22 いくさの論理
「「「「「はあああああああああああッッ!?」」」」」
僕の宣言に、そこに集った全員が驚きの絶叫を上げた。
あるいは悲鳴か。
「な、何を言い出すのだ……!? これは交渉だぞ! 平和的に物事を解決するための話し合いで……!?」
「既に約束してしまったからな。我が死をもっていくさを避けると、なのに死ねなくなっては、約束を破るしかない」
国対国の約束を破った以上、あとに残るは殺し合いしかない。
「愛する女と、男の意地を両方守るためにも。敵を滅殺せしめて論理を越えた強さを見せつけるしかない。遠い海の向こうよりやって来た客人よ」
この僕と、シンマ王国の誇りのために。
「一人残らず死んでくれ」
「何なんだ!? シンマ王国とは一体何なんだ!? 我々は理性的な話し合いをしたいのに、アイツらの理屈は無茶苦茶すぎる! まったく噛み合わない!!」
既に我が手から雷剣『オオモノヌシ』は抜き放たれ、青白い燐光を放っていた。
その光に異人たちは、皆等しく席を蹴って恐れおののく。
「待て! 待て!! 待てったら!! 待て! 貴様らは戦争を回避するためにこの交渉に臨んだのではないのか!? 短気を引き起こしてはダメだ! 落ち付いて交渉を継続……!」
「和平交渉とは、開戦以上の覚悟をもってするべきだ」
振り下ろされる雷剣。
手の平に収まる程度から天に届くまで、自在に伸縮させられる光の剣が、室内で解き放たれた。
その輝きは室内を真っ白に塗り潰すほどで、僕以外のすべての人間はあまりの眩さに目を覆った。
「うわあああああああああああああああああッッ!?」
「ひぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」
「ママ、ママァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
そのうち何人かは死を強く意識しただろう。
視界を殺す烈光の中、空気の焼弾ける音と岩石の斬り裂かれる音が、鼓膜破けよとばかりに轟き狂った。
音がやみ、光が収まった時、幸いにも生き残った者――、それは部屋にいた全員だったが――、彼らは残らず驚いた。
「これは……ッ!?」
石造りの壁が、完膚なきまでに一刀両断されていた。
この部屋の壁一枚だけではない、その向こうの廊下の壁も、その向こうの壁も、一切合財全部。
つまり我が雷剣の一振りは、この部屋を含めた建物そのものを斬り裂いたということだった。
僕たちを圧倒しようとしたフェニーチェ自慢の巨大建築も、こうなっては形無しだった。
しかし、驚くべきことは、それだけじゃなかった。
むしろ僕たちシンマ側は、建物を斬り裂かれたことによって表れたものに驚ろいて、それ以上に呆れた。
「これは……、なんてことだ……!」
僕が雷剣で建物そのものを斬り裂いたことにより、壁は割れ、その向こうにあるべきものが露わになった。
つまり外。
壁に阻まれ、それまで見えなかった外の景色を見た瞬間、僕たちは呆気にとられたのだ。
何故ならばそこは何もない。
ただの平地だったから。
「城砦の内側……! 何もない……!?」
僕らが船で、外観から望んだフェニーチェ拠点基地の風景は、巨大な城壁によってぐるりと囲まれた、まことに勇壮なものだった。
城壁が囲む範囲の広さは、シンマ王都がすっぽり収まるかと思えるほど。その中の街並みは、城壁にも負けず劣らず壮大なものだと想像された。
城壁に阻まれ中が見えなかったから、想像するしかなかった。
船着き場から、この貴賓室までの間も、一切窓のない廊下を通されて城壁の中を窺うこともできなかった。
そして、壁を壊すことでやっと覗けた壁の内側は……。
何もない。
ただのサラ地。
剥き出しの地面が広がるばかりで、建物と呼べるものは掘っ立て小屋一つだろうと建っていない。
完全無欠のただの空き地を、城壁が虚しく取り囲んでいるだけだった。
まるで空っぽの蔵。
僕たちのいる貴賓室は、城壁の一部としてその内部に設えられていたようで、そこを壊すと壁の内側が見えるのは自明の理、と言うところか……。
ただ、なんでこんなにも立派な城壁を建てておいて、中身がまったく手つかずなんだ?
「虚仮威し、……ってことね?」
謎は解けたと言わんばかりに、クロユリ姫が訳知り顔。
「壮大な建築物、立ち並ぶ軍艦。そうしたものを見せつけて、わたくしたちを圧倒してビビらせる。そうして正常な判断力を奪い、交渉を有利に進めようって腹だったんでしょう?」
なるほどなあ。
「でもそれじゃあ、なんで中身をちゃんと作らなかったんだ? 外見だけ凄いのを作っても、その中にある街並みがなかったら片手落ちじゃないか?」
「だから、虚仮威しなのよ」
僕とクロユリ姫の視線が、床にへたり込むルクレシェアへと向かった。
こちらは、僕の雷剣の一閃に正真正銘ビビり倒していた。
「だって……! 時間的にも、魔力の残量的にも、これだけ大きな都市を作る余裕なんかなくて……! 必要性もなかったし……!」
だったら何で建てようとしたんだ?
「小さな基地じゃ舐められると思って……! だから突貫工事で、モナド・クリスタルに残った魔力も全部使って……! 城壁を作るのが精一杯で……!」
「……」
僕はドッと力が抜けて、掌中で燻っていた雷剣を完全に消した。
「僕たちは、危うく詐欺に引っかかるところだったのか」
今日一日、話し合ったことは軒並み無意味だった。
詐欺師と交わす約束ほど何の益もないものはない。