26 ダブルプリンセス
「へ?」
「わかる?」
ルクレシェアの手を握って放った一言。
クロユリ姫は一体何がわかったというの?
「わかるわ! わたくしも生まれた頃から政略結婚の駒になることが決まってた! 恋をする自由なんてなかったわ!」
えぇー……?
「それはシンマ王家の女として当然のことと受け入れていたけれど、時々寂しかった。わたくしの恋は、いにしえの物語にあるような、燃え盛るような恋愛にはならないって……。でもね」
クロユリ姫の視線がこっちを向いた。
その瞳か完全に恋する乙女のものとしてキラキラ輝いていた。
「お父様から命令された時、わたくしの世界は一変したの。『ユキムラと結婚しろ』と言われた時に。家の都合で仕方なく結婚しなければいけない相手は、わたくしを恋の炎で燃え上がらせる人だった……!」
「そ、そうだったんですか……!?」
「でもユキムラは、わたくしと結婚するのと同じ理由で、すぐ戦いに行かなければいけなかった。……わたくしは嫌よ、せっかく出会えた最高の旦那様と、結婚してすぐ離れ離れになるなんて。だから我がままを言って、ここまで付いてきてしまった……!」
「そうだったんですか!?」
てっきりフェニーチェ憎しの行動だと思ってたし、そう言ってませんでしたっけ?
ああ、照れ隠しか!?
「わたくし、ユキムラとなら最高の恋ができる。いにしえの雷公ユキムラとユリカ公女には叶わなかった幸せな恋が。政略結婚の道具として諦めていたわたくしには、それが最高に幸せなこと。だからアナタの気持ちがわかるの!!」
クロユリ姫は、ルクレシェアの手をさらに強く握った。
「わたくしと同じように、諦めていた最高の恋に出会えたアナタの気持ちが!」
「そうか……! そうなのか……!」
ルクレシェアの手に、握り返す力がこもる。
「こんな悩みを持っているのは我だけかと思っていたが、異国に旅立てば同じ人はいるのだな……! 我と同じ悩みを持つ人が……!」
「そうよ! 周りの人たちは皆、わたくしのことを取り込みたい相手に与える贈り物ぐらいにしか思っていない。年賀祝賀で顔を合わせるたびに『そろそろお年頃ですか、まだですか』としか聞いてこない親戚連中がウザくて、もぉーッ!!」
「まるでウチの兄上みたいな口ぶりではないか! そこまで同じ悩みに苦しんでいたとは!」
「それだけに留まらないわよ! 親戚の中には、わたくしのお尻が大きいことを掴まえて『クロ姫様は安産型でいらっしゃるから、きっといい嫁になりますわ』とか、それでお世辞のつもりかァーッ!?」
「えッッ!?」
「え?」
なんか一際大きい反応をしたルクレシェア。
彼女は無言のまま、握っていたクロユリ姫の手を自分の背面――、と言うかお尻にもっていって、サワサワ触らせた。
「大きい!?」
「まさか遠い海を越えた向こうで、同じことを言われてる人がいるなんて!?」
「じゃあアナタも安産型!?」
「そうだ……! 『ルクレシェア様の大きなお尻は、ペチコートを着けないから一層目立ちますね』とか、『自慢だから見せびらかしたいんですわ』とか、そんなわけあるかァー!!」
なんか愚痴大会と化しておる!?
「…………ッ!」
「…………ッッ!!」
「「仲間ッッ!!」」
そしてわかりあった!?
もはや握手だけでは飽き足らず、全身で抱き合うクロユリ姫とルクレシェア。
「こんな、自分の生き写しのような人が遠い異国におられたとは! まるで十年来の友に再会したような気分だ!!」
「わたくしもよ! わたくしたち、絶対いいお友だちになれるわ! 最高の友に! 同じ悩みと、同じ大きなお尻、それから、大好きな人まで同じなんですもの!!」
クルッと、クロユリ姫の瞳が動いて、僕を捉えた。
不覚ながら、猛禽に見つけられたネズミのような気分になった。
「ユキムラッ!」
そしてルクレシェアと抱き合ったまま迫って来る!?
「わたくし、大変なことに気づいたわ。今まで大きなお尻は安産型だって、ただの迷信だと思って毛嫌いしてたの! でも、遠い異国のフェニーチェ法国で、わたくしと同じ大きなお尻のルクレシェアさんも同じことを言われてた。これはもう迷信ではなく事実なんじゃないの?」
「なるほど、まったく違う場所で派生した違う文化圏で、同じ見識が現れるということは先入観が原因にはなりえない。事実を元にしなければ。ということか?」
「そうよ! つまりわたくしの大きなお尻も、ルクレシェアさんの大きなお尻も、元気な子どもを安産するのに適しているということだわ、本当に!!」
だから! とさらに迫って来る。
「わたくし、ユキムラのために元気な子どもをたくさん生んであげられるわ! ユキムラの子どもを! 英雄の血を後世に受け継がせることは女の大事な仕事ですもの! 嬉しいでしょうユキムラ!?」
「あ、ハイ! ……はい?」
「それからルクレシェアさんも! 安産確定のお尻を持つわたくしたち二人がかりなら、二十人や三十人は軽く生めるわ!」
「え?」
「え?」
キョトンとした反応のルクレシェアに、クロユリ姫もキョトンとした。
「どうしたのルクレシェアさん? てっきりアナタもわたくしと同じぐらい興奮してくれると思ったんだけど……?」
「いや、だってユキムラ殿は、もうクロユリ殿のフィアンセなのだろう? 我がユキムラ殿から愛してもらう余地は……!」
と言われて、クロユリ姫はハッとする。
「そうか……、フェニーチェでは一夫一妻制だって、さっき言ってたものね」
「いや、実際のところは法的に認められていないだけで、ある程度社会的地位のある者は皆愛人を持っているがな。かく言う我だって、兄上とは腹違いだし……!」
「えっ、そうなの?」
「そもそも魔法神に仕える法王や枢機卿は生涯独身が建前なのに。むしろそれを逆手にとってたくさんの愛人を囲っている。そして出来た子どもを要職に就け、権力強化しているぐらいだから、完全に有名無実なのだ。ただ……」
ルクレシェアは悲しそうに声を沈めた。
「我は、貴公たちとは国籍も違うし、ウソをついてたくさん貴公らを貶めた。そんな我が、ユキムラ殿に愛してもらう資格など……。せめて慰み者として、情欲のはけ口と使ってもらえば満足と言うべき……!」
「そんなことはないわ!」
クロユリ姫、力強く言う。
「たしかにウソをついたけれど、今のアナタはこんなにも真実の自分を曝け出しているじゃない。わたくしは、そんなアナタをとても好きになれたわ。アナタの真実に触れて、友だちになれると確信した」
「クロユリ殿……!」
「だから悲しいことを言わないで。わたくしたち、お尻の大きい者同士。一緒にユキムラの子どもを生み育てましょう!」
「まさか遠き異国の地で、生涯のフレンドに出会えるとは!! 尽くすべき夫に出会えるとは!」
そして二人は、再び固く抱きしめ合った。
なんか話はまとまったように見えるが……。
「あの、僕の意志は?」