コイツら自分の力を頼みにするあまり客観的な見方も出来ていない。
少なくとも戦争状態に入れば、シンマ王国はみずからの存亡を賭けてフェニーチェ法国と争わねばならない。
フェニーチェはそれぐらい強力な敵なのだ。
なのに何の根拠もなく、戦えば自分たちが圧勝すると無邪気に信じている
「ユキムラ殿、どうかご再考を! シンマの敵は遅疑なく殺し尽すべきだ!!」1
「右に同じ! 『天下六剣』を復活させた英傑たるアナタが、何とウジウジした物言いか」
そうは言いますけれど……!
「それともユキムラ殿! まさかアナタは、そこなる異国娘の色香に惑わされたのではあるまいな!?」
あ?
狼藉者たちの視線が、僕の後ろへ控えているルクレシェアに向く。
「何と情けない! 高潔なるシンマ男子ともあろう者が、女ごときに現を抜かして判断を誤るとは!!」
「アナタがそこなる売女と寝室にこもり、時を過ごしたのは聞き及んでいます! 一時の快楽と共に国の誇りを売り渡すとは、我々はアナタを見損ないましたぞ!」
「あまつさえ、戦場にも等しいこの場所に王族と言えども女ごときを連れてくるとは! 浮ついておりますぞ! 強さに慢心して気が緩んでいるようですな!」
今度は、ルクレシェアの隣にいるクロユリ姫にまで悪罵が行く。
王族相手に、はばかりなく人差し指を突きつける。
「違うわ……! わたくしが着いてきたのは、わたくしが強引にユキムラに頼み込んで……!」
「女ごときが口出し無用!」
クロユリ姫の弁明も相手は受け付けない。
「戦場に情婦を伴うとは、サムライを侮辱せし行為! この恥を雪ぐためにはユキムラ殿! 腹を切りなされ! 切腹して、己が潔白を証明しなされ!!」
「そうだ、そうだ!」
「同意、同意!」
「腹を切りなされユキムラ殿! それくらいやらねば真のサムライとして……!? うぎゃああッッ!?」
相変わらず、クロユリ姫に向けて突き付けられた人差し指を、僕がパンと払った。
それだけでバカの人差し指は、根元からボッキリと折れた。
「よし、わかった。お前らは死ね」
既にその手からは雷剣が抜き放たれていた。
その輝きを見て、集団で熱狂していた連中の顔がすぐさま真っ青になった。
「ユキムラ殿……! それは……!」
「僕はチンピラじゃあないから、キッチリ『殺す』と宣言したあとに殺してやる。お前らが何故死ななければならないかもキッチリ説明してやる」
お前たちが死ななければならない理由は三つだ。
「一つ。この場の指揮責任者である僕に何の権限もなく口出しし、異を唱えた。求められてもいないのに。それは指揮系統を混乱させ、場合によっては敵に付け入る隙を与える重大な利敵行為だ」
それだけならまだよかった。
侮辱するのが僕だけならば、僕はずっと笑って済ましていただろうに。
「二つ。敬すべき異国の客人であるルクレシェアを売女と侮辱した。それだけでも万死に値するというのに。お前たちは飽き足らず、あろうことか自分の主であるシンマ王家の姫君をも情婦と侮辱した」
「そ、それは……!」
「命を投げ打って主に奉公するのがサムライなれば、この時点でもうお前たちにサムライたる資格はない」
そして。
「三つ目、この僕の女たちを侮辱した。この僕のもっとも大切な女たちを傷つけた以上、ソイツらに復讐しなければ僕の男は保たれない」
以上三つ。
「この理由をもってお前たちは死ね。自分が何故死ぬかを噛みしめながら、出来る限りの後悔を持って死ね」
伸縮自在、形状自在の雷剣は、大蛇のようにのたうち曲がりながら輪状になって、バカ男どもを取り囲んでいた。
もはや逃げ場はなかった。
あとは雷剣が、コイツらの体を胴から二つにサックリ分けるだけだった。
「やめて! ユキムラやめて!」
そんな僕を、クロユリ姫が慌てて止める。
「たしかにこの人たちの言うことは許しがたいけれど、何も殺すことはないわ! もっと軽い罰で済ませてあげて!」
「我からも願う! 我も貴公らに相当汚い言葉を浴びせかけてしまった。その報いと思えば我は甘んじてそれを受け入れねばならん!」
ルクレシェアも一緒になって僕に縋る。
二人は優しい。しかし……。
「ダメだ」
僕は一言にて切り捨てた。
「アナタたちは僕の愛する宝だ。それを傷つける者はいちいち斬り捨てていかねば、僕は宝を守り通すことなどできない」
「ひぃぃぃーーーーーーーッッ!?」
「お助け、お助けぇぇーーーーーーッッ!?」
男たちは顔中涙で濡らしながら、股間も濡らして床にへたり込んだ。
「その判断、とにかく見事。しかしまだ若いの」
「?」
横から投げかけられる老いた声。
年を経た男性の声だったが、その声の聞き覚えに、僕は揺れた。
「この声、まさか……!?」
クロユリ姫も、長らく聞き慣れた声に動揺せずにはいられない。
その声は……。
「はい、余じゃ」
シンマ国王、ユキマス陛下……!?