24 歴史はベッドで作られる
「ひゃあ!?」
「うわッ!?」
寝室に入ると同時に、美女二人を寝台に放る。
他でもないルクレシェアが寝起きしている寝室だそうだ。
シンマでは見たこともない作りの寝台で、フェニーチェ製のものだろう。見るからにフカフカそうだったので、思わず二人を放ったら、やっぱりフカフカだった。
二人の大きな尻が、布団の中に深く沈む。
そしてその二人とは当然言うまでもなく……。
シンマ王国の姫クロユリと。
フェニーチェ法王の息女ルクレシェア。
地位と血統はもちろんのこと、若さと美貌まで両国最高級の乙女が。密室で僕と三人きり……。
「あの……、あの……! なんで我の寝室に……!?」
と言いつつも、襟口を抑えながら後ずさるルクレシェア。
自分がどう扱われるのか察しはついているのだろう。
「何故わたくしまで?」
クロユリ姫の当然の疑問は、まだ置いておく。
「ルクレシェア、キミのことは人質にする」
「人質?」
「今ここにいるフェニーチェ人を皆殺しにしても、いずれ本国から新しい使者がやってきて同じことを繰り返す。シンマ王国は永遠に付き合わされる。煩わしい」
「…………」
「だから、せめてフェニーチェの最重要人物であるキミを手中にすることで交渉の手札としなければ割に合わない。質問するぞ。キミはあっちの王様の娘だと言ったが、お父上はどれくらいキミのことを大事に思っている?」
「どういう意味だ?」
「率直に言えば、『娘の命が惜しければシンマから手を引け』と言えば迷わず従うか? ってことだ」
その問いに、ルクレシェアは息をのんだ。
しばし黙考が続き、濃い溜め息と共に答えを吐く。
「……それはない。さっきも言った通り、貴国の『命剣』を得られるかどうかにフェニーチェの命運がかかっているのだ」
「命運か。その点あとで詳しく聞かせてもらおう、続けて」
「父上は……、自分で言うのも何だが、我のことを溺愛していると思う。我の身柄と引き換えなら大抵の条件は飲むと思うが、『命剣』に関しては退かない。……それに兄上もいるし」
「兄?」
「我が兄で、現法王アレクサンド十三世の次男レーザ=ボルジア。父上からフェニーチェの軍務を任され、その権勢は時に父上をも上回る。『凛冽の獅子』の異名を持つ、冷酷な御方だ。妹の我すら躊躇なく見捨てるだろう。『命剣』が関わっていればなおさらだ」
ルクレシェアはもうウソはやめたようだ。
自分にとって都合の悪いことも、相手にとって都合の悪いことも、隔たりなく明かす。
「それでも僕は、キミを使ってフェニーチェより優位に立ちたい。キミは今日から僕の手駒だ。それを許容すると言うのであれば、ここにいるキミの部下を助けてもいい」
「…………」
ルクレシェアは、全身を細かく震わせながら沈思した。
ここまで女性らしいか弱さを見せたルクレシェアは初めてだった。これから自分が置かれる立場を想像すれば無理もないだろう。
「……わかった」
そして決断した。
「元からこちらに選択権はない。父や兄から預かったフェニーチェ国民を救うため、喜んで我が身を差し出そう」
過酷な決断だった。
迷いを踏み越え決めることができたのは、何より彼女の意志の強さの証明だろう。
ハッタリなんて稚拙なところもあったが、技術大国の王女に相応しい高潔さを持っている。
「承知した。シンマ国内のフェニーチェ人の生命は、僕の名に懸けて保証しよう」
「礼を言う。…………では、少しでいいので後ろを向いていてくれないか?」
「?」
何?
「自分の立場は受け入れるつもりだ。でも、やっぱり恥ずかしいから……!」
「??」
「服を脱いでいるところは、見ないでもらえると助かる……!」
「???」
ルクレシェアの脱衣宣言に、僕はどうして疑問符連発。
「え? 待って待って? なんで服を脱ぐの?」
「え?」
「え?」
「ええッ!?」
何故かクロユリ姫まで一緒になって「え?」って言う。
「待ってユキムラ。わたくしも、ちょっとわけわからないんだけれど?」
「僕もわかりませんよ。ルクレシェアが何言ってるか」
「何言ってるのかわからないのは、アナタよ!!」
「えええッッ!?」
僕ですか?
意味不明なのは僕ですか!?
僕がクロユリ姫とルクレシェアを二人とも混乱させておるですか!?
「あのー……、ユキムラは、これから彼女を虜囚として扱うのよね?」
「そうですね、フェニーチェ本国との交渉材料としてね」
「だったら彼女のことを凌辱するんじゃないの?」
「ええッ!?」
「我も凌辱されると思ってた……!」
「ええええッッ!?」
何言ってるの! 何言ってるのこの子たち!?
僕のことそんな人間以下のクズ野郎だと思ってたの!?
「だって囚われの身になるなら、我はアナタの思いのままだろ?」
「しかも寝室なんかに連れてくるからてっきり……!」
違いますよ!
「僕は、女性を物扱いなんかしませんよ! たとえ捕虜でも同じ人間に敬意は払うし、まして相手国のお姫様なんて粗略には扱えませんよ!!」
大事な交渉材料をキズモノにでもしようものなら、交渉自体に差し障る!
言われてみればそうである。そうでしょう!?
「大体そんなことするつもりなら、クロユリ姫を同室させるわけないじゃないですか!?」
「あ、そうだ。そもそもなんでわたくし一緒に連れてこられたの? それ以前に、なんで寝室に連れてきたの?」
「そりゃあ……!」
話し合いするにしても重要な政談、立ち話で済ませるなんてできない。
かといって前に使われていた貴賓室は僕が壊してしまったし。他に落ち着いて話の出来る場所、適度に密室で話に集中できる場所はどこかな? と思って……。
「寝室辺りが最適かな? と……!」
「「紛らわしい!!」」
何故か二人同時に怒鳴ってきた。
そして、シンマ王国の行く末に関わる大事な話である以上、クロユリ姫に席を外させるわけにはいかないじゃないか。
「紛らわしい! まったく紛らわしいわよ! わたくしてっきり、その、二人同時に……!」
「我ながら物凄い初体験になると思ったんだぞ! このときめく気持ちをどうしてれる!?」
ときめく!?
なんで!?