23 正体見たり
「待て! 待ってくれ!!」
速やかに帰ろうとする僕たちを、ルクレシェアが必死に引き留めた。
「いや、待てと言われても。交渉する意味のない相手と交渉するなんて無駄そのものですし」
無慈悲な一言をルクレシェアに向けて言い放つ。
シンマ国内に拠点を築き上げたフェニーチェ勢に対して、シンマ王国を脅かす能力がないと判断されれば、彼女らと話し合うことなど何もない。
「あっちに並んでいる軍艦たち……」
船着き場へ戻ってきた僕たち。そこへ居並ぶ、かつてシンマ王都を襲ったのと同型の軍艦数隻を指さして、クロユリ姫が言う。
「あれも、ただ浮かんでいるだけで使い物にはならないそうよ。外側はキッチリできているんだけど、肝心の……モサド動力部? っていうのが積まれてないらしくて、砲撃どころか航行すらできないんですって」
「そんなの誰から聞いたんです?」
「その辺にいるフェニーチェの技師っぽい人から。まともに動くのは、この間アナタが沈めた四隻で全部だったそうよ」
え? 何それ?
「そうなんだよ!!」
ルクレシェアが泣き叫ぶように言った。
「我々は、モサド動力艦をすべてアレに投入したんだ! それを全滅させられて……! 我々はフェニーチェ本国に帰る手段すら失った……!」
うわぁ……!
そんな危機的状況だったのコイツら?
「フェニーチェ本国から助けが来るのはいつになるかわからないし……。何よりこんな窮状を知られたら、父上や兄上から何と思われるか……!!」
「それでこんなハッタリ攻勢を?」
「せめて異変に気づいた本国から助けが来るまでに、当初の目的だった『命剣』の確保が出来ていないと顔向けできないし……! でも、軍艦をすべて失った今、我らに戦力と呼べるものは皆無……!」
これらを聞いて、ルクレシェアの異様なまでの高圧的な態度にも納得がいった。
彼女にはそれ以外、僕らと渡り合う方法がなかったのだ。
僕たちを「未開人」と見下し、豪勢な城壁や軍艦、それに調度品で目白押しの貴賓室を見せつけて強者ぶる。
中身のないハッタリでとにかく圧倒し、ビビった相手から好条件を引き出そうと。
「助けがいつ来るかわからないってのに、それまでずっと騙し通すつもりだったのか?」
どう考えたって無理だろ。
「他に方法がないから……」
「目的を果たす以前に、ここでちゃんと生きていけるの? 食料とか、生活必需品は?」
「…………」
クロユリ姫からの質問に、答えを渋るルクレシェア。
「今さら強がっても仕方ないぞ。もう大概ばれてるんだから」
「…………ここでの補給は、すべて現地調達に頼っていた。シンマ王家から許可をもらい、一番近い都市から食料その他を買い取って……!」
クロユリ姫に視線を送ると、黙って頷かれた。
ここまでにウソはないようだ。
「でも、先日の騒ぎで暫定的な売買許可は全部取り消されて……! それ以前に大型艦もなくなったから買い出しにもいけず、こんな陸の孤島で兵糧攻め状態……!」
ここ雷州は元々人の住まなくなった僻地だからな。
だからこそ無断で拠点造営なんてできたんだろうが、その代わり船で海でも行かない限り、食料を売ってくれそうな都市にも辿りつけない。
「備蓄した食料も少しずつなくなって、もう飢えるのを待つばかり。あと望みがあるとすれば、シンマ王家と交渉して食料を拠出させることしか……!!」
「クロユリ姫、帰りますか」
「そうね」
もう話すことはないとばかりに、ここまで来るのに使ったシンマ木造船に再び乗り込もうとするのを、ルクレシェアはなおも引き留める。
「待ってくれ! ここで貴公らに見捨てられたら、我らは本当に飢え死にするしかない!」
「ならば何故最初にそう言わなかった?」
「うッ!?」
僕の鋭い指摘に、ルクレシェアは言葉を失った。
「窮状を素直にさらせば、こちらも助けてやろうという気を起こしたかもしれんのに。お前たちはみずからを虚飾し、僕らを詐欺にはめようとした。お前たちは僕らからの信を失った」
「今は弱って大人しくても、助けられて元気になったらまた不意打ちしてくるかもしれない。王都を軍艦で襲ったように。また騙すかもしれない。今日のように」
クロユリ姫も怒っているのか、口振りは容赦ない。
「わ、我は……!」
ルクレシェアは、声を張り詰めさせて言う。
「我はどうなってもかまわない……! ただ、我と共にこの基地に残る数十人の部下のために慈悲を乞う。どうか助けてほしい……!!」
ついに生きようとする心が意地に勝ったか。
しかも、自分だけが生き延びようとするのではなく、指揮官として預かった部下の命を生かす心。
「こちらの状況を知れば、いずれフェニーチェ本国から救援も来るだろう。ソイツに同行して母国へと帰り、二度と我が国に関わらないと誓うなら食料その他を供給してやってもいい」
「それは……、できない」
搾り出すような苦渋で、ルクレシェアは言った。
「我が国にとって、貴国の『命剣』は絶対必要なのだ。本国からの救援が来れば交渉を再開したい。『命剣』の研究に協力してくれるなら、貴国の望むものをなんでも対価に差し出そう……!!」
「わたくしたちが望むのは、未来永劫アナタたちの顔を見ずに済むことです」
クロユリ姫は絆されない。
「こんなにもわたくしたちの国を乱しておいて、まだ要求できるなんて厚かましいにもほどがあります。思い出しなさい! アナタたちがわたくしたちに何をしたか! 忘れているなら思い出しなさい!!」
「我を許せないというのは、もっともだ!」
我……?
『我ら』ではなく?
「この一連の騒乱、指示したのは拠点司令官たる我だ。恨むのであればフェニーチェ法国ではなく我を恨んでくれ! 報復なら我一人に。その上でフェニーチェ法国とは初対面のつもりで交流を続けてほしい!」
「勝手な物言いだとは思わないのか?」
「先ほど言っていたな。貴国にてセップクというのが、責任を取る最高の手段だと。ならば我もセップクする。それを持って我が部下を助けてほしい!」
その声は張りがあり力強いものだった。
けっして落ちぶれた者の、懇願の声音ではない。
僕が「やれ」と言えば、彼女は本当にその場で自害するだろう。
「……シンマ王国において切腹は男にだけ認められた行為だ。女には許されない」
「そ、そうなのか……」
「だからアナタには別の方法で責任を取ってもらう」
そのままガバリと、ルクレシェアを抱き上げる。有無を言わさず。
「え? え? ええええ!?」
ついでにクロユリ姫のことも。
美女二人を同時に我が手の中に。
「ちょ!? 何なの!? 何をするのユキムラ!?」
かまわず僕は、その辺で遠巻きにしていた連中に尋ねた。
「おい、寝室はどこだ?」