20 論戦
「まったく何なのだこのセクハラ男は!? これがシンマ王国の標準だというなら、紳士の国とは到底言えんな!?」
「そんなことないわよ! ユキムラが特別なのよ! 言うでしょう『英雄色を好む』って! 多分そんな感じでアレなのよきっと!」
交渉のために用意された貴賓室へ通されても、金髪のルクレシェアも黒髪のクロユリ姫も、お尻をつつかれた仲間同士で姦しかった。
貴賓室は、自慢するだけあって非常に立派な構えで、広大な間取りに高価そうな調度品が所狭しと並べてある。
絵画や彫刻、その数の多さは却って喧しいほど。そのせいでやはり『凄い』と思うより『見栄を張っている』という印象が先に来た。
「『英雄色を好む』!? なんだその淫蕩な格言は! そんな言葉を教訓にしているとはやはりシンマとは未開の国なのだな!?」
「何でよ!? 大きなことを成し遂げる男は総じて精力旺盛ってことでしょう!? 初代ヤスユキ王は十六人の側室に男子だけでも二十人は生ませたって言うし……!!」
あれ?
それヤスユキじゃなくてヤスユキの親父の先代影公の話じゃないっけ?
と僕の前世の記憶が反応したが、まあ今はどうでもいいか。
「ユキムラは強いの! だからその血統をたくさん遺さないといけないの! そのために多くの妻を取って多くの子を生ませるのは当然じゃない!」
「妻の他に愛人をもつとは人倫に外れた行為だな。まるで獣ではないか! それだから貴様らは未開人だというのだ!」
「何ですって!?」
「王都を軍艦が襲った件。そっちが悪いってことでいいですよね?」
と口を挟む僕。
唐突に。
「煩い黙れ! 今はこの生意気女を叱り飛ばしているところなんだから、些細なことはあとにしろ!!」
「じゃあ、フェニーチェが非を認めたということで」
「待てェェーーーーーーーーーーーッッ!!」
なんかルクレシェアが血相変えて、僕の方へ迫ってきた。
「何ドサクサに紛れて自分たちに都合のいい見解を通そうとしているんだ!? まったく危ない! こうやって人を騙すように交渉を進めるとは、これだから未開人は!!」
肩を怒らせ興奮する姫君を、同じフェニーチェ側の文官らしきオッサンたちが数人がかりで宥める。
その甲斐あってルクレシェアは、用意された水を一気飲みしてようやく落ち着いた。
「はぁ……、くそッ。では改めてこちら側の見解を述べさせてもらう。先日、貴国の領内にて、我がフェニーチェ法国が所有するモナド動力艦四隻を撃沈せしめた暴挙。非常に許しがたいものだ」
「何を言っているのです。そもそもの原因は、無法にもアナタたちフェニーチェ法国の船が、わたくしたちの王都を襲ったからでしょう。わたくしたちは、自分たちの身を守る正当な権利を行使しただけに過ぎません」
同じく落ち着きを取り戻したクロユリ姫が舌鋒鋭く突き返す。
しかしそれは、相手にしてみれば想定内の反論だろう。
「それこそ、元はと言えば貴国の責任であろう」
「……どういう意味です?」
発言の意図がわからず、クロユリ姫は眉根を寄せる。
「我々は要求したはずだ。貴国の『命剣』を研究させろと。その返答を先延ばしにし、待たせるだけ待たせて、その挙句に手ぶらで帰らせようなど無礼千万。ここまで手ひどくプライドを傷つけられた前使者が、怒りのあまり砲撃したとしても無理からぬこと」
「何を滅茶苦茶な!」
クロユリ姫は色を成したが、たしかに滅茶苦茶な意見だった。
「フェニーチェの軍艦を破壊した以上、それは宣戦布告と取られてもおかしくない行為。であるからには我々も手袋を投げ返し、礼節に則って戦火を交えるのがまっとうな対応だ」
「くッ……!?」
「断言してやろう。戦争になれば敗亡するのは間違いなくそちらだ。貴様らの騎士団は壊滅し、国土は植民地とされ、貴様らの愛するシンマ王国の伝統とやらは歴史から消え去ることとなる」
「フェニーチェ法国は、我らシンマ王国とのいくさを望まれるか?」
僕からの念押しに、ルクレシェアはせせら笑うように返してきた。
「安心しろ、我々にも慈悲はある。元々我々が求めていたものを差し出しさえすれば、それを賠償金代わりと認めてやってもいい」
「ッ!?」
その言葉に、クロユリ姫が大きく揺れた。
「アナタたち……! ここまで来てなおも『命剣』を狙っているの!?」
「察しがいいではないか。貴様ら未開人が我々に差し出せるものといえば、貴様らが『命剣』と呼ぶ、未知のテクノロジーだけだ」
思えば初めて聞く、フェニーチェ側からの『命剣』に執着する生の声。
「我らフェニーチェ法国は、魔法技術を研究することで発展してきた。未知を解き明かし、学識を蓄積することで、国を富ませる力と技に変えてきた。そんな我々から見て『命剣』とは非常に興味深いものだ」
「……」
「我々は『命剣』を研究したい。そのメカニズムを解き明かし、新たなテクノロジーとして一般化させたい。それは研究者として当然の欲求だ。貴様らシンマは未開人だが、貴様らのもつ『命剣』にだけは価値を認めてやっているのだ。……誇るがいい」
「……どれだけいい気になれば、そこまで傲慢になれるのよ?」
クロユリ姫の憤懣は、至極真っ当なものだった。
「我々としては力ずくで奪ってもいいのだが、野蛮な行為は騎士道精神に悖る。だから貴様らに選択の機会を与えているのだ。賢い選択をするか、愚かな選択をするかのな」
「賢い選択をすれば、どうなります?」
「その時は、貴様らの持つみすぼらしい財産と、僅かばかりのプライドは保証されるだろう。何より貴様ら自身の命もな。それだけではない、これを機に我らフェニーチェ法国との国交を確立してやってもいい。我らの魔法技術がもたらされれば、未開の貧乏国家から世界有数の先進国に躍進することもできるぞ」
「愚かな選択をすれば?」
「死だ」
ルクレシェアはキッパリと言った。
「一方を選べば富と栄光を手にでき、もう一方を選べばすべてを失う。どちらを選べばいいか、未開人の貴様らでも容易にわかるだろう?」
ズイと、迫りくる。
「さあ、イエスと言え。『命剣』の技術を我々に渡すと」
「『命剣』は渡そうと思って渡せるものではない」
僕は落ち着いた声で、多分何回も繰り返されて来ただろう説明を、また繰り返した。
「『命剣』は技術で生み出されているのではなく、シンマ王国が生まれる以前より昔から受け継がれてきた血と心で生み出すものだ。譲渡することもできないし、教えてもらって会得することもできない」
「そうです! 『命剣』の能力は血統によって継承される部分が大きく。異国の人がそれを振るうことなど不可能です!」
クロユリ姫も僕に追随して反論するが、それで動じるルクレシェアではなかった。
「ならば『命剣』を使える者をフェニーチェ本国へ連れ帰り、その人間ごと研究すればいいだけのことだ。遺伝子辺りから『命剣』の発生に関わる因子を発見できれば、有効利用への道は必ず開ける」
「何を言ってるのかわからないけど……! わたくしたちを実験動物扱いする気?」
「ならば……」
ルクレシェアの視線が僕を向いた。
「ヤマダ=ユキムラと言ったな? 聞くところによると貴様は特別な『命剣』を扱えるとか。『命剣』の上位モデル『天下六剣』と呼ばれるらしいな?」
「それが何か?」
「貴様がその剣で沈めたモナド動力艦は、我がフェニーチェ法国で最大級の兵器だった。それを両断する威力。研究すれば必ず利益となろう」
そして宣言する。
「お前の身柄を引き渡せ。今回はそれで収めてやる」
「何を言っているの!?」
クロユリ姫はかつてないほどに声を荒げたが、ルクレシェアは動じなかった。
「こちらは譲歩してやっているのだ。本当なら『天下六剣』六種すべてを欲しいところ、たった一種で満足してやっているのだからな。コイツは軍艦撃沈の実行犯でもあるのだから、身柄を求める正当性もある。言っておくがこれが最後通告だ。これ以上の譲歩はない!」
断れば戦争か。
「わかりました」
僕は即決した。
「僕一人の命で国が戦火から逃れられるなら安いものだ。この身、アナタ方に差し上げよう」