21 切腹
「ユキムラ!?」
僕の決断に、一番動揺したのはクロユリ姫だった。
「本気で言っているの!? こんなヤツらに我が身を売り渡すなんて!」
「戦火を避けるためには最良の方法でしょう」
そして同時に、ルクレシェアは今までにないほどに明るく勝ち誇った。
「よく決断した! それでこそ英雄と呼ばれる男だ!」
と。
「安心しろ。貴様のことは国家級の賓客として、最高のもてなしをさせてもらう! 貴様の持つ能力と技術に最大限の敬意を表そう。フェニーチェ本国に到着すれば、こんな貧相な国に二度と帰りたくないと思うほどにな!!」
「じゃ、早速始めるかなー」
ルクレシェアの言うことは無視し、僕は自分のけじめを開始することにした。
交渉のために座っていた椅子から降りて、床に直接座する。
「え?」
「できれば白州の上、咲き乱れる桜の下と洒落込みたいところだが、贅沢は言えまい。最期はいつだって突然だ」
衣服の前をくつろげ、腹部を晒す。
それから……。
「すまないが誰か。介錯を頼みたい。流派は何でもいいから奥伝まで修めた方はおられるか?」
交渉の場には、僕やクロユリ姫の他にもシンマ側から交渉団が来ているので、その人たちに向かって問いかけた。
しかしそう言った人たちは文官ばかり。
やはり剣に自信のある人などいないようで、明確な返事は一つもなかった。
「なんだ……!? 何を言っている……!?」
と戸惑うルクレシェアを押しのけ、クロユリ姫が迫って来る。
「ユキムラ! アナタお腹を切るつもり!?」
「それがあちら側の望みなので」
仕方ないな、十文字に掻っ捌いたあと首も自分で斬り落とすしかないか。
「待て……! 待て待て待て! まさか貴様、みずから命を絶つつもりなのか!?」
「それがアナタの望みだろう」
僕は冷然と言った。
「アナタ方の軍艦を沈めた犯人として、この首差し上げよう。本国にて晒すなりし、貴国の正義を立証されるがいい。これにて我らとアナタ方との間にある遺恨は消え、いくさも避けられる」
「ふざけるな! 我らが求めているのは貴様の能力だ! 貴様に死なれたら何も手に入らんではないか!!」
「だから、だろう?」
ルクレシェアは僕の身柄を求めた際、生死の別は問わなかった。
それは交渉戦における迂闊な隙だった。僕の体、僕の死体だけを引き渡せば。『身柄を渡す』という条件を満たしつつ、雷剣の秘密は守れる。
「待て! やめろ! 先の要求は撤回する! だから愚かなマネはやめろ!」
「やめる? ふざけるな」
敵を睨むのと同じ視線でルクレシェアを睨む。
「仮にも一国の代表たる者が、容易く前言を翻すのか? そんなヤツの言葉を、どうして信じろと言う?」
「う……!」
「国家の間で交わされた約定は、いかなることがあろうと実行されるべきだ。たとえ人が死のうともな」
それを今、実証してやろうじゃないか。
前世の記憶のある僕としては、死は二度目の体験。それほど恐れるべきではない。
故郷の家族とも別れは済ませてあるし、思い残すことは何もないな。
「もう一度確認するが、我が体を引き渡せば今回の件、不問としていただけるのだな?」
「う……! う……!」
ルクレシェアは到底承服できないような顔色だったが、僕の威圧に押される形で頷いた。
「そうか。シンマには切腹という儀礼がある。武士が責任をとるために行う最上級のやり方だ。みずから腹を裂いたあと首を斬り落とす」
「ひッ……!?」
「アナタたちには、その首をお渡ししよう。体の方は、家族の弔いのために残していただく」
「そんな!!」
フェニーチェ側の、ルクレシェアの他にもいる交渉役が色めき立った。
「体がなければ、『命剣』の発生に起因する遺伝子構造を見つけ出すこともできない! 頭部だけではサンプルが少なすぎる!」
「どちらにしろ、フェニーチェ本国に帰るまでの長旅で死体なぞ腐ってしまうぞ! この基地には研究施設も揃っていないのに!」
「やはり『命剣』解明のためにサンプルは生きて手に入れなくては!」
勝手なことをほざいているが、そんなヤツらが大慌てなのを眺めるのは面白い。
前世の死に際、影公ヤスユキが必死に説得してきた時と同じ気分だ。
「それでは」
手より、短い雷剣を発生させる。
こうして伸縮自在なのが雷剣のいいところで、腹を裂いたあとに首だって簡単に斬り落とせる。
二度目の人生。それなりに楽しかった。
死も意味あるものにできたし、まあ悪くない生涯だったと言えよう。
「待ちなさい!」
雷の脇差を持った手を、その上から小さな手が包み込んだ。
可愛らしい女性の手。それはクロユリ姫の手だった。
「ユキムラ、どうしてもお腹を召されるというなら、その前に命じることがあります」
「え?」
「わたくしを斬りなさい」
その言葉に、ただでさえ騒然としていた交渉の場がいっそう騒然とした。
フェニーチェ側もシンマ側も、どうしていいのかわからず右往左往するばかり。
「姫……! アナタは……!」
「わたくしは、アナタの妻になると決めたのです。アナタが死ぬというなら、一緒に死ぬのが妻としてのわたくしの役目。最期はアナタの手にかかれば、これ以上の死合わせはありません」
これがシンマの女。
改めて思い知らされた気分だった。
「ルクレシェア様!」
フェニーチェ側の交渉団はもはや恐慌状態だった。
「『天下六剣』のサンプルが手に入らない上に、相手側の王族まで死なせてしまっては今後、相手国との交渉ができなくなってしまいます!」
「『命剣』の研究が一切不可能に! これを聞いたら、レーザ様がどんなにお怒りになるか!?」
ルクレシェア当人も、事の成り行きに付いて行けず呆然と立ち尽くしていた。
体を小刻みに震わせ、唇を青くする。
「何なんだ……!? 何故こうまで簡単に死ぬと言えるのだ? シンマの連中は一体何なんだッッ!?」
「仕方ないな」
僕は雷の脇差を収め、立ち上がった。
切腹やーめた、と言わんばかりに。
「愛する人の手にかかるのが最高の幸せと言うが、愛する人をこの手にかけねばならないなど、これ以上の苦痛はない。僕には、その苦痛に耐える勇気はありません」
「ユキムラ……!?」
呆然とするクロユリ姫を抱き寄せる。
「アナタが一緒に死ぬのなら、僕も死ぬのをやめるしかない。実に格好が悪いな。男が一度口から出したことを曲げるとは」
しかし、男の意地よりも大事にしなければいけないいい女がいる。
それがクロユリ姫ということだろう。
「やっ、やだユキムラったら。人前で恥ずかしいわ……!」
僕の気持ちが通じたのか、クロユリ姫は照れて顔を真っ赤にした。
「一体……、何だったのだ……?」
そしてルクレシェアは呆然とし続けるのだった。
「すまんな異国の客人よ。アンタらとの約束を破らなければならない。僕は、この世ですべきことをしてからじゃないと、死ぬことができないらしい」
クロユリ姫を孕ませたり、生まれた子どもを育てたりとかな。
「だからアンタたちとの約定に従って、死ぬことはできなくなった」
「いや、そもそもこちらは死ねなんて一言も……!」
だから。
「アンタたちを皆殺しにすることにした」